デリケートな内容なので
ブログに綴るか
かなり悩んだけれど…。
母娘で頑張ってきた事
そして、これからもしっかりと
将来へ進んで行く為に
備忘録として
頭とココロを整理しながら
書いてみようと思います
(長くなります)
始まりは
2024年(R6年)6月頃から
娘の不調が始まりました。
世の中ではコロナ感染拡大11波
のニュースは1ヶ月遅れでしたが
リアルな現場はGW明けた辺りから
厳しい状況が始まっていました
職員の中にもコロナ感染者が出て
欠員状態が続き
日勤では21時頃まで
夜勤明けでは14時頃までの
残業が連日に渡り続いていました
誰もが疲弊を抱えて
余裕が無くなってしまい
先輩からの指導がキツく
仕事中に過呼吸や涙が溢れて
止まらなくなり
上司に相談し
メンタルクリニックを受診
しばらく休職する事となりました
2ヶ月ほど自宅療養していましたが
仕事への気力がわかず
職場へ状態報告をする為の
電話☎️も拒否反応が現れてはじめ
8月中旬に退職
自宅療養に集中しました
一旦は落ち着いて年末になり
就職活動を始めました
私から見たら年度始めの
春頃から仕事を始めたらどうだろう
と、提案はしてみましたが
娘の もう大丈夫
の言葉を信じて見守る事にしました
2025年(R7年)1月お正月明けから
仕事を始めました
結婚を見据えて同居していた
パートナーに朝🚗職場へ送ってもらうものの
緊張感から更衣室でパニックを起こし
仕事にならない状況陥り
1ヶ月ほどで退職となりました
通院しながらの自宅療養生活に逆戻り
不安やパニック症状を
抑えるお薬の服用で
朝も昼も夜も眠り続け
家事が回らない事の焦りから
『ママ
助けて
』




と☎️があり3月から
パートナーとの同居をやめて
母娘で一緒に過ごす事となりました
パニック発作の不安から
1人でお留守番も出来ませんし
食事や入浴も
カラダが鉛の様に重たく辛く
生活の全てに介助、寄り添いが必要です
私は仕事を休む訳には行かず
職場が義兄のクリニック
なので
事情を説明して母娘で通勤し
仕事中、私の気配がわかる場所で
ゆっくり過ごす生活です
片道1時間半のⓂ️乗り換えの通勤は
かなりの負担が強く
途中、発作の頓服を飲んで
乗り換えのタイミングで
椅子に座って休憩したり
しっかり手を繋いでの日々です
1年経過し少しずつではありますが
パニックも治ってきて
保護猫ちゃんを迎えた事で不安も
落ち着いてきました
娘の希望から
自立に向けて何をどの様に進めるのか
メンタルクリニックの相談員さんへ
相談に行ってみました
相談員さんが色々と考えた結果
①訪看さんに入って傾聴してもらう
②介護のケアマネージャーさんの様に
娘の状況に応じて
ケアプランを相談したり
提案してくれる様にケアマネさんを
付けてもらい通院や買い物など
一緒に外出練習し、先ずは
生活の自立を目指す
と言う事になりました
ケアマネ云々…。は介護と同様
申請しても 今、需要が増えていて
審査〜実際の利用までに
3か月程度かかる様です
また、娘は前年の収入がほとんど無く
医療支援を受けている為
費用はかからない
との説明を受けました
社会復帰にはまだまだ長い道のり
ですが相談員さんに
話し始める事が出来ただけでも
大きな一歩
になったと思います![]()
もう少し
ママと一緒に
頑張ろうね![]()

