中学1年2学期から不登校の娘ひーちゃんと10歳上のにいにいのママ

らびママの過去と今を綴ります。

これはにいにい大学4年の卒業も近くなったある日

電話「◯◯大学の者ですが、お宅の息子さんこのところ大学休んでいまして、ゼミの先生の話しではずっと外出も出来ていないとか、もしかしたら3日ぐらい何も食べていない可能性あります」

びっくり「……」

他県でアパート暮らし、4年目にもなれば慣れて来てるし、そもそも男の子に、多いだろうメールしてもスルー波にいにい

何がなんだか不明の出来事に言葉が見つからなかったらびママでした。

仲の良かった友達が突然自殺したとか、

そう言えば夏に帰省した時に友達が悩んでるみたいな話しチラッとあったけど、今の若者みんなそんな風だからって気にしなかった。

こんな時一番会いたくないのは母親なんだろうな~と思ったらやはりそうでした。

お父さんの友達おぃちゃんがスカイプで連絡とってやり取りしてくれたんだけど、

えーん「こんな不安定なところ親にだけは見せたくない」と言ってたそうです。

おぃちゃんが食べ物届けてくれてスカイプでやり取りしてくれて本当に助かったのです。

それから遠くの町お越しの隊員になって地域復興の仕事についたにいにいでしたが

それもおぃちゃんの助けがあったからでした。

らびママが実の息子にいにいに、会えたのは就職先にお父さんと挨拶に行って遠くににいにいを送り出した時でした。

何度も泣きそうになったらびママでしたが、そのたびに

照れ「友達の親御さんは息子さんを亡くされたんだ、うちの息子は今辛くても生きてる、いつか乗り越えれる、その事思ったら私が泣いたらなんだか友達の親御さんに申し訳ない」なんか良くわからないけど理由作って我慢してました。

町お越しの隊員は任期3年でそのままそちらに住むのかと思ってたら、3年してなんか辛くなって体調不良で帰って来ました。

その時はらびママごはん沢山食べてまったりゆっくりしてくれて

でも少ししたら

ニヤリ「オレここにいたら甘えてダメになりそうだから市内にアパート借りて住む、とりあえずバイトして働く」って

物を沢山持たないにいにいはあっという間にアパートに引っ越しました。



最近お父さんにやっと打ち明けた真実は

友達が亡くなった後でずいぶんダメージ受けて大学休んでいたけど、ゼミの先生が本当にいい人で、メールやり取りしていつも励まして慰めて話し聞いてくれてたそうで

おねがい「よ~しなんとか卒業だけは、するぞ~」

と決心した矢先に

そのゼミの先生まで責任感じて自殺してしまったそうです。

慕ってた人間がダブルで

そんなわけでにいにいは今もトラウマ

顔をあげられなくて視力落ちたり、手が震えたりは落ち着いてきたけど

今は食欲ありすぎてかなり肥満体だけど、なんとかアルバイト続けてるにいにいです。

らびママにはなんにも話してくれないけど、

年の離れた妹は可愛いらしく、時々学校までお迎え行ってくれて、ひーちゃんから少しだけ様子を聞いたらびママでした。

そんな事もあって、我が子が学校行けないって悩んでる人に言いたい事は

何かあった時とりあえず家にいる我が子

どこかに行ってしまうより良かったかもしれません

育て方悪かったかと悩む人にも言いたい

何かあった時帰って来てるんだから育て方間違ってなかったと思います。