緑の生い茂った山の空気は少しひんやりとして清々しく、どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声は可憐で軽やかだ。
普段人ごみの中で生活している俺にはそこに立っているだけで心癒されるような空間なのに、そんな場所でフラれた俺は、かなりの大ダメージを受けていた。
いや、場所なんて関係ないか。
俺が好きだと告げた女は、別の男が好きだと言った。その事実はどこで聞いても変わらない。
降ってきそうな満天の星の下でも、駅のトイレの前でも。
もう1度手に入れたかった。
もう1度手に入ると思ってた。
だがそんな俺の考えは、甘い空想でしかなかったんだと思い知らされた。
例のバーでいつものロックではなく水割りを注文すると、俺はあっという間にグラスを空けた。味わって呑むのではなく一気に流し込む感じで。それが目的で水割りを頼んだんだから呑み方としては間違っちゃいないと思うが、マスターはあまりいい顔をしていない。
まあ1杯目だけならまだしも、それが2杯、3杯と続くんだから、マスターの言いたいことも判るが。
「無茶な呑み方するな」
俺はそんな呑み方教えてないぞと苦言を呈しながらも新たに置かれたグラス。そのグラスは俺が手にする前に、不意に後ろから伸びてきた手に持っていかれ、瞬く間に空になって戻ってきた。
「荒れてる?落ち込んでる?・・・・・・両方か」
小さなため息とともに隣にアヨンが座った。
俺はどうしてここに来たんだろう。ただ呑むだけなら他にも店はたくさんあるし、わざわざこんな遠くへ来る必要はない。合宿所には誰もいないんだから、たとえ俺が呑み過ぎて醜態をさらしても誰かに見られる心配はなく、心おきなく呑むことができるはずなのに。
「また何かあったみたいね、じゃなきゃ来ないか。それとも私に会いたかった?」
「そうだな・・・会いたかった」
俺のことをよく判っているアヨンは簡単に俺の心を言い当てたが、素直な返事があまりにも意外だったのか目を丸くして俺の顔を見た。
今1人で呑むには合宿所は広すぎて落ち着かないし、心の中のもやもやとしたものを吐き出したいと思ったら、足がここに向いていた。
以前にも何度かあった。この間もそうだ。まくしたてるわけではない、ポツリポツリと呟くように、吐き出したいことを口にするのに、ここを、この場所を、アヨンを求めて店へ来る。
ただ今日は少し違っていた。
会って、話をして。
それだけじゃ物足りない。
自分でも持て余してしまう感情のやり場を彼女の身体に求め、ここへ来た。
「今日・・・・・・いいか?」
俺はアヨンの顔を見ず、真っ直ぐ前を見たままそう呟いた。
俺のこの言葉はさっきよりも確実に彼女を驚かせたようだ。アヨンの息を詰めたような強い視線を横顔に感じる。しかしそれはすぐに艶やかなものへと変わった。
そして俺の耳に触れそうなほど近く、彼女の唇が寄せられた。
「・・・・・・いいわ」
甘い囁き声が俺の鼓膜を刺激する。
俺はアヨンと2人で店を出た。
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