ロシアの女子と、中華料理店に行った。
いつものように、私たちは二人して、それぞれ
春巻き六本セットだけ注文する。
彼女は言った。
「日本は、一人の神様じゃなくて、沢山、何にでも神様がいるんでしょ?
だから、"勉強の神様"、とかも居て(笑)、それぞれに参ってるんでしょ??」
外国の子で、”八百万の神”のことを知っているなんて、すごいなと思った。
『(笑) そうだよ!神様は一人じゃなくて、何にでもどこにでも神様はいる、というのが
日本の文化、考え方(実際には神道の概念)なんだよ。
私はその考え方を信じているし、好きだと思っているよ。』
と私は答えた。
「へえ。でも、私はそれはすごくいい考え方だと思う。」
と、彼女は言った。
へえ...、外国人の彼女も、そう思ってくれるんだ、と嬉しく思っていると、
彼女は少し小声にして言った。
「だって、世界ではさ、政治的に、一人の神様を信じることで、争いや革命が起こってる。
でも、もし神様が一人じゃなくて沢山いる、という考え方なら、
そんなことは起こらないもん。」
『私もそう思うよ。神様は一人、と、限定する必要は私は無いと思う。
沢山の神様が居て 良いと思うし、そうしたらそのような争いは起こらないからね。』
と、私は答えた。
嬉しくなった。感動した。彼女の言ったことは、もっともだと思う。
オーストリアで、
ロシア人と日本人が、
中華料理店で、
英語で
こんな話してる。
ちょっと国際色豊か?(笑)
国旗忙しい(笑)(笑)。
このご時世、彼女とこの様な話をするとは。。
非常に嬉しい。
当たり前の事だが、
出身国がどこであれ、私たち一人一人に罪は無いのだ。
しかし、
国や、政治や、宗教、
私たちを取り巻く色々なしがらみは、良くも悪くも一人一人に
大きな影響を与える。
だからこそ、
平和への道を探して欲しいのだ。
”八百万の神” という概念は、個人的に、とても好きだ。
全てのもの、全ての場所に、神様は宿っているという考え方。
神様は一人に限定しなくていいと思う。
沢山の神様がいらっしゃると認めてはいけないのだろうか。
神様たちだって、人間が平和になって欲しいのに、
自分たちの事で争いが起こったら
悲しいのではないのだろうか。。
。。。そういえば。
そう考えると、『聖☆おにいさん』って、
シンプルに全ての神様たちが登場するが、
あれは日本ならではの考え方だから生まれる
物語なのかもしれないなあ。。。
frieda