こんばんは!!(今日はちょっとばったんばったんしてるので走り書きしますっ!!)

私には、とても生きるのが楽になった転機があります。

それは、周りのひとや環境に合わせて取り繕うことを一切やめたときでした。

これはよく聞く話だと思いますし、私も前々から知ってはいたのですが、大学一年生になるまで、できてはいなかったと思います。

大きなきっかけは大学一年生の時に所属していた芸能事務所内での面接でした。
自分自身に低く点数をつけられたことや、受け続けていたオーディションで、飾った自分でいたのに50回程受けても全く受からなかったり、面と向かって悪いところをはっきり指摘された(当時は驚きましたが今はとても感謝しています)ことだったと思います。

これをきっかけに、自分ではいいと思う繕った自分でも評価されないどころか悪く言われてばかりなら、どうせなら、素直なありのままの自分を出していこうと思い切りがつくようになり、自分の弱点と真正面から向き合うようになりました。そう思えた時に、プライドもなにも無くなって、自分ときちんと向き合おうとするようになりました。

とはいえ、それまでの私も、それなりに周りから好かれていたと思うし、容姿だって声だって褒めてくれるひとはいたんです。
だけど、ずっと自分が何かに覆われているような感覚があり、人前にでると、評価されるために尚更そのベールを何十にも覆っていたんです。
ノートにはいつも憧れの人や、なりたい姿像を書いたりしていました。だけど、じぶんってなんだろう?ってずっとわからずにいました。

自分自身にぼんやりと期待はしていても、本気で信じて、受け入れる、ということはできていなかったんです。

また当時は、他人に合わせて取り繕ってしまうことに対して、素の自分に対して自信がないからだと思っていました。

しかし、それはただの自己防衛だったと思います。

自信がないって便利な言葉だし、謙虚に聞こえるかもしれないけれど、真正面から自分自身を弱点を含めて受け入れることからの、逃げだったりするのかなと、今では思います。



今って、SNSもあって、人と会う機会も減って、自分をよくみせたりして、人から(表面的に)好かれたりすることもできてしまう時代なのではないかと思います。

もちろん、それでも自分を評価された時は嬉しいし、満たされたような気持ちになります。しかし、自分の未熟さを自分自身で素直に受け入れることで、ひとと比べることをしなくなり、努力をすることができ、根っから楽な状態になることができるのだと、私はその経験から感じています。

環境や人に合わせて自分をつくっている方が楽で生きやすいように思えるかもしれません。傷つくことから逃れられるし、今、まわりにいる人、全員から(表面的には)好かれやすいのかもしれません。
だけど、どこかできっと、限界がきます。ありのままでいられる最適な人や環境にも出会いづらくなるようにも思います。そうしているうちに、自分がわからなくなってしまうのではないかと思いました。

そしてまた、私がいままで出会ってきた人の中で大きく心動かされてきたひとは、そんな世の中でもそうしない人です。

周りに対して柔軟である(空気を読むというような)ことと、よく見せようとせずに自分らしさを貫くことは相反していません。自分の全てを受け入れて素直にいる中で、自分に合う、そして、根底から自分のことをわかり、好いてくれるような人や環境が、自然に集まったり、残るように思います。

これは、勇気のいることではありますが、それができるようになってから、とても満たされていると感じています。


自分に対して期待をしてしまうと、環境や他人に対しても期待して、疲れてしまったりもするんです。自分に期待をせず、信じれるようになると、環境や他人のせいにするより、今の自分はなにができる?どこが今後の改善点だろう?ということだけをまっすぐに考えられるので、とても生きやすくなると思います。

自分に期待をしすぎず、謙虚に向き合って、受け入れて、信じて、成長する。

シンプルだけど、少し結果がでたりして自信がついたりすると、忘れてしまいそうになることです。

とくに社会人になってからは、忘れてしまうとしんどくなってしまうだろうなと思うので、周りへの感謝を忘れずに、過剰なプライドを持たずにありのままの自分を受け入れながら過ごしていきます!

今日は今から緊急で呼び出されたのでがんばります!笑