先日、Amazonの購入履歴を見たら弟がセンター入試のなんとかみたいなワークを注文していました。
4月から受験生だし、意識高いな、すごいな、苦手な分野なのかなとかお姉ちゃんはパソコン見ながら感心したわけです。
あとで聞いたら、「3ヶ月前に失くしたんだけど来週課題で出せって言われて注文した」と言われました。
なんかいろいろすごい。
まず失くした学校の教材をAmazonで注文するという発想。
わたしだったら友だちにコピーさせてもらうかなんかで結局失くしたことは正直に先生に言うと思う。
それを弟は何事もなかったかのように提出するようです。
あとはAmazonで注文してでも提出しようという変なやる気だけは褒めようと思う、お姉ちゃんは。
しかし普通はなくさない。
(しかも裏を返せば3ヶ月分の課題をしていないといことになry)
明日届くらしいので今日のうちに他の課題を全て終わらせようと必死になってると思います、今頃。
なんてかわいい弟なんだ。←
あまりにもネタがなかったのでブラコンの姉がかわいい弟の話をしました。
今年もよろしくお願いします、です。
昨日・今日と、センター入試ですね
もう1年経っちゃったよ……
みんなそれぞれにいろんなことがあったと思います。
わたしも、いろんなことがありました。
当日って緊張するから、先生たちが励ましてくれたり応援してくれたりしてたわけだけど、
わたしはあんまりそういうの嫌でしたね
もちろん特別な日だし、とっても大事な日だから意味はわかるんだけど、
わたしはそういう特別感出されることでますます緊張してしまうタイプなので、応援とかいいから、って思ってました。
普通に学校に登校するテンションで会場に行きたかった……
もちろん励まされて気合とか勇気とか出る人もいる(というか概ねそうなのかな)からわたしだけ素通りするわけにもいかないし、
なぜか担任に握手求められた気がします。
あとはわたし個人の事情で担任にはかなり心配かけたし、当日もずっと気にかけてくれてて、
それは本当に感謝してます。
ってなぜか高校時代の担任に感謝を述べる回になってしまった!
そういうことじゃないぞ!
ただ自分のセンター試験を懐かしんだだけです
雪、大丈夫なのかな、受験生……
去年も降ってたっけな。
歩きながら、運転しながら、落書きしながら、音楽を聴く。
歌詞が分かる部分は口ずさむ。たまに間違える。
カラオケ行きたい。高校生に戻って部活やりたい。
ここ以外のどこかなら、どこでもいいから歌いたい。
上手い下手とか考えずに、思い切り。
年末だろうが何だろうが、考えることはいつもと変わらない。
今年ももうすぐ終わるけど、去年も同じこと考えてた。
変わってないことが、良いことなのか良くないことなのか、分かるのはきっと何年かあと。
今、椅子に座って珈琲飲みながらぼんやりする時間が、私にどんな変化をもたらしてくれるのか、くれないのか。
楽しみにしながら今日をすごす。
今年も色んなことがあった。
来年も色んなことがあるでしょう。
YUIの「Goodーbye days」が色んなお店で流れてるのを聞きながら、2012年にさようなら。
よいお年を。来年もよろしくお願いします。
サンタクロース、みなさんはいつ、その正体に気づいたでしょうか?
あたしはいつだったか、でも人よりちょっとだけ気づくのが遅かったような気がします。
気づくきっかけはどうだったでしょうか?
これって何気話したことないので、今度みんなに聞いてみようかな。
あたしはと言うと...
小学校低学年くらいのときかな、布団にダイブして遊びたくなって押入れを開けた瞬間でした。笑
最初え?って思ったけど、すぐにいろいろ理解して。
なんの気をつかったのかしばらく気づいてないフリをしていました
当時はもしもサンタさんが準備できなかったらと第3希望まで紙に書いて壁に貼っていて、
結局第3希望全部もらうという強情な子供だったので、今思うとサンタさん方ごめんなさい、と。笑
今年は自分で働くようになったのでサンタさんは来ませんでしたが、自分にご褒美でプレゼント買いました
(言わずもがなゲーム。)
世の中のサンタさん方ほんと苦労してますね。
あたしのところにもサンタさん間違って来てくれないかなぁなんてあまっちょろいこと考えてます。
一応これで今年最後の更新にしようと思っているので、あいさつ?的なものを。
なぜか9月に全く更新しないという暴挙に出たけどそれ以外は週1回以上更新するという自分の中で作ったルールを守りきれたかなぁと。
来年もこんな感じでいけたらいいなぁと思ってます。
今年一年、新しいことばかりでほんと楽しかったです。
来年もこんなわたしをよろしくおねがいします!
まさか自らの手で自分を怪我をさせる日がくるとは思いませんでした。
おかげで水ぶくれになって破けて痛いです。
先日友達と別れるときに「よいお年をー」と言われて初めて年末だということに気づきました
全然意識とかしてなくて。
今年ももう終わっちゃうんですね
振り返るとか、そういうのしません、今年は。
((何もしてないために振り返っても虚しいだけだから
ただなんとなく思うのは、必死になって過去の自分を補おうとしてるなぁと。
自分は高校3年を棒に振ったような生活をしていたので(無駄だとは決して思ってないけど)、
本当にやりたいことって何もできなかったんだよね
高校生らしいことというか。
友達とおしゃべりしたり、お茶したり、ぐーたらしたり、ずっとTV見てたり、どこかに出かけたり。
そういうのほとんどしなかったから、今必死にやってる感はある。
自分の高校生像の偏見かもしれないからあれだけど。
とにかくやりたいこと無理矢理できたかなっては思える。
来年の目標とか立てた方がいいんだろうか
でもそのためには今年を振り返らなきゃいけなくて。
後でゆっくり考えます。
聞くところによると、今年はもう300時間切ったらしいので、残りの200数時間でやり残したことを考えましょう。
やり残したことを考えるにも今年を振り返らなきゃいけませんね
やだな。
でもやり残しはいかんと思うのでやっぱり考えます。
次の週の更新で今年最後になりそうです
なんか文脈が意味不明になってきたのでこのへんで。
あ、ただ一つ言えるのは、あたしはここへ来て本当によかったと思ってるってこと。
選ばれたこと、幸せなことだと思ってます。
友達って一人じゃなれないものなの。
自分だけが友達って思ってたら、たぶん利用されるだけね。
お互い友達って思っていなければ友達ではないの。
だからFriendsなのよ。この単語はいつでも複数形なの。
英語の授業は好きではなかったけれど、先生のその言葉に戦慄したことだけは覚えている。
それから、自分の友達がほんとうに友達なのかたくさん考えた。
「ねぇ、あなた、私のこと友達だと思ってる?」
そんなこと聞けるわけもないから、一瞬の仕草、ひとつの言葉、そんなものを全部を勘ぐって、たくさん頭をまわした。
小学校の頃の友達なんて今はもう顔もあやふやで、
中学時代の友達とは次第に会わなくなっていて、
それじゃあ高校の友達はいるのかって言われたら頭を捻るしかない。
トモダチ ッテ ナーニ ?
ドウスレバ トモダチ ニ ナレル ノ ?
一度まわり出した頭は堂々めぐりして結局答えにはたどりつかない。
上手にコミュニティーを作る人たちは全く別の種族に見えてきて、
見知らぬ世界に残された宇宙人みたいにひとりぼっちな気がしてしまう。
楽しそうな集団を見ると、君たちは友達かい?と訊ねたくなる。
親友の定義って何かな?なんて聞かれても私にはまだ友達までのステップが分からない。
こんなくだらないことを考えながら歩いている人はきっと少数で、
それなのに、気づけば私の周りにはそんな人ばかりが集まっている。
なんとなく宇宙人語を解ってくれそうな人たちがたくさんいる。
それじゃあ、宇宙人仲間はみんな友達なのかなって考えるけれど、
それでもやっぱり友達ってわからない。
「私たちって友達だよね?」なんていちいち聞くのは重いだろう?
「これ、友達の印に!」なんて贈り物をするのも気持ち悪いだろう?
じゃあ友達ってどうすればなれるのさ!教えてくれよ!と思う。
友達になりましょうって名刺でも渡せばいいの?
にっこり笑って握手すればいいの?
約束がなきゃいけないの?
何か契りを交わさなきゃ友達になれないの?
形にしなきゃ"絶対"にはならないの?
馬鹿な私はいくら考えてもそういうことがわからなくて、できることなら考えたくもない。
そういうことを考えながら発する言葉はぎこちなくて嘘くさいし、
すっからかんの頭が紡ぐ会話は軽すぎてふわふわ消えていく。許してにゃん。ふわふわ。
でも、消えて行った文字は、意味のない羅列かもしれないけれど、
それでもその発語にはたくさんの意味が込めているつもりなのだ。
ワタシ イマ タノシイ !
アナタ ト イル ト タノシイ !
ワタシ アナタ スキ !
ワタシ ジェーン アナタ ターザン !
結局友達のなり方がみつけられなかった私は誰のことも友達だなんて思わないことにした。
友達と思われていなかったら悲しいから。
友達だって認められた気がしたら、私も友達だって思うことにしている。
要は後出しである。後出しで勝つのである。
何に勝つのかはわからない。たぶん自分のちっぽけなプライドみたいなもの。
だから、相手に先手を出してもらわなければならない。
先手を出してもらうために、
私が友達だって思いたいすべての人へ、宇宙人なりにすきを伝えたいと思う。
私はあなたがすきで、友達だと思いたくて、
一緒にいられるとうれしくて、無意味な奇声をあげちゃうくらいたのしい。
風にのってとどけ!雪と舞ってとどけ!なんだっていいから、とどけ、と願う。
宇宙人はちょっと遠いところから願うだけで、伝える勇気はまだないのである。
今まで全く着ていなかったのは季節的な理由ではなく、
自分の中ですごく大切な思い出なのであまり着古したくなかったんです
((なのになぜ着たのかというのはただ着る物がなかったっていうしょぼい理由です
袖口を見たらぼろぼろになっていたりして、当時のことを急に思い出しました
当時は制服として着ていた物を、今は私服(パジャマ)として着ていることに明らかな違いというか、
自分の立場の変化を感じます
もうあのときとは違うんだなぁとか、もう戻れないんだなって。
別に今の生活に不満があるとは思っていないのですが、
大学生になってから中学時代や高校時代のことを頻繁に思い出すようになりました
高校生のときは余裕がなかったのかわからないけど、
中学時代のことなんか考えなかったので今なぜこんなに気になるのかが気になります
歳を取ったということなのか、当時に何か未練があるのか、最近自分の中で『なぜ』が増えて困ってます
もっと大人になればわかるんだろうか
私としては自分のことを大人だと思ったことがないので、
確実に大人に近づいているということをもうちょっと自覚した方がいいんですかね
わからないです
かわいい名前とか。
今お気に入りの名前は、頭に『千(ち)』のつくものです
『千尋』、『ちさと』とか。
気になってることとしては、『千春』、『千夏』、『千秋』はあるのになぜ『千冬』という名前がメジャーではないのか、とか。
誰か知り合いに『千冬』さんがいたらぜひ教えてください
あと、同じ苗字の人同士が結婚したらお嫁さん(お婿さん)は苗字が変わらなくて苗字が変わる人に比べて結婚の実感がわかないのではないか、とかも考えたりします
まぁどうでもいいことですけど、
小説書くときに登場人物につける名前には苦労するのでこういうことを考えたりしてしまうんでしょうかね......
最後に、気分転換にここの自分の名前を『魔法』に変えました
しゃれと言ったらしゃれなのですが、微妙な思い出がありまして。
小さいときに、
私「パパー、『まほう』って漢字でどう書くのー?」
父「ん? ......これ」
『(私の名前)』
私「.......それじゃなくて。(自分の名前くらいはわかります)」
びっくりしました。笑
流石に小学4年生自分の名前の漢字聞いたりしないです。
その際に集まった親戚一同、まぁいろんな話をしたわけですが、
一番遠くから来たのは私の祖父の弟さん(故人とは兄弟関係)で、大阪から来てくれました。
私の祖父は自分が2歳の時に亡くなっているので、「おじいちゃん」というものがよくわかりません。
数年に一度来てくれる大阪のおじちゃんがそれこそおじいちゃんのような感じ
そのおじちゃんが今日、帰ってしまって。
朝、ばいばいと行ってきますを言って家を出ました
学校へ行く途中、次に会えるのは何年後なんだろうとか考えてたけど、
学生のうちにもう一度くらい会いたいなぁとそのときの自分をなんとなく思い浮かべて。
それでさっき家に帰ってきたら、もちろんおじちゃんはもういなくて、それがなんだか寂しかった
先週の日曜日はお葬式の後親戚みんなで飲み会になったのですが(もちろん飲んでませんよ)、
まぁ11人くらいで結構盛り上がりました
そのときおじちゃんがあいがたいお話をしたときに、みんな真剣に聞いていたのがとても印象的でした
「残さなきゃいけない」「繋げなきゃいけない」そんな言葉にみんなうなずきながら、
普段なかなか会わない親戚とも見えないもので繋がっているんだと感動したりしました
あと、大人の会話にまざれる年齢になったのも少し嬉しかった。
...ごめんなさいオチないです。
夜の11時過ぎ、帰路をとる。
通る車も少なく、前にも後ろにも誰もいない。
フロントガラスと足元に暖房をつけて、スピーカーから流れる音楽に合わせ鼻歌を歌う。
外の温度掲示板には7℃と書かれていた。
なんだ、大して寒くないじゃないか。私は少しだけ窓を開け、車内の空気を入れ替える。
足元は暖かいのに頬にあたる風が冷たい。
そんな温度差が心地よくて、じゃあいっそ全開にしてみたらどうだと思ったけど、さすがに寒かった。
相棒を車庫に預け、シャッターを開けたまましばらくぼーっとしていた。
家に入るまでの十数メートルが、帰り道の50分より憂鬱で、何となく足が進まない。
もうすぐ12月、冬の夜、寒いに決まっているのに口が勝手に「寒い」とつぶやく。
寒いけど、吐いた息は大して白くならない。そういえば昔テレビで見たことがある。
息が白くなるのは空気中の埃とかが水蒸気で冷えて……なんとかかんとか。
よく覚えていないけど、つまりは空気が綺麗なところでは息は白くならないって話だった。南極とかね。
その理論でいくならここは空気が綺麗ということだろうか。
鳥の巣と化してるぼろっちい車庫にいたので、とてもそんな風には思えなかったけど。
そういえばと、少し前に東京へ行ったことを思い出す。新宿でバスを降り、下水臭がし、帰りたくなった。
よくこんなところで生活できるものだと驚きながら、やっぱり東京は遊びに行くところであって住むところじゃないと思った。
田舎者の僻みにしか聞こえないだろうか、心の底からそう思うのだけれど。
思い切り深呼吸してみる。
夜露にぬれた植物の匂いがした、ような気がした。植物の匂いかは分からないけど無臭ではなかった。
ここ数日気まぐれに雨が降っては止んでいるので、雨の匂いかもしれない。
私は雨が好きだけど、冬なら冬らしく雪が降って欲しいと思っている。
しかし降ったら降ったで面倒なので降らなくていいとも思っている。
でも温度計7℃だったし、まだ暖かいし、当分降らないかな、なんて考える。
雪が何度くらいを目安に降るのかなんて知らないけど、氷点下にならないと降らないってイメージがあるのだ。根拠はない。
シャッターを閉めてしぶしぶ家に入る。どうせこたつで寝てしまう。
明日は一限からか。寝坊しないといいな、グッドラック、おやすみ。
目を覚ますとやっぱり私はこたつにいた。携帯のアラームはいつの間にか消していた。
また遅刻する、と思いながらも全く焦らずに洗面台へ向かう。
窓の外をいくつもの白い物体が横切る。雪じゃん。
ちょっとは楽しみにしてたのに実際に雪を見たら無感動だった。去年もそんな感じだった。
どうせ積もらないんだろうなと思いながら蛇口を捻る。
水がお湯になるのを待ちながら、冬になったなぁとしみじみと感じ、今日もぼちぼち頑張ろうと思った。
終わり。
