誰も知らない
ずいぶん昔の映画。
あれは、「棄てられた家族とその母親と子供たちの現実のギャップ、その子供たちの現実」を作品にしたものなんだけど。
あぁいうことは、別にそれに限ったことじゃなくても有り得る。
家族はもちろん恋人、友人、教育の場、仕事関係、自分の信念。思い。
形はそれぞれ。たくさんある。
でも、結局深いところの理由やその事象の原因や起因となったこと。その他、様々な理由がきっとあったんだろう。
あの作品の何がいいとか悪いとか、そういうことじゃなく。
回りにいる、僕たちを含む、存在しこの世界にある"みんな"が、きっと「誰も知らない」んだろうな。
だって、当たり前だけど知らないでしょ。解らないし、よほどのことがない限り知ろうとも解ろうともしない。
「知らないは罪」なんて言葉もあるけど、それは法治世界のある一面だけの話であって、人の内情のことじゃない。
だからきっと「誰も知らない」。
何度も言うけどいい悪いじゃない。
あの作品で表されているようなことも、本当にはきっと誰も解っていないのかも…。
それなら、目の前にあるものさえも手を差し出すものであるだろうし、堆く聳える嫌悪の山でもある。
ただ、なんとなく。
解る解ると、簡単に言ってはいけない気がして、自分を恥じただけ。
あれは、「棄てられた家族とその母親と子供たちの現実のギャップ、その子供たちの現実」を作品にしたものなんだけど。
あぁいうことは、別にそれに限ったことじゃなくても有り得る。
家族はもちろん恋人、友人、教育の場、仕事関係、自分の信念。思い。
形はそれぞれ。たくさんある。
でも、結局深いところの理由やその事象の原因や起因となったこと。その他、様々な理由がきっとあったんだろう。
あの作品の何がいいとか悪いとか、そういうことじゃなく。
回りにいる、僕たちを含む、存在しこの世界にある"みんな"が、きっと「誰も知らない」んだろうな。
だって、当たり前だけど知らないでしょ。解らないし、よほどのことがない限り知ろうとも解ろうともしない。
「知らないは罪」なんて言葉もあるけど、それは法治世界のある一面だけの話であって、人の内情のことじゃない。
だからきっと「誰も知らない」。
何度も言うけどいい悪いじゃない。
あの作品で表されているようなことも、本当にはきっと誰も解っていないのかも…。
それなら、目の前にあるものさえも手を差し出すものであるだろうし、堆く聳える嫌悪の山でもある。
ただ、なんとなく。
解る解ると、簡単に言ってはいけない気がして、自分を恥じただけ。
何度でもこの手で
大切なものは、いつも振り子のよう。
寄せては返り、返してはまた戻り。
リズムはなく、ただ嵐の前の波のように不安げに揺らめく。
誰もが望みながら永遠を信じない。
それでも、この手を伸ばす。
誰かに見えるように高く掲げ、何かに触れたくて前を掻き、それでも掴めずに手を下ろす。
振り返ってくる振り子のその先端に、一瞬でも触れたくてまた手を挙げ前へ伸ばす。
繰り返しながらも、何度も後悔を重ねて何度も諦めて。
それでも伸ばす、この手は何だろう。
知っているのだ。諦めは諦めにならず、手にできるだけの絶望など、高が知れていると。
それでも募る淋しさや切なさがここにある。
だから、何度でもこの手で、空を切ると知りながらも手を挙げ伸ばすのだ。
いつか繋がるようにと。
永遠なんてない。有り得ないなんてこともない。
時に矛盾さえも飲み込んで、ブレながら生きるこの心がある。
それがきっと「想う」ということなのだと、また繰り返しの中に存在する心で感じている。
なくしたくない。だから繋ぎたい。
弱々しくても、微かにでも光を放つ、この靄がある。
だから
何度も、何度でも
この手で僕は繋いでいたい。
雨を待つ、街の暗く垂れた空がまだ泣き出さないのはそんな想いに似ている。
それでも、まだこの一日の末に残る少しばかりの淋しさは、優しい歌を求めている。
まるで、冷たい冷たい氷雨のように。
繰り返し見た物語のエンディングのように…。
寄せては返り、返してはまた戻り。
リズムはなく、ただ嵐の前の波のように不安げに揺らめく。
誰もが望みながら永遠を信じない。
それでも、この手を伸ばす。
誰かに見えるように高く掲げ、何かに触れたくて前を掻き、それでも掴めずに手を下ろす。
振り返ってくる振り子のその先端に、一瞬でも触れたくてまた手を挙げ前へ伸ばす。
繰り返しながらも、何度も後悔を重ねて何度も諦めて。
それでも伸ばす、この手は何だろう。
知っているのだ。諦めは諦めにならず、手にできるだけの絶望など、高が知れていると。
それでも募る淋しさや切なさがここにある。
だから、何度でもこの手で、空を切ると知りながらも手を挙げ伸ばすのだ。
いつか繋がるようにと。
永遠なんてない。有り得ないなんてこともない。
時に矛盾さえも飲み込んで、ブレながら生きるこの心がある。
それがきっと「想う」ということなのだと、また繰り返しの中に存在する心で感じている。
なくしたくない。だから繋ぎたい。
弱々しくても、微かにでも光を放つ、この靄がある。
だから
何度も、何度でも
この手で僕は繋いでいたい。
雨を待つ、街の暗く垂れた空がまだ泣き出さないのはそんな想いに似ている。
それでも、まだこの一日の末に残る少しばかりの淋しさは、優しい歌を求めている。
まるで、冷たい冷たい氷雨のように。
繰り返し見た物語のエンディングのように…。
堆く
聳えるは感情の山々。
蹴散らしや、皮肉。愛情と裏返しの貪欲。
堆く。
ただ聳えるは、知らずに受け入れてきたかつての嫌悪。
それでも手を伸ばす。手を挙げる。
扉を叩く。
その時に抱く想いは哀しみか絶望か。
はたまた、喜びに満ちた優しさか。
誰かに繋がりたい淋しさか。
僕は見つめて眺めて、手にとって、また置いて、眺めてみる。
ただ、限りなく解り合える距離までには近づかないのかも知れない。
手にとるのは、なくしても平気なものではなく。
なくしたら自分ではなくなってしまう、核を成すもの。
それなら今はどうだろうか。
見つけて欲しくて伸ばしたこの手が、いつの間にかいらないものを大事に抱え込もうとしている気がする。
ただ、その手が大事にしているものを、離さずにいたいだけ。
抱え込む、その指先から、指の間から零れてしまわぬように。
堆く。それは、それらは堆く。
聳える先に、あの虹は分厚い雲の向こうでまだ輝いているだろうか。
堆く、堆く。
ただただ堆く。
蹴散らしや、皮肉。愛情と裏返しの貪欲。
堆く。
ただ聳えるは、知らずに受け入れてきたかつての嫌悪。
それでも手を伸ばす。手を挙げる。
扉を叩く。
その時に抱く想いは哀しみか絶望か。
はたまた、喜びに満ちた優しさか。
誰かに繋がりたい淋しさか。
僕は見つめて眺めて、手にとって、また置いて、眺めてみる。
ただ、限りなく解り合える距離までには近づかないのかも知れない。
手にとるのは、なくしても平気なものではなく。
なくしたら自分ではなくなってしまう、核を成すもの。
それなら今はどうだろうか。
見つけて欲しくて伸ばしたこの手が、いつの間にかいらないものを大事に抱え込もうとしている気がする。
ただ、その手が大事にしているものを、離さずにいたいだけ。
抱え込む、その指先から、指の間から零れてしまわぬように。
堆く。それは、それらは堆く。
聳える先に、あの虹は分厚い雲の向こうでまだ輝いているだろうか。
堆く、堆く。
ただただ堆く。