「こんな時代(とき)だから○○しておいた方が良い」と何となく
遠い記憶の彼方で誰かに言われたような気がする...
そんな経験ありませんか?
漠然と心に残る台詞ってそれ自体では何の意味もなさないけど、
何かしらの条件と情景が2つ3つ重なった時に、
ふっと想いもよらない説得力に成って様々な問題を解決する
ヒントをくれたり、ズバリ回答に成ったりと形をなして
自分自身に影響を与えて行く...今日は「そんな経験ありますか?」
と言ったお話です。
こんな話をする前に最初は挨拶をするべきなんでしょうか?
こんにちはFRIENDYです。。。って?
数年前からブログとかを「そろそろ始めないとなぁ~」なんて
思ってはいた物の、イザ始めるとなると
「何を書いたら良いのか?」とか「誰が読むって訳でもないし」と
ずるずる引き延ばしてしまい、結果約6年間もこうした事を
しないまま今日迄来てしまっていました。
「なぜ今更?」と思う方もいるのかも知れません。。。
私自身「なぜ?」っと思っています。
その答えは冒頭に書いた「○○しておいた方が良い」と
誰かに言われたらしい言葉がふっと頭をよぎったからです。
前後が入れ替わるかも知れませんが軽く自己紹介します。
名前はFRIENDY。
25の時に突然「このままじゃダメだ」と思い立ち何のツテもアテも無く
脱サラして映像制作会社を始めたエキセントリックな奴です。
最初の頃は友人を伝って「結婚式」のビデオ撮影/編集を行ったり、
プロモーション目的に無償でCS番組のワンコーナーを作っていた
時期もあります。
なにぶん素人でしたから最初は手探りで、段取りも悪く
若かったんでしょうねプライドだけは異常に高くて...
当時5年程付き合っていた彼女と「二足のわらじは履けない」といった
思い込みから別れを決めて、がむしゃらに20代を駆け抜けました。
最初は当然食べて行けませんから、夜間に送りドライバーなる
バイトを行い昼間に映像の仕事をすると言った毎日。
仕事を大きくするにも何の経験も無い訳ですから何処の誰に
話をしてどんな内容で幾らくらいで取引をして良いのかすら
分からない酷い状態でした。
金銭感覚も何も無く散々働いてこれだけって事なんて
日常茶飯事でした。
そうやって右往左往しながら色々学んで行ったんです。
正にクライアントの皆様方が先生でした。
設立時の目標は「最強の下請けに成る」。。。
幼少期から自営業を行っていた父の背中を見ていて
漠然と気付いたんでしょうね...
「あぁ~これから始めてもいきなり大きくなる事は出来ないなぁ~」って
とことんスキマを狙って攻めて行こうと思っていたし、
その時期の決断は今でも間違ってなかったと思えます。
今思えば、制作会社に入り、様々な案件に携わりながら
その業界のルールや常識、渡り方やコネの作り方なんかを身につけて
から独立ってのが大体正確なサクセスストーリーなんでしょうね。
でも、当時の私は「組織に入るのは嫌だ!」とか「団体行動は苦手!」
って気持ちから正に一念発起していきなり「独立」に踏み込んだ訳です。
あぁ~ちょっと書いていたらこんなになってしまった。。。
この続きはまた次回にします。
遠い記憶の彼方で誰かに言われたような気がする...
そんな経験ありませんか?
漠然と心に残る台詞ってそれ自体では何の意味もなさないけど、
何かしらの条件と情景が2つ3つ重なった時に、
ふっと想いもよらない説得力に成って様々な問題を解決する
ヒントをくれたり、ズバリ回答に成ったりと形をなして
自分自身に影響を与えて行く...今日は「そんな経験ありますか?」
と言ったお話です。
こんな話をする前に最初は挨拶をするべきなんでしょうか?
こんにちはFRIENDYです。。。って?
数年前からブログとかを「そろそろ始めないとなぁ~」なんて
思ってはいた物の、イザ始めるとなると
「何を書いたら良いのか?」とか「誰が読むって訳でもないし」と
ずるずる引き延ばしてしまい、結果約6年間もこうした事を
しないまま今日迄来てしまっていました。
「なぜ今更?」と思う方もいるのかも知れません。。。
私自身「なぜ?」っと思っています。
その答えは冒頭に書いた「○○しておいた方が良い」と
誰かに言われたらしい言葉がふっと頭をよぎったからです。
前後が入れ替わるかも知れませんが軽く自己紹介します。
名前はFRIENDY。
25の時に突然「このままじゃダメだ」と思い立ち何のツテもアテも無く
脱サラして映像制作会社を始めたエキセントリックな奴です。
最初の頃は友人を伝って「結婚式」のビデオ撮影/編集を行ったり、
プロモーション目的に無償でCS番組のワンコーナーを作っていた
時期もあります。
なにぶん素人でしたから最初は手探りで、段取りも悪く
若かったんでしょうねプライドだけは異常に高くて...
当時5年程付き合っていた彼女と「二足のわらじは履けない」といった
思い込みから別れを決めて、がむしゃらに20代を駆け抜けました。
最初は当然食べて行けませんから、夜間に送りドライバーなる
バイトを行い昼間に映像の仕事をすると言った毎日。
仕事を大きくするにも何の経験も無い訳ですから何処の誰に
話をしてどんな内容で幾らくらいで取引をして良いのかすら
分からない酷い状態でした。
金銭感覚も何も無く散々働いてこれだけって事なんて
日常茶飯事でした。
そうやって右往左往しながら色々学んで行ったんです。
正にクライアントの皆様方が先生でした。
設立時の目標は「最強の下請けに成る」。。。
幼少期から自営業を行っていた父の背中を見ていて
漠然と気付いたんでしょうね...
「あぁ~これから始めてもいきなり大きくなる事は出来ないなぁ~」って
とことんスキマを狙って攻めて行こうと思っていたし、
その時期の決断は今でも間違ってなかったと思えます。
今思えば、制作会社に入り、様々な案件に携わりながら
その業界のルールや常識、渡り方やコネの作り方なんかを身につけて
から独立ってのが大体正確なサクセスストーリーなんでしょうね。
でも、当時の私は「組織に入るのは嫌だ!」とか「団体行動は苦手!」
って気持ちから正に一念発起していきなり「独立」に踏み込んだ訳です。
あぁ~ちょっと書いていたらこんなになってしまった。。。
この続きはまた次回にします。