学校は、行かなくていいなら行かなかった。
保育園すらも、好きではなかった。
生まれてこの方、
自ら進んで教科書を開いたのは自動車学校の教本のみ。
幼少期・・・
両親が仕事に出かけ、
祖母とふたり、保育園に向かう途中、
お腹が痛いと暴れだしたり、
口内炎が痛いと泣き出したり、
あらゆる手を使ってサボろうとした。
駄々をこねて動かなくなった僕を祖母は連れて帰った。
ぼんやりと祖母の背中越しの景色が脳裏に焼きついている。
僕が「仮病」で保育園に行かなかったと祖母から聞いた母の、
なんとも言えない表情。
それから20余年
僕は知識を欲している。
生きるための知識。
世界がほんとうの調和をなせるための知識。
智慧とも言うのかな。
ブッダもキリストもガンディーも
諸国の神々も・・・
皆、何を求めて教えを説いたのか。
畏怖・崇拝・慈悲
僕は、何から学ぶ?
僕はどんな分厚い経典や聖典よりも、
自然・動物・宇宙・風
僕らを輝かせている目に見えない光。
そういうものを師としたい。

