最近とても考える
「人ってやさしい」 この言葉
自分に関係のない人に対して言える言葉なのか? と

それと地域性
昔の東京は(小学生くらいの頃)町ゆく人がみな親切で
引っ越してきた人に対してなど、何もわからないだろうから、●●をしてあげよう
こんな気持ちで接していたに違いない
人付き合いだったり、その土地の風習であったり、その町内のきまりだったり

これは会社や学校でも同じことが言えた
中途や転校生など
みな世話をやく

が今では・・・

何年か前に小学校でいじめによる自殺が報道された

テレビでその報道を見ている大多数のうち、きっと「かわいそう」
と思ったに違いない
が しかし そのいじめのあった地域性なのか
よそ者には恐ろしいほど冷たい

話しかけても、よそよそしく 目があってもあいさつを返さない

それが現実なのだ

ことあるごとに「昔はよかった」と過去の栄光にすがり
時代の変化は行政のせいだ!
などとほざいている人たちって
今まで見てきた中で、とある地域の とある商店街の とある店主 程度の数であったが
ここは町の大半がその考え

でもこの町ではよそ者を相手にしなくても時代が変わっても普段通りの生活ができてしまう
だから、多少のいじめも言葉や態度の暴力も 本人は無意識でやっている

「思いやり」きっとこの地域はこの言葉の意味を知らないのだろう
「汚も嫌り」こんな当て字が、一番似合っている

そろそろ気づきませんか?
人一人死んでいるのに

市のHPに市長がコメントをしている

トップからどっぷり地元意識の人には、わからないだろう

でも、きっと こんな地域でも この事に目を向け 理解し始めている人がいると
どこかで信じている
今回の選挙
私の感想だと 盛り上がらなかったですね~
都知事選といい、県議選といい

まぁメディアは未曾有の震災に目を向けてしまって、選挙報道が過熱しなかったから
と、今回の選挙を振り返る人も居るが

メディア戦略がないと、今の選挙って戦えないって事??

さらに、色んな事が重なりすぎて、市民は 県民は 現状維持でいいと思っている と

この言葉を聞いたとき あきれた と言うか 馬鹿にされているように思えた

今回の選挙は人の力がまったく生かされていない気がする
自転車乗って回るだけで選挙活動なんて 私はナンセンスとしか思えない

結局、その土地の有力者が付く とか 金にものを言わせる とか

その程度の選挙であれば、いずれ投票率なんて1%未満なんてことに??

市議だろうが県議だろうが受かれば「先生」落ちれば「○○さん」となる

ただ私の知る限り「先生」と呼ばれる時に、ふんぞり返らず市民のため県民のため と
日々奔走していたのは数人だけ

以前私の住んでいたマンションにただふんぞり返り、普段の生活なんてやくざかチンピラのようにしていた人がいたが、その人はやはり落ちていた

見ている人は居るようだ

でもきちんとした意識を持って仕事をしていた人を世間は見ていない

結局「チェンジ」やら
「改革」と偉そうに御託を並べる人ほど、実際それを望まないということなのか?

*かなり辛口で意味のなさそうな日記を最後まで読んで頂いてありがとうございました。


今政府が言っている「マイクロシーベルト」
先日の報道で福島県いわき市で一時間当たり1.57マイクロシーベルトと書いてある

この数値だけを見るなら 安全ではないと思うが、一つの疑問が

そこに住んでいる人は24時間そこに居て

ってことは1.57マイクロシーベルト×24時間×30日(一ヶ月)とすると
1130.4となり
1,000マイクロシーベルト=1ミリシーベルト

だと
積算値ではあるが、このような答えになる

これってどうなの?