インド・ネパール総括
今回の旅は3週間。
これが長いのか短いのかは分からないが、
今回はあまり「考える」ということをしなかった。
それよりも、目の前のものを受け止める旅だった。
何故あまり「考える」ことができなかったのかは、よく分からない。
勿論、それなりに考えることはあった。
でも、それが深くはなかった。
東南アジアを旅していた時は、
毎日宿へ帰っては悶々と考えていた。
それが今回はちょっと違ったのだ。
旅から帰ってきて思うこと。
私はもしかしたら、
旅へ出る度、弱くなっているのかもしれない。
今までは旅に出ては、
またちょっぴり強くなったと思っていた。
でも。今回は自分の弱さが露呈した。
それに自分も気付いた。
弱いのだ。
結局、インドやネパールで色々なものを見て、触れて、感じて、
多くの人と話をしても・・・
今回私が思い知ったのは、
これだけなのかもしれない。
まだまだ自分のことで精一杯な私。
もっと周りを見る余裕を持たなければ、と思いました。
ネパールで私も考えた④カトマンズ
カトマンズへとやってきた。
ここはポカラとはまるで違う世界だ。
人々でごったえがえすタメル地区。
頭に響くクラクションの音。
でも、これもネパールなのだ。
私は旅に出るとき、現実を受け止めたいと思ってる。
想像してたような国ではなくても、
たとえ人に騙されようとも、
どんな事態であっても、
現実を受け止めたい。
現実は現実だ。
否定はしてはいけない。
カトマンズには色々なひとがいた。
親切に道を教えてくれるひと、
陽気に話しかけてくるひと、
今時の若者のようにジーパンを履いた女性、
建設現場で精一杯働く男性、
外国人に物をねだることを覚えた女の子たち、
ゴミ袋を抱えた少年、
ドラッグに染まったこどもたち・・・
それがカトマンズだ。
キルティプルは多少カトマンズの喧騒から逃れ、
町の様子はおおむね静かだった。
でももうあの場所には行かないと思う。
意外と打たれ弱い自分も、最近実感してる。
もうちょっと強いと信じ込んでいた。
そんなこんなで、ネパール航空の遅延により
エベレストホテルに丸一日拘束された私は、
オランダ人のバックパーカーのおにいさん
ネパール人のおじさん
ネパール人の男の子
と仲良くなり、ネパールを後にしたのだった。
ネパールで私も考えた③ポカラ
ポカラの町は観光地だ。
でも。
少し歩けばすぐその雰囲気は無くなる。
そんなところが好きだ。
フェワ湖の対岸の山々の間に沈む夕陽を何度も見た。
美しかった。
まるで心が洗われるようだった。
ポカラでは自転車を借りた。
これさえあれば、私は何処へでも行ける。
ネパールの風を切って、自転車を走らせる。
至福のときだ。
お気に入りは、チベット村を越えていったところにある場所。
下り坂で、川や山の眺めがいい。
私はそこでぼ~~~~っとするのが好きだった。
このポカラで、私はホーリーを迎えることにした。
3月11日。
最初はあまり参加する気はなかった。
けれど。
政治不安の中でも無邪気にはしゃぐ人々を見て、
私も気がつけばその輪の中に入っていた。
もう、どうでもよかった。
どんなに汚い格好になろうとも。
ホーリーを通じて色んな出会いがあった。
それも、今となっては、
いいネパールの思い出だ。
ホーリーの翌日は、Dhampusへトレッキングへ行くことにした。
ガイドはつけない。
ポーターもつけない。
何の自信もあった訳ではないが、
たぶん、1人で何かをしたかったのかもしれない。
心のどこかで、
迷子になってもいい
という想いも少なからずあったのかもしれない。
私はやっぱり変かもしれない。
もしかしたらネパールの空気が私をそうしたのかもしれないけれど。
Dhampusから見たヒマラヤ山脈アンナプルナの山々は美しかった。
白く染まった山がふと現れたとき、
私の胸にこみ上げてくるものがあった。
あの感動は言葉には表せられない。
トレッキングから帰ってきたあと、数日間ポカラでのんびり過ごした。
居心地が良かったんだと思う。
ネパールの人々は明るくて、
陽気だし、
みんな瞳の奥に優しさがあった。
それに加え、雄大な景色。
どうやら今回は癒しの旅になってしまったようだ。
