いくら神様に祈ってみても聞かれないのには理由がある。

貴方が誰かの罪を咎めるなら貴方の罪も神の御前に咎められてしまうのだ。

インターネットが世界中に普及した昨今、人類総コメンテータ時代とも言える。

誰かを裁きたくなる情報はネット上にはひしめいて、もしかしたら貴方はそこで誰かの罪を咎めてしまっているかもしれない。

そうするといくら悔い改めの祈りを捧げても貴方の罪はそのまま堆積し、社会的にも精神的にも苦しい状況に追い込まれてしまう可能性が高くなる。

 

冷静に考えてみれば自分の罪は神に許しを乞うてるくせに他人の罪は許せない!というのも都合のいい話だ。

 

貴方が許されたいなら貴方が救われたいなら貴方も人を許す事。

これが祈りを聞いてもらえるとても重要なポイントだったりする。

 

そうは言ってもついつい忘れがちになりそうだが、何かいくら祈ってもいつもより深く気持ちが入らないなぁと思ったら、自分が誰かの罪を裁いてしまっていないか、咎めてしまっていないか内観する事をお勧めする。

祈りの気持ちの入り具合と自分の行いとには深い因果関係があるので心のメンテナンスチェックしてみると思い当たるふしがあるかもしれない。