私達夫婦の宝物のワンコが3月30日15歳4か月で虹の橋を渡ってしまいました。

おそらく動物と無縁の方には全くバカバカしいお話なので

スルーしてください。

 

ワンコは長い間の通院と二度の大手術で、あまり長生き

出来ないかもしれないと、夫と覚悟はしていました。

でも、きっと寂しくなっちゃうね、、、そんな程度の

軽い会話は時折していたのですが

現実、とてもとてもそんな生易しいものでななく

ポッカリ空いた穴は想像を絶するほど大きく、半身もぎとらたような痛みと悲しみと絶望に襲われてしまいました。

 

ひき付け、痙攣を起こし点滴に通っていたので

身体が痛くて可哀想かとソファに寝かせていました。

けれど、聞いたことのない可愛い声で

まるで「ママ~ママ~」と言って鳴いてるようだったので

たまらなくなりワンコを抱きあげました。

すると、10分置きに「ママ~」と聞こえていた声が

ぴたりとやみ、1時間ほどそうしてるうちに

30日の午前二時半に私の腕の中で静かに静かに

息を引き取りました。

それからワンコの身体を拭いたり、ブランケットを

取り換えたり片づけものをして翌日の火葬に備え

4時ごろ寝つきました。

 

朝七時、ワンコが私のベッドまで来て起こしに来ました。

その可愛さに一瞬亡くなってることを忘れてしまい

リビングに来て、横たわってるワンコをみて

夫と二人号泣してしまいました。

また、火葬を無事済ませ、遺骨を持って帰ってきた日の早朝

私の足元がポコポコ波打つ感じにハッとして

上体を起こしました。

それでもまだ、足元が行ったり来たりのように

ポコポコ動いていました。

まさか、ワンコだと思わなかった私は

気味が悪くなって跳び起きてリビングに出てきてしまいました。

その話を夫にしたら、夫もワンコの姿を見たというのです。

またまた二人で号泣して

私達二人、あまりにも大きなものを失ったことに

絶望感で一杯で

親の死にも兄弟の死にも涙一つ流さなかった夫が

泣いてばかりいるようになりました。

その都度、お互いに慰め合いながら

また二人で泣くというどうしようもない負のループに

陥って打ちひしがれた日々でした。

 

どうにか、あの子のいないことに慣れていかなくては・・・と気を取り直しても、自慢の可愛いワンコの思い出が

生活のすべてに繋がります。

亡くなって早三週間が過ぎ、まだまだ涙の毎日で

これ、結構重症なペットロスだと気づき

いろいろ思いなおしてなんとか気を紛らわせようと

努力しているのですが

外出から帰れば、またあの子の可愛いお出迎えと

私との「お帰り~待ってたよママ!」という儀式を思いだして一層寂しくなったりしています。

 

私達夫婦が初めて、赤ちゃんから成人、そして高齢になるまで一致団結して育てた子供以上の子供でした。

 

今、ワンコにああしてやれば良かった、こうしてやれば

良かったという悔いは一つもありません。

そしてただただ、幸せをくれたワンコにありがとうと

言いたい。

それと、本当に後追いしたいくらい辛かった時に

今まで多少うざい、いなくていいと思ってた夫が

傍で寄り添ってくれたことに感謝している。

 

それから竜ちゃん!

ママはちゃんと10の約束守ったよね!

きっとまた巡り合えるように、ママはずっと忘れない。