だいぶ、お久しぶりのブログになります。

  子どもの不登校歴も長くなり、

  私は自分の過去を見つめる機会が増えています。

 

  今回は前回の続きではなく、

  改めて3回にわたって、私の自己紹介をします。

 

 【生い立ちと結婚&長女出産】

 

 4人兄弟の末っ子として、男3人女1人の環境で過ごす。

 小学校低学年の頃、親が離婚。

 母親に引き取られ、一番小さかった私だけ母子家庭に。

 ショックのせいか、当時の記憶は残っていません。

 

 大学で北海道へ。子供と遊ぶボランティアサークルで大学デビュー。

 ここで第2の人格が生まれました。

 私は“怒りキャラ”。他の人に比べて、正義感があるからか、

 子どもにも大人にも、きちんと注意し、怒っていました。

 サークルでは大人も子どもも年齢関係なく、接することができ、

 やっと青春時代を楽しんで過ごしました。

 

 24歳で就職。

 

 仕事をもっと覚えて成長したい中、

 大学時代に初めて付き合った彼と27歳で授かり婚。

 結婚の約束はしていたけど、想像以上に早かった妊娠は衝撃的でした。

 

 心が伴わないままだったからか、27歳で2か月の早産。

 1,386gの女の子を授かりました。と同時に、

 こんな小さい子供を育てられるのか、かなりのプレッシャー。

 そして、小さく産んでしまった自責の念。

 どちらの親元も本州で、夫も忙しく、

 一人で何もかも頑張っていました。

 私の仕事復帰の最初の1年間は記憶がないほど、大変だった~

 年に3回の子供の入院、仕事も家事も育児も何もかも、うまくいかない(泣)

 私の人生にとって、どん底でもがいていた一年でした~。

 

 そんな中、素敵な保育園に入って、親の負担も大きかったけど、

 子供のぜんそくの持病も治ってホッとして、

 仕事にも少しずつ集中できるようになりました。

 

 ~長くなってきたので、自己紹介②へ続く~

 

 

 3か月ぶりにブログを書きます。

 私は7月から、ある学びを始め、集中していたため、

 ブログをお休みしていました。 

 

 さて、前回からの続きです。

 中1の夏休み明けに娘が突然学校へ行けなくなりました。

 

 親は不測の事態にかなり戸惑います。

 

 とりあえず、反抗期で親には話さないので、

 身近な第3者に、娘の心の声を聞いてもらいます。 

 

 そして、2日後に生理がきます。

 生理痛もあり、そこからは生理で休みました。

 

 

 

 

 今冷静に振り返ってみると、生理前の

 PMS(月経前症候群;生理によるイライラ、不安、頭痛などの不調)

 重なっていたような気がします。

 女子は生理が来ると、大人になるためにホルモンバランスが変わっていくので、

 心や身体との調和を取るのが大変なんだなあとしみじみ感じました。

 私は生理なりたての頃はこんなに生理痛で苦労した覚えはありませんでした。

 だから、娘の症状を理解してあげられない。

 

 そして、親は思います。

 心も問題あるかもしれないが、身体的にも何か問題があるのかもしれない。

 心の問題が身体に出ているのかもしれない。

 

 まずは体の症状を緩和しよう!

 

 そこで、知り合いに紹介してもらった助産院に生理の娘を連れて、

 生理痛の相談をしに行きました。

 親は素人ですから、プロに見てもらうしかなかったのです。

 

 ~長くなってきたので、次につづく~

 

 

 

 

 

 

あれは忘れもしない娘が中一の夏休み明け。

私は仕事が大変でちょっとメンタル不調になっていました。

残業もあり、子供たちともあまり夜関われない日もありました。

どうしても職場に行きたくなくて、休む日もありました。

 

そんな中、9月の第2火曜日、娘が学校に行けないと話してきました。

そして、私も訳が分からず、突然でしたが、仕事を休むことにしました。

 

娘は1時間半、泣き続けていました。

 

私はこうなったら、娘の話を誰かに聞いてもらおうと、

信頼できる人を探しました。親の私じゃ話せなそうです。りあえず、事情を話して、急遽ですが、予定が空いていたら、

娘の話をきいてもらいたいとお願いしました。

 

私が頼ったのはノート術の講師の南條真樹さんです。

以前にも面識があり、娘が心を開いている方でした。

 

その方のところに連れていき、1対1で話をとにかく聞いてもらいました。

 

親が話を聞けないことがもどかしいですが、

そこは反抗期。仕方ありません。

 

その後、真樹さんから娘の話を教えてもらいました。

 

娘の中でいろんな葛藤があったことにやっと気づけました。

やっぱり、ずっと我慢して心にため込んできたことが、

突如あらわになってきて、親が戸惑うという図式がそこにありました。

 

そうです。誰しも我慢しすぎると、心がパンクしてしまうんです。

この件は、娘の最初のSOSでした。

 

~長くなってきたので、次に続く~

 

 

 

 

 

 

最近、忙しくてだいぶ間が空いてしまいました。

 

前回の続きです。

 

中1娘が勝手に学校を休んでいて、職場から慌てて帰宅しました。

その後、保育園の園長のところへ駆け込んで、娘の話を聞いてもらいました。

 

娘の話の内容はこんな感じだったそうです。

・1時間毎に評価されていて辛い

・皆についていけない

・学校の先生が早口

・皆と同じじゃなきゃいけない

・時間がわからない

・他のクラスは入っていけない

・ノート書くのが遅い

 

学校は多くの生徒を一度に見るため、「管理型」。

娘はまだ学校の生活になじめていない

だから、逃げ出してしまった・・・

そんな様子がこの事件を通して明らかになりました。

 

そのあと、園長は娘の目標まで一緒に考えてくれました。

 ①8:15~25の間に学校に行く。

 ②図書館の本を借りれるか先生に聞く。

 ③2か月で友達を探す。

 

実際の中学校生活は娘の描いていた想像とだいぶ違いました。

みんなと同じにならないとと思って、

頑張っている娘の姿が浮かび上がってきました。

 

そして、今回の件で勝手に行方不明にならないことを

園長と約束しました。

 

あとで思えば、園長はありったけ娘の気持ちに寄り添って

話を聞いてあげて、さらにコーチングまでしていたんだなと

今さらですが、気づきました。

 

あの時は本当に助けられました。

娘の本心を聞き出す力が私にはありませんでした。

園長だからこそ、できたことだと今でも思っています。

 

~長くなってきたので、次につづく~

 

 

 

前回の続きです。

 

 娘が学校を勝手に休んでいたことに気づきました。

 「娘は反抗している私には話してくれない・・・」

そう思ったので、ある人のところに電話します。

 

それは娘が卒園し、お世話になった保育園の園長さんでした。

 

保育園の園長さんは昔から、困ったお母さん方の

相談に乗ってくれていました。

それは、在園でもOBでも分け隔てなく。

でも、基本はとても忙しいお方。

ただ、コロナで外部へ行くことが減り、

保育園にいらっしゃったのでした。

 

事情を話して、「今から娘の話を聞いてもらえませんか?」

と聞いたら、快くOKしてくれました。

 

少しだけど、気が楽になりました。

だって、自分でどうしていいか分からない時、

自分より頼れる人にOKもらって助けてもらえるって

本当にありがたいことなんです!!

 

慌てて娘を連れていきます。

 

もちろん、私は席を外して、

事務室で娘と園長さんでしばらく話していました。

 

話が終わったあと、その場で呼ばれて、

園長が娘の話を教えてくれました。

 

この話が結構すごかったんです。

やっぱり、園長に頼って良かった~と思いました。

 

長くなってきたので、

その内容については、次回お伝えしますね!!