皆様、いつも応援のコメやペタ、たくさんのプチメをありがとうございます
今日は、残念なお知らせです
わがマイスタートラインが、事情によりユニットを解散することになりました。
そして最終ライブが、開催されます
日時:10月18日(土)
18時開場、18時30分スタート
会場:目黒駅徒歩3分、THE LIVE STATION(目黒ライブステーション);品川区上大崎2-13-35ニューフジビルB1F、TEL:03-3444-3464
料金:前売2,000円、当日2500円(別途1D500円)
メンバーそれぞれが、別の方向性を目指しての、平和的な相互理解の解散です
ライブ参加希望の方はマイスタートライン公式サイトをCheck
※すみません、PCでご覧の方はリンクしていますが、モバイルのアメブロでご覧の方は、
◇http://ezmk.jp/mysta/からご覧になるか、下記のQRコードからご覧くださいませm(__)m

↑↑↑↑↑↑
マイスタ公式サイトQRコードです
マイスタートラインの最終ライブを見逃すなかれ
皆様、必参です

心のハーモニーをご一緒に

今日は、残念なお知らせです

わがマイスタートラインが、事情によりユニットを解散することになりました。
そして最終ライブが、開催されます

日時:10月18日(土)
18時開場、18時30分スタート
会場:目黒駅徒歩3分、THE LIVE STATION(目黒ライブステーション);品川区上大崎2-13-35ニューフジビルB1F、TEL:03-3444-3464
料金:前売2,000円、当日2500円(別途1D500円)
メンバーそれぞれが、別の方向性を目指しての、平和的な相互理解の解散です

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皆さんこんばんは!
なんか毎日不安定な天気ですね
最近のゲリラ豪雨は、どうにかならないんでしょうか

体調大丈夫はですか?
久しぶりの更新ですみませんm(__)m
今回はアメリカの日本への原爆投下についてお話したいと思います。
最初に第二次世界対戦をアメリカに仕向けたのは、確かに日本からでした・・・
しかし日本の戦局が思わしくない状況で、アメリカが戦争を終わらせる為に、なぜ日本に当時の最終兵器たる原爆を投下する必要性がったのでしょうか?
他に方法はなかったのか、そう思えてなりません。
なぜ1945年7月26日のボツダム宣言を、すぐに日本が受け入れなかったかという疑問は残ります。
しかしその前日の1945年7月25日にトルーマン大統領は、日本への原爆投下を許可しています。
当時のワシントンポスト紙の報道によれば、何と18発もの投下を許可していたらしいのです・・・
(これが本当ならば、1945年4月には原爆の完成と効果を予測していたはずであるトルーマンは何を考えて許可したのでしょう?・・・
反対政党共和党の次期大統領のアイゼンハワーや日本に駐在したマッカーサーも後に「あってはならないことだ。」に近い発言や反対言論をしているようです。)
悲惨なことに1945年8月6日に広島にリトルボーイという量産化に適さない爆発力の劣る
原爆が投下されました。
続いて1945年8月9日には、天候が悪くなるという先行情報もあり、続く大惨事として、長崎にフアットマンという量産可能な
原爆が投下されたのです・・・
フアットマンについては、投下前に同じ重さ、形で模擬爆弾が量産され、原爆投下前の事前調査と演習も兼ねて、
パンプキンという名前の量産可能な(原爆ではない)爆弾としての効果も、実際に日本に投下して試されていたのです。
その影響で苦しんで生活されている方もいらっしゃるいます。
戦争を喧嘩に例えてはどうかと存じますけれども、喧嘩両成敗(喧嘩を仕掛けた相手も、仕掛けられた相手も同じ様に裁かれる)と申しますが、
もし当時の米ソ(アメリカとソビエト連邦)関係からの冷戦を先んじた、トルーマンの個人的判断としての原爆投下であるのならば、
とても悲惨な被害にあわれて亡くなられた方々と、現在生きておられる方々の無念さと苦しみは、
戦争当初の事情から鑑みるならば、あまりにも掛け離れたものではないでしょうか?
皆さんはどう思われますか?
原爆投下により亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
※ 上記の記事は、ネット上で有名な情報検索サイトとTV放送局の番組からの情報を参考にさせて頂いております。
決して現在のアメリカに対する批判や中傷でなく、人道的な観点から記述させて頂きましたことを注釈致します。


なんか毎日不安定な天気ですね

最近のゲリラ豪雨は、どうにかならないんでしょうか


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今回はアメリカの日本への原爆投下についてお話したいと思います。
最初に第二次世界対戦をアメリカに仕向けたのは、確かに日本からでした・・・
しかし日本の戦局が思わしくない状況で、アメリカが戦争を終わらせる為に、なぜ日本に当時の最終兵器たる原爆を投下する必要性がったのでしょうか?
他に方法はなかったのか、そう思えてなりません。
なぜ1945年7月26日のボツダム宣言を、すぐに日本が受け入れなかったかという疑問は残ります。
しかしその前日の1945年7月25日にトルーマン大統領は、日本への原爆投下を許可しています。
当時のワシントンポスト紙の報道によれば、何と18発もの投下を許可していたらしいのです・・・
(これが本当ならば、1945年4月には原爆の完成と効果を予測していたはずであるトルーマンは何を考えて許可したのでしょう?・・・
反対政党共和党の次期大統領のアイゼンハワーや日本に駐在したマッカーサーも後に「あってはならないことだ。」に近い発言や反対言論をしているようです。)
悲惨なことに1945年8月6日に広島にリトルボーイという量産化に適さない爆発力の劣る
原爆が投下されました。続いて1945年8月9日には、天候が悪くなるという先行情報もあり、続く大惨事として、長崎にフアットマンという量産可能な
原爆が投下されたのです・・・フアットマンについては、投下前に同じ重さ、形で模擬爆弾が量産され、原爆投下前の事前調査と演習も兼ねて、
パンプキンという名前の量産可能な(原爆ではない)爆弾としての効果も、実際に日本に投下して試されていたのです。
その影響で苦しんで生活されている方もいらっしゃるいます。
戦争を喧嘩に例えてはどうかと存じますけれども、喧嘩両成敗(喧嘩を仕掛けた相手も、仕掛けられた相手も同じ様に裁かれる)と申しますが、
もし当時の米ソ(アメリカとソビエト連邦)関係からの冷戦を先んじた、トルーマンの個人的判断としての原爆投下であるのならば、
とても悲惨な被害にあわれて亡くなられた方々と、現在生きておられる方々の無念さと苦しみは、
戦争当初の事情から鑑みるならば、あまりにも掛け離れたものではないでしょうか?
皆さんはどう思われますか?
原爆投下により亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
※ 上記の記事は、ネット上で有名な情報検索サイトとTV放送局の番組からの情報を参考にさせて頂いております。
決して現在のアメリカに対する批判や中傷でなく、人道的な観点から記述させて頂きましたことを注釈致します。



