今年の旅行は専ら飛行機を使ってる。
新幹線も好きだけど、時間や景色や料金や…などの諸々の理由から。
一番の理由は、飛行機の離陸直前の体感と、降りたときの感覚。
数日前に曾根崎心中を読んでて、これを最後にしようと訪れたお初天神で最後に祈ったことは、
もう繋がる縁がないなら、
彼のこれからの人生に私が不要なら、
自分を彼から、彼への執着から解放して欲しい、いや、自分で自分を解放したい。
解放の過程で、挫折しかけたら、勇気や助力を、導いて欲しい。
という事。
自暴自棄か?我ながら可笑しなお願いだ。
でも、
どうにもならない事、終わってしまった事を、例え自分の本意でなかった事でも、
いつまでも悔い続けていることに、
変わらない現実や、
もう一番会えたら、とか、そんな希望を抱くことに、
果たして何の意味があるんだろう。
現実を知るのが怖くて直視することから避けてて、
でも気持ちのままに行動を起こすだけの勇気もなくて、
結局、電話をかけることすらできなかった。
そして、それら願望が、
相手の事を第一に考えられたものでない事を、嫌と言うほど実感するし、
自己満足で突き進みたい願望のある自分に嫌悪感を抱いてる。
現実主義なはずなのに、
事恋愛に関しては夢物語の世界にいる。
そんな自分に疲れた。
不思議だ。
この前まで、いや、正確には昨日までと、
願ってる事が違う。
勿論、
完全に吹っ切れたと言うほどの自信はまだ足りなさそうだし、
彼が人としてもパートナーとしても大好きだったと言う事実は否定しない。
やっぱり、後悔する時も、仮説を立ててしまう時もあるだろう。
彼のこれからの幸せを本当に祈ってるし、彼には幸せになって欲しい。
ただ、
私は相手が彼じゃなくても、幸せになりたい。
彼に、自分と過した時間を、付き合った事実を後悔させてしまうような、腐った女にはなりたくない。
自分の仕事、生き方、過去、未来、そういった様々なことに、自信を持ちたい。
何だ?どうした自分?
ただ、自分の気持ちに従うと、今、これが自分の本意なんだろう。

