久しぶりに。と言うのも先週から入院をしていて書く余裕がなく。

 

考える時間は前よりもあるのに書く余裕はない。

 

なぜだろうと。

 

書くことに少し抵抗を感じたのだなと思った。病気で自分の将来が見え辛くなって今を考えるしかない。でも、その考えたことを記す行為が生きることではなく、終わりへの一歩のように直感的に感じてしまった。

 

幸い、先のことを考えれるようになった。思ったより気は晴れない。そもそもそうではないところに重くのしかかった病気への不安が軽減されただけだから元に戻ったと言う方が正しいのかな。

 

 

検査や治療中は嫌でも固定されるからそれ以外の時間はフリースペースにいるようにしている。

名前も素性も知らない人たちと会釈をし、その中でも一部の人と会話はするが同じように名前は知らないし聞かない。

 

年齢が二回りも三回りも上の人たちと温泉の常連客同士の付き合い方を日々過ごしている。

 

不揃いだが素敵だなと思った。

 

誰もお互いのことを詳しくは知らない。ただ、共通しているのは同じ病院の同じ病棟に入院しているだけ。それだけは周知の事実である。

その偶発性が、この空間の基盤になっている。

想像通り時間の進みは遅い。

お互い好きなことはするけれど、気を使いあう。決して窮屈ではないし、公共の場での素が出ていると思う。

内側のそれぞれの苦悩はもちろんあるだろう。その苦しさがどこか和らぐこの空間は僕は好きだ。

 

僕は大学の課題が終わっているからテレビや本を読む。

外の天気は暑いと聞くがでれない僕はいい天気だと言う。

 

たぶん、ここに座っているみんながそう思っている。

 

 

病院の不揃いな本のように集められている僕らだからこそ感じる時間だろう。