余命宣告を受けて、やりきれない、やるせない思いを抱え1日が過ぎようとしてます


やることをやって戦って最後へ向かうのか

それとも、お迎えまでの間どれだけの時間があるかわからないけど、ボロボロになるよりはヒトトキの安寧の時間を過ごすのか

ボロボロになっていく妻は見たくないのが本音だが、でも向き合うと決めたじゃないか

妻の決断は戦うと決めている、共にできることをしようと思う。


悶々としながら思い出したというか、気づいたことがある


この夏、隣にいる妻の気配がときどきひどく希薄に感じられることが度々あったんだった

あれはこういうことだったのか?