一年という時間は決して短くはないと思う。毎日同じように神様にお祈りをして、院長様のもとで勉強したり子供たちの世話をしている私にも、日々心に残る出来事は山ほどあったと思う。
それどころか、お兄ちゃんが今は練習生ではなく、A.N.JELLというバンドのメンバーになっていたこと、私がシスターになるのを諦めたということを聞かされた時は、思い出せない時間の存在の大きさを実感した。
「そんな大事なこと・・・どうして忘れちゃったんだろう」
私がシスターにならなかった理由を、お兄ちゃんは言葉を濁しながら「知らない」と言った。
ローマに行く筈だったのに・・・
「どうして私はアフリカに・・・」
どんな理由でシスターになるのをやめ、どんな思いでアフリカに来て、どんな風に三ヶ月間を過ごしていたのか・・・
「あんまり思いつめるなよ、医師(せんせい)だって何かのひょうしに突然思い出すかも知れないって言ってただろ?」
ずっと思い出せないままかも知れないとも言ってたけど・・・
「とにかく韓国へ帰ろう、院長様も心配してたぞ」
帰る?
・・・うん、帰りたい・・・修道院に。
でも・・・・・・なぜだろう?もっと別の場所に帰りたかったような気がする。
変よね、私には修道院しか帰る場所なんてない筈なのに・・・
「私・・・子供たちとどう接していいか判らない・・・」
記憶がないというショックで、私は子供たちと顔を合わせるのが何だか怖かった。
「そんなに気にするなって、事故なんだから仕方がないだろ?」
暗い表情の私にお兄ちゃんは明るく話しかける。
「そうだ、俺んとこ来いよ。俺もミニョが修道院に戻るより近くにいた方が安心できる。怪我だってしてるんだし。な、院長様には俺から話しとくから」
「俺んとこ・・・って、お兄ちゃん今、寮に住んでるんでしょ?」
事務所の寮。いくら何でもそんなところに・・・
「いや、今は寮じゃなくてバンドのメンバーと一緒に合宿所にいるんだ」
そう言ったお兄ちゃんは少しの間何かを考えているようで、暫く黙ったまま顎に指を当てていた。やがて私には聞こえないくらいの小さな声で何かを呟くと、パッと顔に笑みを浮かべ、私の顔をじっと見た。
「俺の他には三人。皆男ばっかりだけど仕事が忙しくていないことが多いから、気ぃ遣わなくていい。部屋は狭いけど丁度一つ空いてるから」
「でも、見ず知らずの私を・・・皆さんにご迷惑じゃあ・・・」
「いいって、気にするな。それにメンバーとはミニョ、会ったことがあるんだ。お前、合宿所に来たことがあるから。皆と話したこともある。いいヤツばっかりだから・・・まあ、ちょっと問題なヤツもいるけど・・・怪我のこととかちゃんと話せば大丈夫。だから、そいつらのこと思い出せないとか、悩むんじゃないぞ」
「うん・・・」
少し強引だとは思ったけど、私のことを心配してくれるお兄ちゃんの言葉には逆らえず、私はお兄ちゃんの住んでいる合宿所に暫くの間お世話になることにした。
合宿所っていうから、もっとこう、何ていうか、質素な感じの建物をイメージしてたんだけど・・・
「お兄ちゃん、こんなすごいところに住んでるの?」
それとも芸能人っていう人達は皆こんなすごい家に住んでいるんだろうか?
タクシーから降りた私はまるで想像もしていなかった立派な建物を見上げ、その大きさに驚いた。
「A.N.JELLっていえば韓国でもトップクラスのアイドルグループだからな、事務所もそれなりに気を遣ってるんだろ?」
何でもないことのようにサラッと言ってのけるお兄ちゃんの後を、痛みの残る左足をかばいながらついて行く。
「今日は皆いるから。一応電話ではミニョのこと話しておいたけど・・・ミニョも挨拶するならいっぺんの方がいいだろ」
広い玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替える。そのせいで、片足を少し引きずって歩く、ペタン、スッ、ペタン、スッという音がやけに響いて聞こえた。
廊下の左右には中庭が見える。ガラスの外の景色は今はもう暗いけど、ポツンポツンと地面に置かれているライトに照らされ、大きめの木や名前も知らない植物の鉢植えがいくつも見えた。
窓に張り付くようにそれらをじっと眺めていると、「早く来い」とお兄ちゃんに声をかけられ、少し先で立ち止まっているお兄ちゃんのもとへと急いだ。
廊下を抜けると左側には広いキッチン、右側にはこれもまた広いリビングが見える。
そしてそのリビングには、お兄ちゃんの言っていたバンドのメンバーらしき三人の男の人が座っていた。
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