「おめでとう黄瀬君!」
「黄瀬君、これどうぞ!」
「黄瀬くん!はい、プレゼント!」
教室の窓側後ろ、十数人もの女子が取り囲んでいる中心に彼はいた。
今日は黄瀬涼太の誕生日だ。
モデルをしているせいなのか、彼に好意を抱いている女子は少なくない。取り囲んでいる女子たちなど、ほんの一部だ。実際は何十倍、何百倍もの女子がそういった感情を黄瀬に向けているだろう。モデルじゃなくてもきっと今のこの状況は変わらないと思う。何しろ容姿は完璧、運動も得意なのだから。……勉強については口にしないでおく。
黄瀬が一人一人にありがとう、と返すと、何人もの女子の「キャー!」という甲高い声が聞こえた。
——よくあれで叫べるものなのだな、女という生き物は。
はあ、と小さな溜め息が出た。この、漫画のような光景を目にしたのは、今から約15分前。
黒子に借りていた本を返して自分のクラス教室に戻ろうとしたときだ。何やら隣のクラスが騒がしかった。「何か事件でもあったのか」そう黒子に問い掛けたところ、黒子は、ああ、と呆れた様子で答えた。
「黄瀬君ですよ」
今日、誕生日らしくて。黒子は返した本を弄りながら淡々と事実だけを述べ、次は移動教室だからと言って教室へと戻って行った。
「……」
隣の教室が気にならない訳じゃない。いや、全然、全くもって気にならないのだが、自分のクラスに戻るには、そこはどうしても通過しなければならないところであった。通り道ならば仕方がない、と溜め息を吐きながら自分に言い聞かせ、問題の教室の前を横切った……つもりだった。教室のドアが、開いていた。そこでオレは見てしまう。教室の隅、視線の一直線上にいる、彼の姿を。
彼を見ただけで頬に熱が溜まった自分が信じられないと思った。と、同時、周りにいる沢山の人集りを目にして、何故か胸の奥が締め付けられそうになった。
それからはずっと開きっぱなしのドアの前にいて、その場から離れたといえば時々教室を出入りする人たちの通路を遮らないように一歩二歩下がったりしたくらいで、それ以外は何も変わらない状態で佇んでいた。
そうして、現在に至る。
どうしてずっと黄瀬の姿を見ていられるのだろうか。どうしてずっと胸が高揚しているのだろうか。様々な疑問が脳内に張り巡らされるが、解答は何一つ出てこない。
と、考えたところで、思考は一端停止する。きゃあきゃあと騒いでいた黄瀬の取り巻きたちが更に騒々しくなったからだ。どうやら今日残りの時間を黄瀬と共にするのは誰かで揉めているらしい。
「今日1日を黄瀬くんと過ごすのは私なんだから!」
「黄瀬くんと一緒にいるのは私よ!アンタたちはプレゼントだけで勘弁しなさい!」
「何言ってるの、私と過ごすのよ!ねえ、黄瀬くん?」
取り巻きのほぼ全員が一気に彼の方へと言葉と視線を投げ掛ける。当の黄瀬はあたふたした様子で、いつものような『黄瀬涼太』ではなかった。
「え、えっと…プレゼントは、嬉しいっス」
答えになってないじゃない!と言う高い声が教室中に響き渡った。黄瀬は、眉をへの字にして、取り巻きの女子全員からの怒声を情けなさそうな笑顔で受け取っていた。
ふと、黄瀬と目が合いそうになった。ずっと見ていたのがバレたか?と思って彼に向けていた目線を逸らそうとしたが、黄瀬はすぐに視線を下に落として、こちらには気付いていないようだった。今思った事は全力で取り消すのだよ。
と、ここで昼休みが終了するチャイムが鳴り響いた。予鈴だ。担当教科の先生が早く教室に戻るよう女子たちに注意をするが、彼女たちは気付いていない振りをしているのか本当に気付いていないのか、まるっきり無視だった。自分もそろそろ自分の教室に戻らなくてはいけない。誕生日プレゼント、という単語を脳裏に置いてこの場をあとにした。彼女たちがその後どうしたのかは知らない。
時は過ぎて放課後。第1体育館にてバスケットボール部の練習は行われた。
自分が通っている帝光中学校はバスケットボール部が盛んであり部員数が100名を越える程の人気を持つ、所謂る“強豪校”というやつだ。練習量はそれ相応の量がある。
「あ"ー!つかれたー!!」
更衣室に入って開口一番、黄瀬が両腕を高くのばして大きくのびをした。続けて入った青峰もつられてのびをする。
「オレのがくたくただぜ…ったく、何回オレと1on1すれば気が済むんだよ」
「だって勝ちたいっスもん!いつもおしいところまでいってるんスから!」
あの猛練習のあと更に二人で1on1をして疲労が限界まできているだろうに、黄瀬と青峰はまだ言い争える体力があるのか。どこからそんな元気が出てくるのか不思議だ。それに対して黒子は床に俯せ状態で、熱で頭から湯気が出ているんじゃないかというくらいに汗だくだった。いつもの光景、変わらない雰囲気。この雰囲気は嫌いじゃない。
着替えを済まし、外に出る。赤司が先頭をきって扉を開けた瞬間、ふわっと風が汗のひいた身体に当たった。少し冷たいと思ったのも束の間、更衣室から一歩出るとそれは一瞬で生暖かい空気に変貌した。やはり、外は暑い。
バスケ部員が次々と帰路へ進む中、赤司が思い出したように今日は黒子と帰るから先に帰ってろと言ってきた。青峰も黒子と一緒に帰りたいから、と赤司のあとを追い掛けてゆく。
「みんないっちゃった」
「お前は一緒に帰らないのか」
今からスナック菓子の袋を鞄から取り出そうとした紫原を見上げて尋ねる。
「さっちんがオレの好きそうなお菓子見つけたらしいから、一緒に買いに行くの」
ミドチンも一緒にと誘われたが今日はとてもそういう気分ではなかったので断った。紫原は特に気にもせず、相変わらず怠そうな声でじゃあねー、と別れの挨拶を告げ、マネージャーの輪の中へと消えていった。自分より一回り大きな背中を見送ってから、オレはある事に気付く。
黄瀬が、居ない。周りを見渡してもいなかった。どおりで静かだと思ったのだ。——まさか、昼間の会話が現実に起こったのでは。ふと、昼間に見た光景が鮮明に思い出される。『黄瀬くんと一緒にいる』彼女らがそう言っていたのを確かにこの耳で聞いた。対して黄瀬が出した答えは一体なんだったかと記憶を遡らせて「あ」と思い出す。彼が答えを出す前に自分はあの場を離れたことを。結局、どうなったのだろうか。こうしている間にも、あいつは見知らぬ女と二人きりで歩いているのか?
「……ッ」
想像、してしまった。やめろ、嫌だ、見たくない。負の感情が脳内を駆け巡り、気付けば足が動いていた。黄瀬、黄瀬。心中で彼の名前を叫ぶ。何処だ黄瀬、返事をしろ。更衣室、体育館と思い当たる場所全てに足を運ぶも、目的の人物は見つからなかった。はあはあと次第に呼吸が荒くなる。練習後の全力疾走だ、息が上がるのも無理は無い。
「黄瀬……」
「なんスか?」
疲れすぎだろうか、背後から幻聴が聞こえる。黄瀬の声だ。どうせもう今日は会えないんだ、ならばいっそのこと伝えてしまおうか。疲労のせいで鈍くなった頭の回転をフルに活動させて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「誕生日……おめ…で、……っ!?」
言い終わらないうちに、後ろから何者かがこちらの腰に腕を回してぎゅっと身体を密着させてきた。これは、抱き締められたという事なのか。視界の端に微かに金髪が見えて、黄瀬がオレを抱き締めているのだと確信するが。
——これは、幻覚なのだな。
「緑間っち、オレ、すげー嬉しい」
幻覚の黄瀬が腰に回した腕の力をきゅ、と強め、耳元で甘い言葉を囁く。幻なのに熱の籠もった吐息がかかり、そのか細い声に思わず身体が身動いでしまう。
本人じゃないなら、夢であるなら。そう思ってオレは黄瀬と正面で向き合う形になるように身を動かし、今度は自分から抱き付いて驚いたような彼の唇に口付けを交わした。
「ねえねえ緑間っち」
「……なんなのだよ」
「もういっかい、キスして?」
「断る」
「さっきの緑間っち、可愛かったっス」
「っ、あれは……!」
単なる事故で。
そう言い訳をしようとしたのをぐっと止めた。真っ暗な何時もの帰り道を歩きながら、黄瀬は訴えかけるようににやにやとこちらを見てきた。そうだ、あれは百パーセント、勘違いをしている自分が悪かったのだ。
数分前に幻聴だと思っていた声の主は正真正銘、黄瀬涼太本人だった。そうなると幻覚もそれだと決定されるわけで。自分はなんて事をしてしまったのだろうと自らを戒めるも、終わってしまった過去の時間は戻ってはくれない。
「はあ……」
「なんで溜め息つくんスか」
「本当に行ったのかと思っていたのでな」
「行った?何処に?」
しまった、と思ったが、今の発言の意味を理解出来なかったようで、黄瀬はきょとんとして目をぱちくりさせていた。わからないならそれでいいだろう。
「なんでもないのだよ」
「嘘だぁ」
「…誕生日、おめでとうなのだよ」
ちゅ、と軽くリップ音が鳴ると、直ぐに唇が離れて「お礼っス」と真っ直ぐに視線を合わせて黄瀬が言った。
「反則だ、バカめ」
「緑間っちも反則っス。…昼休み、見てたっスよね」
「お前……わかっていたのか」
「そりゃあ、あれだけ背が高かったら嫌でもわかるっス。オレは嫌じゃないけど」
「最後の一言が余計なのだよ」
「事実っス」
暗闇のなか、互いに指を絡ませて手を繋ぐ。好き、と言葉で表すには自分の心臓が張り裂けそうなくらいになるけど、それを行動という表し方でしてみよう、と思う。自分なりの目標。
——好きなのだよ。
(どんなものよりも誰のものよりも)
(彼から貰う言葉の方が何倍も何十倍も)
(嬉しいっス)(ありがとう)
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黄瀬誕生日おめでとう小説でした。
ギリギリ18日に出来たよ…間に合ったよ…
おめでとうございます!

