2022年10月21〜26日という短い入院生活を経て、そぉまの生き直し生活がスタートしてから早くも2年半が経とうとしております。
日々の暮らしを再構築中のそぉまです🫡
こちらにその記録をちまちまあげていこうと思ってたのだけど、気がついたら前記事から一年。そうでした。そぉまはそういうやつでした💧
ってことで脳出血記録シリーズのタイトルを改めまして…
ここまでのことを、少しずつ整理しながら記録していこうと思います。
私、幸いなことに症状が悪化することもなく、麻痺などのわかりやすい後遺症も残らなかったのですが…
脳卒中患者の退院後、それぞれが抱える問題は千差万別。それぞれが頑張ったり無理したり諦めたりしながら、今の自分の体と向き合って生活していることでしょう。
私、緊急搬送された病院のNCUでおひとかた生理的に合わない看護師さんがいたようで。意識が戻った後は眠りそうになると「あの看護師に殺される」という妄想が湧き上がってくるため、夢現の状態になると彼女に怯えながら過ごすこと数日。
妄想とはいえ、自分の頭の中と現実の状況とで整合性が取れていない状況があることも理解してるんですよね😓しかしその看護師さんの顔を見ると怒りと同時に恐怖感がむくむくとわいてくるといった状態。
安心してぐっすり眠れないし、パックに入った飲み物以外は口にできない(ダイエットになりました😆)。覚醒しているときに話しかけてくる他の看護師さんとは普通に会話しているのだけど、早くここから、あの女の元から逃げ出さないと!とも思っていて、自分の現在位置が病院のどこなのかを考えながら過ごしていたのです🤪
搬送されて6日後、一般病棟に移ることになったその日。運ばれている間もその階の出入り口の位置をしっかり頭の中に入れ…しかしエレベーターのある場所に出るにはナースステーションから丸見えの通路を通らなければいけない…うーむ…
新しい病室でしばしおとなしく過ごしたあと、自分で尿カテ引っこ抜いてナースステーションに逃げ込むという、冷静になったいま考えると頭のおかしいことこの上ない行動をおこし(その後しばらく旦那からは「脱走兵」と呼ばれる羽目になる🤣)、一般病棟に移ったその日の晩には退院することになったのです。
なので、一般病棟に移った後でうける予定だったであろう脳機能検査や、リハビリ等を一切受けていない。(前日、リハビリ計画をたてるため五ノ井さんという理学療法士さんが私の体の現状確認にいらしたのだが、再会することはなかった←名前をはっきり覚えているのは、私の入院中に顔を合わせた病院の方で、自己紹介してから会話を始めて下さったのがこの方だけだったからだ。10分ほどしか一緒に過ごしていないが、とても感じの良い方だった。)
目に見えて分かる四肢麻痺などがなく普通に会話もできていたからこそ、こんな様子のおかしい患者は早く家に帰した方がいいと担当医も退院を許可したのかとは思うのです🤣
「退院許可したらもう治療はできませんがそれでもいいですか?」と言われ「うんうんうん」と二つ返事で了承したことは覚えているが(病院を離れて一秒でも早く心穏やかに過ごしたい一心。この時点で自分は治療が必要な状態なのか?も理解できていなかった)あなたは今こういう状態なんですよと説明?説得?された記憶はない。
家族(旦那)にはもちろん説明はあったとは思うが、一般病院に移ったタイミングで脱走を企てたのでwこの時点ではまだスマホも手にしていないし、コロナ禍の入院でそれまでに旦那ともまともなやりとりは一度もできていないんですよね。
つまり、いま自分が病院にいることは把握できているけど、なぜ病院にいるのかは理解できていない状態。
倒れる前夜…これから夕食だって時にPC仕事を持ち込んできた義兄(昼間何やってんだよ!)と話し、相変わらず要領を得ない打ち合わせをする人だなーと内心イライラしながらも表面上は穏やかに打ち合わせを終えた。
その後翌日に考えていた予定を頭の中でリスケしながらご飯を食べ終わり、食器を運ぼうとたちあがって歩き始めたところでひどい吐き気と目眩に襲われた。
症状としては、キッチンまでのわずか3メートルほどもまっすぐ歩けない。右の壁にぶつかる。1度目はどうになシンクに辿りついたところで吐き、リビングに戻ろうとしたところでまた吐き気が込み上げてくるのだが、キッチンまでたった1、2步の後戻りができない。
そのため洗面所まで行って2度目の嘔吐。2度の嘔吐の後でどうにかソファに行って横になり、目をつぶっていると目眩は少し楽になった。
翌日の午後にはパートのシフトが入っていたため、茶碗を洗ったら少しでも仕事を進めておこうと考えていたのだが、しばらく横になってからにしよう…と思い直す。
この時点でもまだ、ことのじゅうだいさにおもいいたらず、少し横になれば大丈夫だと思っていたのだわ。頭痛などちいとも感じていなかったし、普通に会話もできていたので。
ソファに横になった直後には叔母から電話もかかってきていて、「眩暈がひどいからソファに横になってたー」と話したことも覚えている。その時点では呂律にもまったく異常はなかった。
私のおかんはその10年ほど前に脳出血をやっている。その時オカンの「呂律が回っていない」状態を経験していたことが、私の判断を鈍らせたかもしれない。
真っ直ぐに歩けていない時点でおかしいのだが、普通に話せていることで自分が脳出血を起こしているとは考えられずにいたのだ。
叔母と話して電話を切ったところで記憶は途切れ、病院で意識が戻ったところで再起動しているためそれらの出来事はすべて「前夜」だと思っていたのだが…後日旦那とすり合わせると翌日の記憶がきれいさっぱり抜け落ちていることが分かったり
嘔吐した後ソファで休んでいたのは、正確には前々夜。叔母からの電話を切って再起動するまでの丸一日の記憶が全くなかった🤷

