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tectec 言葉の倉庫

のんびり歩む創作集団(クリエイティブ・コミュニティ)tectecの代表そりとがかきこむブログ。おもに頭の整理とかに用いられる。



ひとのことを分析するのが、好きを超えて癖というか、なんなら生業というか。
ひとを見たらそうせずにはいられないのだけども、それをすることがどうやらわたしには本当に必要みたいで、でもそうやって他人を無意識に分析するのが、別に万人にとって普通とは限らないと、本当にそうなんだと理解したのは、わりと最近です。

だから、わたしはしつこいってちゃんと自覚するのも、それにならって遅かったです。


他人への興味関心、好奇心が、もはや執念とか執着みたいな感じで、深く広く、わたしの中に根を這っていて、でもそれをあまりにも横柄なまま顕著にしておくわけにもいかないので、だってストーカーになりたいわけでも、 あるいは別に誰かに振り向いてほしいわけでもないから、自分にもわからないくらい無意識に、ひとを見ることを覚えたんだと思っているんだけど。それはもちろんたくさんの失敗を重ねながら、それでも自分のために執拗に繰り返した結果で、それがついには今の自分を形づくる、大きな礎になった、んじゃないかしらということにしている、ある意味、わたしの武器。


ま、考えてみたら武器と言えんこともないかなぐらいのもので、普段は人間観察は趣味とか癖、ぐらいにしか説明しないんだけど。
まぁだから以上の文章は、自分用のメモみたいなもの。


自分が思ってることを自分の思ってる通りに、自分の言葉で、相手に伝えるなんてことは、できて2・3割だと思ってる。
んだけど、たまにそれを相手に求められるときがある。

わたしの拙い人間観察の分析結果を伝えると、なるほどと、相手が自分のことをもう一歩、深く考える。その瞬間に立ち会える。

わたしの生意気な立場を露呈することにはなるけれど、こいつに聞いてみようって思ってもらえるのが本当にうれしい(より深くそのひとを分析するきっかけをもらえる)から、そのときできうる限り一生懸命真摯にお話する。

そういう時間は、人間観察の思わぬ副産物。ちょっとしたご褒美。
これがほしくてやってるわけじゃないけれど、あるととてもうれしい。

と、言うわけで、しっかり味をしめて、機会がやってくると、また柄にもなく、一生懸命向き合うのでした。


ダイヤそりとダイヤ