自称「天才」 シュルレアリスムの画家
サルバドール・ダリ
Salvador Dali 【1904 ― 1989】
本名はカタルーニャ語で
サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク
1904年 スペインのカターニャ地方、フィゲラスで生まれる。
裕福な公証人を父に持ち、母も裕福な商家出身だった。
ダリの生まれる9ヶ月前に幼くして亡くなった兄がいた。
その兄と同じ「サルバトール・ダリ」の名前が付けられた。
このことはダリに大きな心理的影響を与えた。
少年時代から絵画に興味を持ち、卓越した才能を備えていた。
マドリードのサンフェルナンド美術学校へ入学。
詩人のフェデリコ・ガルーシア・ロルカや、
映画監督のルイス・ブニュエルらと知り合い、芸術に厚みが増す。
後の1928年に『アンダルシアの犬』※ を共同制作した。
※シュルレアリスムの代表的作品
学生時代に読んだフロイトの夢判断に大きく影響され、
夢や幻覚による内面の、無意識世界への探求を目指した。
1925年 初めての個展を開催。
1927年 パリで画家のパブロ・ピカソや
詩人のポール・エリュアールなどと知り合う。
1928年 パリでシュルレアリスムの活動に参加。
1929年 詩人ポール・エリュアールが家族を連れて
カダケスのダリを訪問。この時のポールの妻は、
後にダリの妻となるガラ・エリュアール。
二人は強く惹かれ合い、ダリのパリの個展の直前に駆け落ちをする。
1938年 シュルレアリストのグループから除名される。
第二次世界大戦中、戦禍を避けアメリカに住む。
1948年 スペインに帰国し、ポルト・リガトにて活動を再開。
独自の価値観を作品の中で展開し、時間・宗教・
量子力学・遺伝子学などをモチーフにした作品を次々に制作。
版画や宝石デザインなども手がけた。
1982年 最愛のガラが死去。
1983年 最後の絵となる絵を描く。
1989年 フィゲラスのダリ劇場美術館に隣接する
ガラテアの塔で、心不全により他界する。
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ガラはダリのミューズであり、保護者、支配者でもあり、
マネージャーでした。
ガラが荒れた生活をするようになっても、ダリのガラに対する
従属の態度は変わらなかったそうです。
ガラが亡くなるとダリは「自分の人生の舵を失った」と
激しく落胆し、城に引きこもってしまったそうです。
象に乗って、凱旋門を訪れたり、
数々の 奇行などで有名なダリですが、
実際には、ダリはいつも奇人だったというわけではなく、
本当に親しい友人の前では非常に繊細で
気の行き届いた常識人だったそうです。
彼の顕示される自己が必ずしもダリ本人そのものでは
なかったと言えそうです。
また、ガラを愛し、深く頼っていたことが伝わってきます。
現在、ダリはフィゲラスのダリ劇場美術館内に
埋葬されているそうです。
ダリの世界が広がるダリ劇場美術館、スペインに行った際は
立ち寄ってみたいですね。
Danke


