そんなの絶対おかしい

とか
そんなの絶対嫌だ

と思っていたこと。。。
それを口に出すことをしていたが、ここ数年、そういうこといちいち言わない

というお利口さんなパートナーのおかげに口を紡いできたらば。。。
もうどっちでも良くなり、それはどっちでも良いというか、諦め。。。
それってどうなんだろう

ホントはすごく嫌なことなのに、気持ちを我慢して、どちらかというと、ホントにどっちでも良いという無関心、無感情なんじゃなくて、諦め

これは大人になってしまった証拠なんです

大人って駄々こねることないもんね。。。
誰といるか?誰と過ごすか?どんな会話するか?ここにも表れてますね。。。
自分のためのだけじゃなくなった。という空白の時間

子育てに夢中、子ども中心、子どもの存在一番にした自分の身の振り方をしていた何十年

その間、もちろん仕事もしていたし、生きていました

それはそれは楽しく
ね
ね
ですが
私の気持ち、心の中はすっかり空洞というか、すっからかんのような
何もない空白
私の気持ち、心の中はすっかり空洞というか、すっからかんのような
何もない空白
ママ
という時間を生き抜いたそんな風です

仕事も子育ても。。。と私がイメージする両立とは違う。。。そんな何十年のような気がします
きっと世の多くの女性がこういう風に生きていることでしょう。。。ママとしか呼ばれない何年間
仕事で活躍。。。も、雇用されている場合、与えられた環境内での活躍にしかすぎず、会社から一歩外に出れば何もない。退職すればそれで終わり。何も残らないしそれで終わり。どう捉えるかによってそれも自分のためになったとか、無駄なことはないとか言うけど、確かに無駄なことなんてないけど、自分の足跡みたいなものはそこにはない、と私は思う

どう生きたいか?がそれぞれ違うから、一概に私のような感じ方や考え方はしないと思うけど、私は誰かに決められた人生、時間を生きるのは嫌だと思っている

結婚し、子どもを持ち、子どもを育てることに捧げる時間を「空白の何年間」と表現することに誤解もあるでしょう。
ですが
自分のため、だけじゃなくなることに変わりなく、名前で呼ばれない何年間があるのです。
自分のため、だけじゃなくなることに変わりなく、名前で呼ばれない何年間があるのです。誰々ちゃんママとかさ、良い例です

子どもたちが離れる時、あれ
という虚無感ない生き方、楽しみ方、子どもが憧れる大人の姿、生き方をしているのが良いですね
という虚無感ない生き方、楽しみ方、子どもが憧れる大人の姿、生き方をしているのが良いですね
老後は。。。なんていう会話じゃなくて、生涯現役
やりたいこといつでもやる
できる
のが私の人生


やりたいこといつでもやる
できる
のが私の人生


さてさて、ここ数年の私、我が家

blog更新せぬ間に、子どもたちも育ち、子育てステージもすっかり変わりました

可愛いことには変わりなく、ですがみんな大きくなり、末っ子王子も小学生

もうお出かけの荷物も少なく、私も身軽に外出したり、おしゃれを楽しめる

そんなStyleです

という時期になり、子どもに捧げていたような自分のものだけじゃなくなった24時間から、また違った時間を感じてます
まさにその間、空白の何年間!のよう

これ、わかる方にはわかるよ
