まだ誰も帰ってこない合宿所。
私は湧き起こる想いを半ば強引に抑えつけ、テレビを消すと自分の部屋へ向かった。
でも・・・テギョンさんの部屋の前で足が止まった。
自分でも何してるんだろう?って思う。
ドアに片手をついて、おでこをこつんとくっつけて。
こんなことしたって何にもならないって頭では判ってるのに。
ファンならいい?って想いと、ファンでいいの?って想いが交錯する。
テギョンさんのことがよく判らないって思ってたけど、自分のことの方がもっとよく判らない。
好きになっちゃダメって思えば思うほど、気になって惹かれていくのはどうしてだろう?
このドアの向こうに、あの人はいない。もう何日も帰って来ない。今日だって帰って来るかどうか判らない。
でも、板一枚隔てた向こうにあの人だけの空間があると思うと、こうしているだけであの人を感じられるような気がして、私はこの場所から動けずにいた。
「何してるの?」
どれくらいの間そうしていたんだろう。
突然声をかけられ身体をビクつかせながら振り向いた視線の先には、シヌさんが驚きと戸惑いと疑い・・・そんな顔をして立っていた。
俯いていた私の瞼に溜まっていたものが、振り返った拍子に頬を伝ったのを感じた。
「あの、えっと・・・」
私は慌ててそれを拭う。
『何してるの?』
私には答えられない。自分でも何をしてるんだか判らないんだから。
ただすごく後ろめたい気持ちでいっぱいになる。
私が答えに詰まっていると、近づいてきたシヌさんに腕を掴まれた。
そのまま引き寄せられる身体。
いつもの穏やかな表情と違って、何だか少し怖い。
シヌさんの片手が私の頬に当てられ、顔が・・・唇が近づいてくる。
私は・・・
私は思わず顔を背けてしまった。
「ミニョ?」
名前を呼ばれただけ。それなのにその言葉は「どうして?」って私を責めているように聞こえた。
「俺はミニョが好きだよ。ずっと好きだった。ミニョは?俺のことどう思ってるの?俺の存在って、何?」
シヌさんの言葉が尖ったナイフのように私の心に突き刺さる。
シヌさん・・・記憶にはない私の恋人。
いつも優しくしてくれて、いつも微笑みかけてくれて。
でも・・・
「ごめん、なさい。自分でもよく判らなくなっちゃって・・・恋人、の筈、なのに・・・」
私はシヌさんの胸をぐいっと押した。それは恥ずかしいからじゃなく、私がシヌさんのことを受け入れられないっていう意思表示。
「・・・テギョンが、好き?」
以前にも同じことを聞かれた。あの時は否定したけど、あの時初めて気づかされた、自分の想いに。
私の腕を掴んでいる手に力がこもる。シヌさんに掴まれている場所が痛い。
でも腕の痛みよりも、胸の方が何倍も痛かった。
私はシヌさんの顔を見られないまま、小さく頷いた。
「私ってひどい人間ですよね、シヌさんとお付き合いしてるのにテギョンさんのことが好き、だなんて。・・・でもずっと心の中で引っかかってたんです。頭では私はシヌさんの恋人なんだからって思っても、心がいうことをきかなくて。ごめんなさい・・・」
ずっと心の奥に埋めておければよかった。
テギョンさんへの想いを、深く、深く、自分でも忘れちゃうくらい深いところに埋めた筈だった。
考えないようにした筈だった。
それなのに・・・
ぽたぽたっと床に落ちた滴が音を立てた。
私の目から涙が溢れるように、私の心からテギョンさんへの想いが溢れ出す。
「ごめんなさい・・・」
謝る私を繋ぎとめるように掴んでいたシヌさんの手から、力が抜けた。
「今度こそ・・・って、思ったのにな」
私の腕からゆっくりとシヌさんの手が離れていく。
そして、心の中の想いを吐き出すかのようなため息の後、呟かれた言葉――
ふわりと頭が温かくなる。
どんなに非難されても罵られても当然だと思っていたのに、私の頭の上に置かれたシヌさんの手は、とても優しかった。
「初めからミニョはテギョンのことを気にしてたよな。俺はずっとミニョを見てたから知ってる。でも、一緒に病院へ行った日・・・あの日からミニョの俺に対する態度が変わってきた」
病院の帰り、車にひかれそうになった私をシヌさんは助けてくれた。
そう、確かにあの時からだったかも知れない、シヌさんのことが気になり始めたのは。
シヌさんの傍にいるとすごくドキドキして。
「俺はそれを利用した。謝るのは、俺の方だ・・・」
シヌさんの声は暗く沈み、その表情は、ずいぶん辛そうに見えた。
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