fro-marinのブログ

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昔の出来事、現在の日常、趣味の活動(漫画・アニメ・ゲーム…他)等々をゆるゆると忘備録として
書いていけたら良いなと思います。

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さて、前回の続きです。


千葉県の流鉄流山線というローカル沿線にある流山市流山駅にある噂の心霊スポット(でも本当はデマ情報)のところで一旦、区切りましたが、

この流山駅付近は、流山市役所の裏手の方に以前?飛地山という小高い丘があって、その場所は元はとある会社が所有していた私有地でしたが、今は更地になっているとのことです。


その元飛地山には、こんな噂がありまして、もともとは「飛血山」という名前で、明治時代までここには処刑場があって「処刑で血が飛んだから飛血山」と言われていたという、いかにも心霊スポット的あるあるな語源説があり、また、立ち入った者は何故か戻ってこないらしい、幽霊の目撃談が後を絶たないらしい、工事で土を掘ったら人骨がゴロゴロ出てきたらしいという話もありました。


いわゆる「ネットなどの情報によると、〇〇らしい」の噂話がたくさんありました。また、戊辰戦争の激戦地で新選組の近藤勇が処刑された土地でもあるとか…ショック!
そんな噂話は地元の人たちからしてみれば、全く根拠のない風評被害でしかなく、迷惑な話だそうです。

飛地山は加村山とも呼ばれており、飛地山と言われるようになったのは、田中藩の飛び地領を管理する役所があったため、「飛地山」と呼ばれたのが由来とのことで、幕末の頃には既にそう呼ばれていたそうです(新選組関係の観光案内サイトより)。

ですので、明治の刑場で血が飛んだからという話は、あとから作られた話ですね汗

流山市の近藤勇本陣跡の近くにあった高台だそうで、上述の新選組のゆかりの地を紹介しているサイトによれば、新選組の別動隊が、新政府軍が近藤勇本陣跡近くに来た時に、ここから大砲を撃っていたそうです。
この流山の飛地山付近にあった近藤勇本陣跡は、近藤勇が流山の町を新政府軍との戦火に巻き込むことを嫌って自首をした地であり、近藤勇と土方歳三の今生の別れの地となった場所でありますぐすん

 

そもそも、近藤勇が処刑されたのは東京の板橋であり、ここで処刑されたとかなんて完全に嘘な話ですよね。
そんな悲しい別れの地ですが、近藤勇にゆかりのある地として「勇忌」という催し物が行われて、多くの新選組ファンが訪れているそうです。
参考:勇忌(近藤と土方が最後のときを過ごした流山で開催)


さらに飛地山へのマンション建設前に行われる埋蔵文化財に係る市の試掘調査を行い、専門家に分析してもらったところ、住居跡しか発掘されておらず、人骨は出ていないこと、処刑跡地ではないという結果が出ていて、これらの噂話は学術的根拠のない作り話であるとはっきり結論がでています。

参考:流山市街づくり委員会会議録(PDF)12ページ目中頃


幽霊を見たとか、生首を見たとか、そんなファンタジーな証言や事実を捻じ曲げて噂話を広めることも、最近の迷惑系ユーチューバーとかの炎上商法などと同じで、ただ単純に閲覧数や注目度を増やしたくて、このようにちょっとした話があるところに、さも本当のように、〇〇だったらしいですよって誤認しやすいデマ情報を噂話として掲載するんだと思います。

跡地がなかなかマンションの建設計画が立たず、祟りだのなんだのとありますが、上記の参考出典の街づくり委員会会議録を読むと、単純に近隣住民との折り合いが合わずに先延ばしになっているんだと思います。


自分の住んでいる地域で、JRが保有していた大きな空き地のままのところがありますが、そこは11年前に52階建てのマンションの建設予定とチラシが入ってきたことがありますが、未だに建設していません。
ここ最近になって、整地が始まったのか?という感じで、当初の予定通りの52階建てのマンションが建つのかどうかすらも分らないぐらいです。


地域によっては、大規模開発ってやはり近隣住民との兼ね合いもあるから、簡単に建てることが出来ないのだと思います。そんな事情を逆手にとって、呪いだの、祟りだのと噂を広めているのかなと思います。
何にしても、こんな根拠のない心霊スポットのデマ情報を面白可笑しく広げられたら、そこに住んでいる人たちからしたら、本当に不愉快な話だと思います。

友人の鉄子の流鉄流山線のローカル線の小旅行の話からこんなデマ心霊スポットの話にまで飛躍するとは…。
流山駅飛地山跡地、近藤勇本陣跡、とても興味が湧きました。
まだワクチン接種を完了していないので訪れるのは当分先になりそうですが、流鉄流山線ローカルの旅、早く実現してみたいですねニコニコ

 

流鉄線の公式ホームページ

 

流山市のホームページ

 

新選組と流山