フランス革命からの続きです![]()
みんな大好きナポレオンの登場です![]()
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この人にはいろんな逸話があるので興味あればぜひ調べてみてください![]()
→https://bit.ly/3cxwJpI 検索掛けて一番上に出てきたサイトだけ紹介させていただきます。
さて、ナポレオンを知る上で最も大事なことは
①権力基盤を持たないこと
②ゆえに各階級に八方美人的に振る舞ったということ
の2点ですね![]()
各階級の利害対立の中で独裁を維持したこの体制をボナパルティズムと呼びます
ではナポレオンはどのような政治をしていったのかについてみていこうと思います。![]()
基本方針としては「革命の成果の定着」です。そしてイギリスを抑え込んでいる間に産業革命を完成させ、大陸市場を手中に収めることを目指します。ただし、勢力基盤を持たないナポレオンは常に「成功」を続けることが求められていました。「失敗」は許されなかったのです。
<国内>
法 : 『フランス民法典(ナポレオン法典)』の制定 = 人権宣言の事実上の法制化
*ここで、基本的人権の保障、所有権の不可侵、言論の自由が認められました![]()
経済 : フランス銀行設立 = 革命以前から続く財政難の解消をめざします
宗教 : コンコルダート(宗教協約) = カトリックを国民の大部分が信仰する宗教として保護
→革命を通して十分の一税廃止、教会財産の没収によって反政府化していた不安要素たる教会との関係を修復しました![]()
この時、革命で廃止されたグレゴリオ暦も復活します![]()
ただし、1000年前のカール大帝のころとは異なり、ナポレオンは教皇に強要する形で戴冠させています。
政治的に宗教を利用しているわけですね
<国外>
工業国イギリスを抑えて大陸制圧を目指します
支配の際には「自由」の精神を掲げる解放者として振る舞い、支配の安定を図ります![]()
アウステルリッツの三帝会戦でオーストリア・ロシア撃破
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ライン同盟でドイツ諸邦を支配下に置きます。これにより神聖ローマ帝国は”消滅”しました(ウエストファリア条約の時点で国家としては形骸化しており、なんとか形だけ維持していたものがなくなったという感じです)。
*大陸を制圧できたので、ここで「大陸封鎖令」を出します
→イギリスと大陸との通商を禁止する内容です。
<産業革命の失敗>
ただ、ナポレオンは自由を掲げますが、本当に自由を与えてしまうと大陸支配は維持できません。それに大陸封鎖もずっと続けていては不満が募るのは当然です。なので、これらはあくまで産業革命完成までの時間稼ぎに過ぎないものだったのです。
しかし、産業革命はうまくいきませんでした。その主たる理由は、「中産市民の創設の失敗」です。つまり、工場で働く労働力が生まれなかったのです。![]()
なぜかというと、ナポレオンは自作農の農地を保障しており、イギリスのように囲い込みで農民を工場労働力に変えることができなかったからです。最初に言った通り、ナポレオンは八方美人政策ですべての階級の機嫌を取っているため、農民の権利を侵害する政策は取れなかったのです。
<没落>
対外政策において成功を続けていたナポレオンの活躍にも陰りが見え始めます
。
ティルジット条約によってプロイセンの領土を大幅に削減し、うちポーランドにワルシャワ大公国を建設します。これを受けて危機感を覚えたプロイセンは内政改革(シュタイン・ハルデンベルク主導)をはじめ、対ナポレオン支配及びナショナリズムが高揚します。
→ナポレオンの支配が揺らいでいくわけです。![]()
その後、スペイン半島戦争に苦戦を強いられたのち、ロシアがこっそりとイギリスに穀物を輸出していたことへの制裁として、ロシア遠征を決行しますが、ロシア軍の粘りと過酷な環境によって大敗北を喫します。
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ロシア、プロイセン、オーストリア、スウェーデンがナポレオン支配に対抗して諸国民戦争(ライプツィヒの戦い)を起こし、ナポレオンはこれに敗北、没落が決定的となり、退位の後、エルバ島へと流されました![]()
<ウィーン体制へ>
ボナパルティズムは結局失敗に終わりましたが彼の掲げた「革命の精神」は大陸に広まり、ナショナリズム・リベラリズムの高揚につながりました![]()
対して、この動きを抑える支配者は「フランス革命以前の領土が正統である」という正統主義、「封建的支配を促す」反動主義を掲げました。
このナショナリズム・リベラリズム運動が諸国民の間で発生し、それを正統主義・反動主義のもと封じ込む体制がウィーン体制というわけです。
それにしても、ものすごいカリスマですね、ナポレオンは![]()
ここまで多方面の利害を調節しまとめ上げながら、国力増強も図るなんてとんでもないことですよ笑
人権とか自由とか所有権の保障とか、今では当たり前に享受している概念もこのころになってやっと法律として確立されたんですね![]()
今現在の情勢で言えば香港なんかは丁度抵抗運動の真っ最中ですよね。香港の人々は自分らを「中国人」ではなく「香港人」と認識し、共産党政府からの支配に抵抗しているわけです。これもナショナリズムといっていいと思います。![]()
もしかしたら、香港のナショナリズムの精神は、情報統制をかいくぐっていずれ他の中国国内の民族に伝わり、各地でナショナリズム運動が勃興するきっかけになるかもしれませんよ![]()
コロナウイルスで最近はあまり注目されなくなってしまいましたが、この運動を機に東アジアの情勢は大きく変容するかもしれませんし、我々日本もその渦の中に巻き込まれることは間違いないですね![]()
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