こんばんは!
今日も読んでいただいてありがとうございます!😊
今日も、「一昨日さっちゃんとzoomで話して気づいたことシリーズ」です!👏
話している中で、私はさっちゃんにこんなことを言いました。
「話してすぐに、自然になんとなく、他人の内面を見抜いてしまうところがあるんだけど、、、でも、やっぱり一部しかしらない他人のことを決めつけてしまうのはよくないなと思っていて、、なんだか気が引けるんだよね。。だから、そうしないように意識するんだけど、今度はそうすると、相手に応じた適切なコミュニケーションが取りづらくなるから、どうするのがいいのかなって思ってて、、」
というようなことをぐるぐると話してみたんです。(さっちゃんと話してると何もまとまってないのに話し始めちゃう🤣)
誰だって、自然と相手のタイプを分析して、自分自身をその相手によって少し変えている部分ってあると思うんです。それ自体は、他人とコミュニケーションをとる上で大切で凄くいい部分はあると思っています。
しかし、失礼なような気もして、気が引けるような感覚もあったのです。
そうするとさっちゃんは
「決めつける」じゃなくて、「仮定する」と捉えればポジティブなんじゃないかな?
決めつける、って捉えているから、マイナスなイメージを持っていて、そうしたくないって思うんじゃないかな?
って言ってくれたんです。これがものすごく腑に落ちて、、
私は、頭の中で、相手を「分析する→他人のことを決めつける」というふうになってしまっていました。だから気が引けてしまっていたのと、実際にも言葉でそう捉えてしまうことによって、思考そのものも、行動も、分析→決めつける、になりがちだったのです。それによって抱いている印象から小さなズレが見えてきた時に、うまく受けいれることができずに混乱をしてしまって、相手への理解を深められず、的確なコミュニケーションがとれなくなる部分があったなと思いました。しかし、「仮定をする」という言葉を聞いた瞬間に、このことに対する凄く視野が広がりました。
以前の私の場合は、たとえば、(以下は比喩です)
「高校生」だ!と初めに認識した人に対して、接するうちに「あれ、ちがうな、小学生かもしれないな?」と思ったとしても(いや、よくわからないのに小学生だと「決めつけてしまう」のは良くないよね、、、)と思ってしまうことで、「本当は小学生かもしれない人」に対して、「高校生だ」と無理に信じ続けようとしたまま「高校生にしかわからない教え方で、言葉で確認をせずに、ひたむきに連立方程式」を教えてしまう。で、「連立方程式、きっとあなたも、できるよ!!いくらでも連立方程式を教えるから!!」みたいな接し方をしてしまう。
しかし、小学生からしてみれば、本当は、割り算の力を伸ばした方がより良いはずだったりします。だから、小学生と仮定してあげたほうがかえって、小学生にとってもいい。
小学生かはまだわからないけれど一旦小学生だと仮定をしてみることで、「連立方程式、わかる?」「足し算は?」といったコミュニケーションをとってすり合わせていくことができ、小学生の能力を最大限に伸ばすことができる。私は相手の印象が悪い方に逆転してしまった時に、仮定できずに、その逆転した印象を信じることを一生懸命避けようとしていたことで、他人にとっても優しくないコミュニケーションをとることになってしまっていたなと思いました。(だから、仮定をしてあげたほうが、結果的に優しい。)
ここまではあくまで比喩で書いてきましたが、
さっちゃんが私の中のモヤモヤに対して「仮定」というプラスイメージの言葉を投げかけてくれたことで、
「決めつける」という「マイナスイメージ」の言葉しか私の頭の中になかった、ということが自分の思考の選択肢を狭めてしまい、結果的に行動の可能性を狭めてしまうことにつながっていたと気が付くことができました。
ワードセンスを磨くことによって、ある物事に対するイメージを逆転させることができ、視野が一気に広がり、選択肢が広がり、行動を大きく変えられるきっかけになります。
、、、というのが、このツイートで伝えたかったことです!
(伝えることは放棄したくないけれど、中々難しい💦)
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今まで、ことばは「自分の中にあるものを外に伝えるための手段」という捉え方が大きかったですし、
普段はそのような使い方をしているときの方が印象的なのであまり意識できていなかったのですが、
それ以前に、私たちはことばによって世界を捉えているのだから、ことばが思考を操っている。
だから、
浮かぶことばが増えることよって、同じだけの物事に出くわしても、視野が大きく広がり、選択肢が増え、自分自身の思考そのものがかわり、行動が変わり、可能性が広がっていく
というのはとても重要だと思いました。
語彙力とワードセンスを鍛えることの重要性を、今まで以上に心底感じました。
(さっちゃん、気づかせてくれてありがとう!!❤️)
今日も読んでいただいてありがとうございます!😊
今日も、「一昨日さっちゃんとzoomで話して気づいたことシリーズ」です!👏
話している中で、私はさっちゃんにこんなことを言いました。
「話してすぐに、自然になんとなく、他人の内面を見抜いてしまうところがあるんだけど、、、でも、やっぱり一部しかしらない他人のことを決めつけてしまうのはよくないなと思っていて、、なんだか気が引けるんだよね。。だから、そうしないように意識するんだけど、今度はそうすると、相手に応じた適切なコミュニケーションが取りづらくなるから、どうするのがいいのかなって思ってて、、」
というようなことをぐるぐると話してみたんです。(さっちゃんと話してると何もまとまってないのに話し始めちゃう🤣)
誰だって、自然と相手のタイプを分析して、自分自身をその相手によって少し変えている部分ってあると思うんです。それ自体は、他人とコミュニケーションをとる上で大切で凄くいい部分はあると思っています。
しかし、失礼なような気もして、気が引けるような感覚もあったのです。
そうするとさっちゃんは
「決めつける」じゃなくて、「仮定する」と捉えればポジティブなんじゃないかな?
決めつける、って捉えているから、マイナスなイメージを持っていて、そうしたくないって思うんじゃないかな?
って言ってくれたんです。これがものすごく腑に落ちて、、
私は、頭の中で、相手を「分析する→他人のことを決めつける」というふうになってしまっていました。だから気が引けてしまっていたのと、実際にも言葉でそう捉えてしまうことによって、思考そのものも、行動も、分析→決めつける、になりがちだったのです。それによって抱いている印象から小さなズレが見えてきた時に、うまく受けいれることができずに混乱をしてしまって、相手への理解を深められず、的確なコミュニケーションがとれなくなる部分があったなと思いました。しかし、「仮定をする」という言葉を聞いた瞬間に、このことに対する凄く視野が広がりました。
以前の私の場合は、たとえば、(以下は比喩です)
「高校生」だ!と初めに認識した人に対して、接するうちに「あれ、ちがうな、小学生かもしれないな?」と思ったとしても(いや、よくわからないのに小学生だと「決めつけてしまう」のは良くないよね、、、)と思ってしまうことで、「本当は小学生かもしれない人」に対して、「高校生だ」と無理に信じ続けようとしたまま「高校生にしかわからない教え方で、言葉で確認をせずに、ひたむきに連立方程式」を教えてしまう。で、「連立方程式、きっとあなたも、できるよ!!いくらでも連立方程式を教えるから!!」みたいな接し方をしてしまう。
しかし、小学生からしてみれば、本当は、割り算の力を伸ばした方がより良いはずだったりします。だから、小学生と仮定してあげたほうがかえって、小学生にとってもいい。
小学生かはまだわからないけれど一旦小学生だと仮定をしてみることで、「連立方程式、わかる?」「足し算は?」といったコミュニケーションをとってすり合わせていくことができ、小学生の能力を最大限に伸ばすことができる。私は相手の印象が悪い方に逆転してしまった時に、仮定できずに、その逆転した印象を信じることを一生懸命避けようとしていたことで、他人にとっても優しくないコミュニケーションをとることになってしまっていたなと思いました。(だから、仮定をしてあげたほうが、結果的に優しい。)
ここまではあくまで比喩で書いてきましたが、
さっちゃんが私の中のモヤモヤに対して「仮定」というプラスイメージの言葉を投げかけてくれたことで、
「決めつける」という「マイナスイメージ」の言葉しか私の頭の中になかった、ということが自分の思考の選択肢を狭めてしまい、結果的に行動の可能性を狭めてしまうことにつながっていたと気が付くことができました。
ワードセンスを磨くことによって、ある物事に対するイメージを逆転させることができ、視野が一気に広がり、選択肢が広がり、行動を大きく変えられるきっかけになります。
、、、というのが、このツイートで伝えたかったことです!
(伝えることは放棄したくないけれど、中々難しい💦)
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今まで、ことばは「自分の中にあるものを外に伝えるための手段」という捉え方が大きかったですし、
普段はそのような使い方をしているときの方が印象的なのであまり意識できていなかったのですが、
それ以前に、私たちはことばによって世界を捉えているのだから、ことばが思考を操っている。
だから、
浮かぶことばが増えることよって、同じだけの物事に出くわしても、視野が大きく広がり、選択肢が増え、自分自身の思考そのものがかわり、行動が変わり、可能性が広がっていく
というのはとても重要だと思いました。
語彙力とワードセンスを鍛えることの重要性を、今まで以上に心底感じました。
(さっちゃん、気づかせてくれてありがとう!!❤️)
