fly to the HEAVEN

fly to the HEAVEN

深層心理を徒然と。

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これから搭乗。
今年の旅行は専ら飛行機を使ってる。
新幹線も好きだけど、時間や景色や料金や…などの諸々の理由から。
一番の理由は、飛行機の離陸直前の体感と、降りたときの感覚。

数日前に曾根崎心中を読んでて、これを最後にしようと訪れたお初天神で最後に祈ったことは、

もう繋がる縁がないなら、
彼のこれからの人生に私が不要なら、
自分を彼から、彼への執着から解放して欲しい、いや、自分で自分を解放したい。
解放の過程で、挫折しかけたら、勇気や助力を、導いて欲しい。

という事。

自暴自棄か?我ながら可笑しなお願いだ。

でも、
どうにもならない事、終わってしまった事を、例え自分の本意でなかった事でも、
いつまでも悔い続けていることに、
変わらない現実や、
もう一番会えたら、とか、そんな希望を抱くことに、
果たして何の意味があるんだろう。

現実を知るのが怖くて直視することから避けてて、
でも気持ちのままに行動を起こすだけの勇気もなくて、
結局、電話をかけることすらできなかった。

そして、それら願望が、
相手の事を第一に考えられたものでない事を、嫌と言うほど実感するし、
自己満足で突き進みたい願望のある自分に嫌悪感を抱いてる。

現実主義なはずなのに、
事恋愛に関しては夢物語の世界にいる。
そんな自分に疲れた。

不思議だ。
この前まで、いや、正確には昨日までと、
願ってる事が違う。

勿論、
完全に吹っ切れたと言うほどの自信はまだ足りなさそうだし、
彼が人としてもパートナーとしても大好きだったと言う事実は否定しない。
やっぱり、後悔する時も、仮説を立ててしまう時もあるだろう。
彼のこれからの幸せを本当に祈ってるし、彼には幸せになって欲しい。

ただ、
私は相手が彼じゃなくても、幸せになりたい。
彼に、自分と過した時間を、付き合った事実を後悔させてしまうような、腐った女にはなりたくない。
自分の仕事、生き方、過去、未来、そういった様々なことに、自信を持ちたい。

何だ?どうした自分?

ただ、自分の気持ちに従うと、今、これが自分の本意なんだろう。

それにしても、搭乗手続き、遅れてるみたい
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出発前の東京は雨だった。目的地に着いたら晴天で、トレンチコートだと日中は暑いくらい。

Azure moonを聞きながら、旅に出る。
仕事ついでの旅だけど。
選曲が暗いなぁ。
でもこういう曲の方が、自分と向き合える。
自分の声が聞こえるから。

仕事が終わって一人旅のスタート。
『繕い裁つ人』のロケ地だった北野のカフェでのんびり。
映画のとは違うけど、チーズケーキが優しい味で、滞在中もマスターがお菓子を作ってるのを横目で見ながら、人柄が味に出てるんだと思った。

久しぶりに行ったハーバーランドやモザイクは夕暮れ時で、ずっと立ち止まっていたかった。海の匂いがした。この海はずっと先まで続いてて、自分の居る東京と繋がっている。
空もそう。時間も。

大阪に戻り、淀屋橋から梅田まで夜の散歩をしながら、その光景を暫く眺めてた。
この沢山の人混みも、何処までも続いてて、その先に彼が繋がっていたらいいのに。
もちろんそんなことは無い。わかりきったこと。

10月は、色々な事が始まり色々な事が終わった月。後ろを向かず、結果に恐れず、周到な準備もせず、ただただ自分の気持ちに従って行動を起こしたのは、あれが最初で最後だった気がする。

今日は心を落ち着けて、自分の気持ちと向き合おう。
って、日本酒飲んで酔っ払ってるけど。
夢を見た。
眠っているはずなのに、夢の中で聞こえた声に、ほっとして安心した自分がいるのがわかった。
何か、言い合ってるみたいだったけど、とても楽しそうで、
「なーんだ、そういうことなの?もう!」って怒りながら笑ってる、そんな自分が夢の中にいた。

お気に入りのブログを読んでたら、
昔、フラワーアート展に一緒に見に行ったことを思い出した。
それを目的に行ったはずではなかったと思ったけど、
たまたま開催してたからついでに・・・という気持ちで見て、
そこに装飾されていたウェディングフラワーを見て、
いいな、その時、隣にいて欲しいな、
そんなことを考えていたことを、今さら思い出した。

そうか、自分は何だかんだ言って、小さいころから結婚願望は大きかったっけ。
相手との将来が描けないなら、たとえ相手から好意を持たれたとしても、何となくで付き合うことすらできなかった。

それにしても、なぜ、今なんだろう。
なぜ、今更何だろう。
もう吹っ切ったはずだったのに。少なくとも、数か月前に行った大阪・神戸で、自分の中で結論を出したはずなのに。
今年に入って、回想の程度がひどい、ひどすぎ。
懸命に、呪縛から、執着から、解放しなきゃと意識すればするほど、ドツボにはまっていく。

この2か月仕事で切羽詰まってて、休みもほとんど取れなくなってた。
たぶんこのまま行ったら、心が壊れるな、と自覚するくらいに心に余裕が全然なかった。
時々後頭部が強打されるように痛くなったり、目の前がクラクラしたり。
仕事は好きだし、仕事でのストレスは半端ないし、自分のワーカホリックさは重々承知してるけど、従来にも増してそのホリックさが尋常ではなかった。

それなのに、それだからなのか、
誰かを大切に思いたいと。
仕事のためではなく、誰かのために、自分の時間を過ごしたいと。
自分のために時間を費やして、自分のためにお金を費やして、
もちろんそれは楽しいし、自由だけど、
本当は、誰かの大切な人になりたい、誰かのそばで、誰かの支えになりたい、
そういう願望が強くなっている。
昔は、自分から仕事を奪うこと、仕事を捨てる選択をすることは、今まで到底考えられなかったけど、
必要になったらそういう選択をする覚悟も、今はありだと思えるようになった。

ただ、
その「誰か」を、知らない他の人に当てはめようとは思えなくて、
自分のそういう願望は、相手が彼だからこそ抱くものだということも、どこかで気づいている。この願望は、単なる現実逃避にすぎないと思うようにしてるけど、
ずっと嘘をつき続けてきた自分の本当の気持ちだということにも、気づいている。
あの頃、このまま時が流れたら結婚するんだろうな、そんな気持ちを抱いていたくらいだから。

今年になって、過去の色々な場面を思い出す度に、自分の自己肯定力のなさもさることながら、相手の思いやりや優しさを理解することが多くなった。
それを自分は信じ切れなかったことも。不安の方が勝っていたことも。
今さら気付いても、今さら理解できても、遅いだけなのに。


この生活から、この現実から、何も変わるわけがない。
変わったとしても、それは自分が望む結末ではなく、自分が容易に想到できる結末だということも、嫌というほどわかっている。
様々な思いは、単なる自己満足でしかなくて、
何度も何度もシュミレーションしては自分を過去への執着から解き放たないと、そうしなければいけないことなんて、これでもかというほどわかってる。

「そうかな?変わらない、とは、限らないよ。これから突然、何かが変わるかもしれないよ。」

妹に言われた言葉を、本当は、強く信じたいと思う自分がいることも、わかってる。