おはようございます。今日は雨が降りそうですね。

雨具もちましたか?

折り畳み傘をもってきましたが、小さいので、できれば会社に行くまで降らないでほしいです。

■失敗を喜べる環境

この数年間を振り返ると、たくさん失敗をしてきました。


上司に叱られたり

人に迷惑をかけることもあったし

自分を責めてしまったり


いろいろありましたが、今振り返ると、「当時」失敗を糧にできてなかったなぁと思います。


失敗って後になると、その時失敗したおかげで、将来同じ失敗をする確率が減り、最初から失敗しないやり方をするようになれます。


これが「成功」ですよね。


失敗はいつか必ず成功に導かれるんです。かのエジソンも言ってますし・・・





失敗は成功のもと




全くその通りです。でも、失敗をした僕は、失敗をしたその瞬間、こう考えることができなかったんです。



鼓動が早くなり


どうしたらいいのか頭はパニック


解決案を考えても、上司は認めてくれない


仕事が終わって帰宅途中もひきずり


やけになって、午前2時までゲームして


朝電車で乗り過ごす・・・



失敗した瞬間って、僕の場合はこうなってしまうんです。



こんな時、失敗した本人が落ち込むのは、やはりその人の癖なんですよね。



失敗は嫌なもの


失敗は怖いもの


失敗は怒られるもの


失敗は責任をとらなければならないもの



そして、その人が癖を作ってしまったのは、周りの環境から色々な影響をうけて癖をつくってしまったんです。



親から叱られる


先生から叱られる


友達に怒られる


上司に叱られる


友達が怒られているところを見る



周りからのこういった影響で失敗を後悔する癖がついてしまうんですね。



でも逆を言えば、【失敗からは学べることがあるんだよ】って環境があったら、失敗を糧できる癖を持つことができますよね。


失敗を糧にできる人が増えれば増えるほど、組織としての成功率は高まりますよね。



僕は失敗を喜べるような環境を作り上げてみたい。


一人ではできないかもしれない。それでも、誰かがはじめないと何も変わらないって思うから。


一人からでもいいからはじめてみようと僕は思う。



ペタしてね


心の根っこが成長する糧は、失敗なんですね。

今日、大切な友達から出産報告がありました。

母子ともに無事に産まれたそうです。

ホントによかった。

その友達は、夫婦ともに僕の知人で特にお母さんの方は長い付き合いです。

まだ学生の頃、いつも一緒にいる仲間がいました。女の子が二人と、僕を含め男二人。

それぞれ、彼氏、彼女がいたから、付き合っているとかはまったくなかったけど、誰よりも一番長く一緒にいた仲間。

その一人が、そのお母さんなんです。お母さんを英子さんとしましょう。

四人の中でも、英子さんと僕は一緒にいる時間が長かったから学校では、付き合ってると思われてたんです。

僕も、英子さんも全く付き合ってるつもりはなし。


でもなぜか一緒に遊んで

買い物付き合って

旅行して…もちろん四人でですよ(^-^;)


学校さぼって


いつも一緒にいたのを今でも覚えています。

そんな時、別の男友達から言われたことがあるです。


「F谷さん、英子さんのこと好きでしょ。付き合えば」


それを言われて、しばらく意識しちゃったことがあったけど、でもなんかちがったんです。

確かに、これだけ一緒にいるんだから、好きなんだと思う。でもなんか違うんだな。付き合いたいとは、なんかちがうんだよな。


そう、二人で話したこともあります。


◆◆◆

そのときはわからなかったけど、今ならわかります。

空気のような存在で、

当時、彼女のためならなんでもできた。


初めてで、気づくことができなかったけど、人生で初めて家族以外の人を愛した瞬間だったんだなって、僕は気付きました。


家族をもったから気づけたんでしょうね。

人を愛するのは、本当に色んな形があって、そんな色んな形を認めることができる、気づくことができる人になりたい。僕はそう思いました。

心の根っこは大切な思い出と、未来に、うれしい気持ちです。



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お久しぶりです。スマホの本体交換で、入院中に苦労してやった設定がなくなり、一から設定しなおしてました。

■神様のアンテナ

昨日は地元のお祭りでした。

その神事に参加してました。お祭りは朝6時前には鉄砲を撃たなければならないので、朝は4時起き…

神事は午後1時からなので、伝統芸能の疲労もありウトウト。

眠気との大格闘です。

その神事が終わる直前に神官さんがこう話されました。



いつも皆さんに、神様をなんと伝えたら分かりやすいか悩むんですが、私はこんな風に思います。

神様は見えないんです。テレビの電波のようなもので、見えないんです。

でも、電波を受信して、私たちはテレビで映像を見ることができる。

ここでいうと、神様は電波なんです。

そして、電波の受信器が私たち人なんです。

一年に一度のお祭りですが、こうやって祭りに来てく人達が、受信器なって、色んなところで、幸せの姿を映し出すことができるんです。

神様はいつもすべての皆さんに、降りそそいでいるんですよ。





こう話されてました。結構僕の記憶が、曖昧な部分もありますがご容赦ください。

なんか心に残ったので、皆さんに共有したいと思いました。

僕たちは気づかないけど、

いつだって、神様はいて、
いつだって、受信できる。



どうしても、幸せになれないと考えてしまう時があるけど、



いつだって、幸せになっていい。



僕はそう言われた気がしました。

心の根っこにしみわたるお祭りでした。


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