阪神大震災から丸16年経ちます。
その時、私は焼け野原の街長田で経験しました。
忘れもしない午前5時46分ゴォーから
ドーンという地響き、激しい揺れで
慌てて起き、避難し、そのあとは崩れ落ちた各家家から
火が拡がりあっという間に辺りは焼け野原!
まるで映画のような光景で恐怖と助けを求められても
助けることが出来ず火が拡がり、自分の無力さを感じた出来事でした。
あいにく、自分の家は半壊程度でしたが前の工場が倒壊し、
辺りは空襲にあったような景色となり、
その後はそれまでの当たり前の生活から一変、約一ケ月は水がない、
風呂にも入れないので遠方に週一銭湯を探して入る生活が続きました。
その時までは、身近に死を考えたこともなかっただけに同級生や
近所の元気だったおばちゃんの突然の死にも直面した16年前。
今では、復興も急速になされ元気になった神戸も
毎年今日だけは、また何かあるのではと考えてしまいます。
現在、死と向き合うライフプランナーという職種についたのも、
震災時に被災された契約者を探しあてでも保険金を届けた素晴らしい
今の会社があるからこそで、働けることは元より元気に
過ごしている事に日々感謝し、子供たちにも今を大切生きる事を伝え続けたいと思います。
その時、私は焼け野原の街長田で経験しました。
忘れもしない午前5時46分ゴォーから
ドーンという地響き、激しい揺れで
慌てて起き、避難し、そのあとは崩れ落ちた各家家から
火が拡がりあっという間に辺りは焼け野原!
まるで映画のような光景で恐怖と助けを求められても
助けることが出来ず火が拡がり、自分の無力さを感じた出来事でした。
あいにく、自分の家は半壊程度でしたが前の工場が倒壊し、
辺りは空襲にあったような景色となり、
その後はそれまでの当たり前の生活から一変、約一ケ月は水がない、
風呂にも入れないので遠方に週一銭湯を探して入る生活が続きました。
その時までは、身近に死を考えたこともなかっただけに同級生や
近所の元気だったおばちゃんの突然の死にも直面した16年前。
今では、復興も急速になされ元気になった神戸も
毎年今日だけは、また何かあるのではと考えてしまいます。
現在、死と向き合うライフプランナーという職種についたのも、
震災時に被災された契約者を探しあてでも保険金を届けた素晴らしい
今の会社があるからこそで、働けることは元より元気に
過ごしている事に日々感謝し、子供たちにも今を大切生きる事を伝え続けたいと思います。



なりません。