私は一人娘。
母と父と比較的裕福な家庭で育てていただいた。
小さい頃から習い事もたくさんさせて頂いて、
一つの分野で新聞に載ったり、才能発揮して全国大会に行かせて頂いたり、
全力で支えてくれた。
でも、自分で好きでやってたというよりも、
母の期待に答えなければ、母がいつまでも満足しないから。
お母さんの喜ぶ顔が見たくて、遊ぶ時間も制限されて、
友達との喧嘩には過剰に干渉されて。
小学5年生、私はいじめられていた。
注目されていたことがきっかけで
調子に乗るなと。
その時は、親にそれが知られないようにするのが必死だった。
そのいじめで、今も左目の視力は悪い。それがきっかけで眼鏡をかけるようになったのだが、
いじめはバレていない。
どれだけ物を隠されても、
私が◯◯ちゃんの消しゴムを取ったのかのように仕組まれても、
死ねって言われて、太ももにシャープペンシルを刺されても、
「悲しい」「嫌だ」ではなくて、「この子がかわいそう」「私が受け入れてあげなきゃ」
って思うような子供だった。
多分、母が、「私のために叱っている」というよりかは話をめちゃくちゃ広げて自分の感情を
気が向くままに私にぶつけ続けていたからだと思う。
「全然違う話してる。お母さんって、私とお母さんは一緒だと思ってるんだな。感情をぶつける場所がないんだな。」
お母さんの1番の味方でいなきゃって。
父は、逆に、母をなんでも受け入れてあげていた人だ。
寡黙で、笑わなくて、嫌なものは嫌とはっきり物を言う人。
でも、母と喧嘩した時は、すぐに折れる人だった。
多分めんどくさかったんだと思う。笑
中学の時、親の事業が失敗し、お金が大変になって、父がうつ病になって、
鬱から復活してから父が働きに出て、母と二人暮らしだった。
その中で、高校受験の話が上がってきた。
私、実は高校の時点で、他県高校に進学している。
母が、「この子は他県に行ったほうがいい」と勧めてくれた。
私は、これまで、自分の意思で行動したことが少なく、
いい子に見られる行動をずっとしてきたから、
地元でも進学したいと思う高校も特にないというか、
こだわりがないというか。なんでも良くて。
だから、高校進学も母に決めてもらったようなものだ。
成績は大丈夫だったので、志望校に合格。
高校1年生、15歳。ひとり暮らしが始まった。