はろー、みなさん。おげんこ?

「みなさん」と書いて、(みなさんて誰だよ…)という疑問。
このブログはいまのところ、友人知人には誰にも公表していません。
これだけプライベートなことになると、なかなか勇気がいるものです。

どん底人生、書きたいことは山ほどあるのですが、
まずはわたしが抱える病気のことから書かねばならないでしょう。

わたしの病気は、双極性気分障害、所謂「躁うつ病」ってやつです。
簡単に書くと、気分の「ハイ」と「ロー」を繰り返す病気です。

基本的にわたしは鬱のときの方が多いので、いつもしくしく落ち込んで、一日中布団から出られないときも多々あります。
しかし先月いきなり、見事に躁転いたしました。パチパチ(……じゃナイ。)

躁転とは、文字通り鬱から躁へコロッと変わることです。
気分がハイになるのだからいいじゃない、と思うかも知れませんが、
これがなかなかどうして厄介なヤツなんです。

今回の躁転は、ズバリ「浪費」でした。
躁の典型的な症状です。

夕方になると歌舞伎町に繰り出し、ホストクラブにオーラス(オープンからラスト)までいて、深夜にホストクラブが閉まると、ボーイズバーで朝まで飲んで、また朝方ホストクラブの2部へ行って、2部が終了すると、別のお店の3部に行ったりして。で、帰宅するのは夕方とか?

そんなわたしを見て、母は毎日泣いていました。
「あばずれ!」と罵られたこともありました。
それでも止められなかったんですよね。
ただでさえチヤホヤされるのには弱いのに、アルコールも入って躁状態となっては、自分ではどうすることもできなかったのです。

しまいにはクレジットカードを限度額まで使うようになり、さすがにヤバイと思って通院している心療内科へ駆け込みました。
母にも正直に話して、カードと全財産を預けました。
いま手元に一円も持っていません。

薬を飲んで2週間くらい経つので落ち着いてきましたが、
まだまだ危うい状態です。衝動的に髪を青く染めてみたり。
……危ういです。

他にも躁状態にはいろいろな症状があります。

●自己の過大評価。「自分は何でも出来る!」と信じ込む。
●次々と新しいアイデアが沸いてくる。
●落ち着きがなくなり、イライラする。
●些細なことで他者に攻撃的になる。
●性に対して開放的になる。       などなど

このブログを自費出版して、それがメガヒットして、ウハウハ印税生活♪
……なんて無謀なことを密かに考えちゃってるのも、躁状態の症状だと思われます。でも必ずまた鬱がやってきますから。
出版どころか、最悪、何も書けなくなると思う。コワイ……

恐らくわたしの躁はまだ軽い方で、突然「選挙に出る」やら「超能力がある」などと突拍子もないことを言い出す人もいるみたいですね。
中島らものお父さんもこの病気で、らもが子供の頃、いきなり庭に穴を掘ってプールを作ったりしたそうです。

人によって躁と鬱のサイクルは違うみたいですが、わたしの場合はラビットサイキラ―といって、躁と鬱の回転が激しく、一日の中でもかなり変動があります。
飲んだ後の死にたい欲求なんて、ハンパないです。

長くなりましたが、このブログを始める上で欠かせないことだと思ったので、つまらんの覚悟で書かせていただきました。
最後まで読んでくださったみなさん、ありがとう!

(……って、「みなさん」は存在しないけどね。いまのところ。)
いつか本を出版するとしたら、タイトルはもう決めてある。



『人生の憂欝と孤独』



いつだって失敗して、悩んで、後悔して、憂欝になって、
そしてすべての根本は孤独なのだとわかっている。
なぜ孤独がそれらにつながるのかはわからない。



いまわたしは、人生のどん底にいる。

まだ人生の一部しか生きていないのでそうとも言い切れないが、
(人間いつ死ぬかわからない。明日死ぬことだってある、という意味では人生の99%をすでに生き終えているのかも知れないけれど)
少なくともいままで29年間生きてきた中で、
状況も環境も自分自身も、いまが最低だ。
あの頃は自分にこんな時が訪れるなんて思ってもみなかった。
あの頃っていつだろう。



ここから抜け出す術を、わたしは知らない。

抜け出す術は知らないが、少し楽になる方法は知っている。



文章を書くことだ。


文章を書くことで、「ナシな自分」が「アリな誰か」になる。
文字にすれば、それはもうどんなに最低だろうがアリなのだ。


だから文章を書くことにした。


「文章を書くことにした」も何も、つまりそれはわたしの職業なのだけど、
いろいろな意味でわたしは長い間、文章を書くことを避けてきたので、
このブログでは改めて文章と向き合うことにした。
仕事ではなく、内容がごく私的であるという意味でも、わたしは今日からここで文章を書くことを始めるのだ。


果て、どうも少し感傷的になり過ぎている気がする。

感傷的な文章はあまり好きではない。

文体を「である調」にしたのがまずかったのかも知れない。
明日からはライトな文体にしてみようかしらん。



ひとまず今日は、とても感傷的な自分だということだ。