別居中の旦那から我が子の写真を欲しいと言われる。
かわいい写真がとても多くたまらないのに、旦那のために選んでると思うとため息が出てしまう。
その時間は嫌だなぁと思うのだけど、時間が経ってそのやりとりを思い起こした時に
あたしはただ
我が子の成長を笑い合って話したかった。我が子の成長を一緒に喜びたかった。
声を出して笑ったよ
涙が枯れるくらい泣いたよ
もぐもぐして食べたよ
ストローを使って飲んだよ
おもちゃをつかんだよ
寝返りしたよ
おすわりできるようになったよ
歯が生えてきたよ
そんな当たり前のことがどうしてできないのだろうと強く思い、涙が止まらない。
一番身近で我が子の成長を共に見届けたい人に裏切られた悲しみは、形を変えてこんなところにも波及しているんだよ。