行って参りました
諸事情を かなぐり捨てての 東京観光
なんも 考えなさすぎ ・・・
テヘ
ずぅっと 行きたかった 多摩の鍾乳洞デス
石の いい 香りが ・・・
石と水の 匂いが 事のほか 好きな ワタクシ ・・・
水琴なんてとこもあって
ピアノの 調音の音みたいで 佇みたかったけど
そこら辺の おガキ様方が うるさくって
今 音した? な 位が やっとでした 
←ワタクシとP
ここを抜けたら 鍔隠れの里 ・・・
だったら いいのになぁ ナンテ
妄想満々 歩いてましたぁ 
でも こ ゆ トコは 音響が およろしいので
すいている時に 行くのを お勧めします 

外は こんな感じ
イオン いっぱい ![]()
注) 東京です ・・ ここ ![]()
景色は 綺麗なんだけど
ここに行くまでのバスが すごくって
道が バス一台やっとの 幅で
カ-ブの連続
すぐ横は 50メ-タ-位ある? の 崖 ・・
ちょっとした アトラクションの ようでした
少々 高所恐怖症が 入っている ワタクシ ・・・
なまら 怖かったデス![]()
お泊りの 部屋
奥にある マッサ-ジチェアに ご満悦 ![]()
そして ・・・
・・・ ![]()
夕食を撮るの 忘れました 
お腹が減ってたもので ・・・
ご用意できました いっただっきまぁす!
の お寿司出ました ハイ食べました 感覚で
あっという間に 食べてました ・・・ 
スイマセン
次の日に
念願の 土方歳三 資料館 ![]()
でこ 広っ ![]()
ゴ-ルデンウイ-クってことで
めっちゃ 混んでました
それに この資料館
開いてる日の方が 少なくて
第1と第3 日曜日の 12時から16時までだけだって ・・・
良かったぁ 入れて 
土方副長の ご子孫の お宅で やってます
みたいな とこで ・・・
ご近所は みんな 土方の 表札だったりしてました
近くの ファミレスに 行っても
働いていたのは 土方サンだった ・・・ 
ちっさい 資料館だったけども
ご子孫の方が 解説してくださったり
箱館から 届けられたという
土方さんの 愛刀
『和泉守兼定』 も 見られたりで ラヴ ![]()
刀はさすが !
使いこんでる感じ
刃が 薄くなってて ・・・
柄も 人差し指と 親指の 部分?が
擦り切れてたりしてて ・・・
常に そこに 力が入ってた ・・
柄を持つ時は
すぐ 刀を抜けるように 掴んでた ・・・
ってことかなぁ? などと
また も~そ~
くさび帷子には 穴が空いてたり
鉢金にも すんごい 傷が
池田屋で 使った代物 なんだって
本人が そう書いて 送ったものらしいデス
万人に 知ってほしかったんだろうな
自分らの 活躍 
今でこそ もてはやされてるけど
昔は 逆賊だったんだもんねぇ ・・
勝てば官軍 ・・
正義は 時の運 ・・・
時代って すごいよね
有名な この土方歳三 写真って
箱館に行く直前に 撮ったらしいけど
近藤さんが 死んだあとだよね? 多分
人生に悔いなしって ことなんだろかね?
死に場所探しの 蝦夷行きだったんだろうし
顔が 穏やかなんだよねぇ ・・・
まだ 35歳なのに ・・・
五稜郭で一緒だったっていう なんとかさんが
↑
名前忘れました スイマセン
ある日 急にご実家に 訪ねてきて
歳三さんに お線香を上げさせてくれって言って
3時間くらい 仏壇と 泣きながら 話してたんだって
五稜郭戦争の 生き残りの人だったんだって
愛刀も 実家に 届けられたって いうし
きっと みんなに 尊敬されてたんだと思うんだ
なんか
嬉しくなって 帰ってきました
忠臣蔵 精神の だんだら模様の 「誠」
やっぱり ステキです
んで
明日 っから 大阪に 行って参ります
せめて P子には お線香をと 思って・・・
急な 話なので
朝5時起きの 電車になりました 
ごく 普通に取った 新幹線
往復 6万円 
こっちの 正義は 辛いわ ・・・ 









