お久しぶりです。
しばらく書いてなかったんですが、まだ読んでくれてる人はいてるんやろうか。
FREERUNの健太郎です。
おれはというと、相も変わらず楽しくやっているわけです。何を?
何もかも。笑
皆さんは、お変わりないですか?
というか、変わらない人なんていてないんやけど。少なくとも貴方方の体調が健康であってくれればオッケーです。おれにとっては。
変わらず楽しくやってるよ、とは言いながらおれも勿論変わってます自分の考え方も、周りを取り巻く環境も。少しずつ。
そもそもこうやって何かを誰か不特定の人(基本的にはそんなに多数とも言えんけど誰が見てくれてるかもわからんという意味で)に向けてメッセージを発信する側の人間なんやろうか。という疑問は常に自分につきまといます。というかやはり自分はそういう人間ではないです。
でも一方で、少なからずおれの書く文章をおもろいというてくれたり、また決して褒めた言い方ではない方法で、更新頻度の高いツイッターを見て、呆れた様子でブログでやれや。なんて言われたりもするんで。
ブログでやる。ことにしたわけです。
あとは自分のためですね。
後々、読み返したりするんですよ。そん時にああ、しょーもないなーとか、おもろいなーとか。色々楽しいんです。ブログって。
やったらかけよって話なんやけど、だから、書きます。
さて、今回も皆さんのお時間を少しばかりちょうだいして発表したいことはと言いますと、やはり「なんでもない話」なんですよ。
【報告】
とか、はたまた【緊急告知】なんて節で始まる、リリースの情報やったり大きいイベント告知、ができれば良かったんやけど少なくとも僕の人生においてはそれはないんやろうなー。と。
レゲエサウンドのはしくれ、として悔しく思うくらいの気持ちはあるんですが。
そんな箸にも棒にもかからないレゲエサウンドFREERUNの話です。
おれとの付き合いが長い人には今更お話しすることではないし、付き合いが短くおれのことに興味のない人も対象外です。そんな人の方が世の中には当然たくさんいてるってのも知ってます。
でもこれをわざわざ、どこからか読みに来てくれた人には良かったら聞いてちょうだいよっていうFREERUNの始まりと終わりの話なんやけど。
題名の
終わりを意識し始めた頃。具体的な名前はないのでこう呼ぶことにしました。
おれはこの「終わりを意識し始めた」感覚を自分の中で最初に手にしたのは確実に中学の終わりです。その他にも恋人と恋が終わる瞬間、楽しいダンスが終わる瞬間、夏休みが終わる瞬間、20代が静かに終わっていく瞬間。
始まりのあるものには全て、終わりがありますよね。
その終わりが近づいてくる感覚を一番最初に感じたのは中学3年でした。
中学3年生の頃、最初は上手く打ち解けれずクラスの輪の中に入れなかった時期があって、その後少しずつ仲の良い奴ができてきて。
今でも親交のある何人かの友人、所謂一生の連れができたのもこの頃でした。
その時ですでに秋かもしくはもう受験シーズンに差し掛かってたんかな。たぶん、何人かは仲良くなったやつの中にはすでに進学先が推薦で決まってたから。たぶん多少前後してもそのころ。
当たり前にあった平凡で退屈な、連続の毎日が、急激に体感速度?時間感覚を変えて、早送りのように1日1日が卒業式の日に向けて加速し始めたんですよね。
むちゃくちゃ怖かったです。卒業して、この仲間に会えなくなることが。
会えるんですよね。勿論会おうと思えば。
枚方の小さい町の中の話ですから。
でもなんとなく、こうやって同じ制服を着て、当たり前のように集まって退屈やなーって過ごす、ある意味ではとても贅沢な時間は失われていくのを体感し始めるんですよね。
でも誰ともなく卒業が近づくにつれその話はしなくなった。将来の話も。将来の話は卒業する話を連想するからかな。
とにかくみんなが終わることを意識した結果、それを上手く受け入れれず卒業することに対して閉口するようになってしまったんですよね。
今考えたらあれは自分だけの感覚やったんかな、とも思うけどやっぱり違うと思う。
うん。みんな怖かったんですよね。
たぶんおれと同じ理由です。
時間が加速して、終わりがどんどん近づいてくるのが。
その感覚です。
別にFREERUNが今すぐ終わるとも思っていないけど、おれはいづれ終わると思っています。
それが売れないレゲエサウンド、もしくは売れないバンドであったりミュージシャンの宿命です。
諦めるんではなく決別する日です。
FREERUNが続けてこれたのは確実に周りの人たちのおかげです。月並みな言い方ですが。
そこには色んな人の思いがあって、支えがあって嘘でも6年か、こんなにも長く続けてこれたという感謝の念はあるんですけど、おれはどこかでいつか必ずその決断をする日が来ると思ってて。
それはごく近い将来のように思うんです。
勿論1日でも長くやりたい気持ちもありますが。
というか、始めた当初はこんなに何年も続くとも思ってなかったですけど。いや、逆に終わることを意識する日が来るとも思ってなかったんですけど。そんなに自分にとって大切なものになるとも思ってなかった。それくらい緩く始めました。(その割には続いたなー。)
そしてその決断をして最終決定をするのはおれやと思ってます。勿論ふっしーと2人で。
FREERUNはサークルのノリに近いような楽しかったらいいじゃないか、で、始めました。怒る人は怒るんちゃうかな。うん。それはまぁ仕方ない。実際に進むスピードもかなり遅いです。
それも自覚しています。
でも自分たちなりにできることをしてきた結果です。それに対して他のサウンドや売れている人たちと比べることは一度もなかったし、それをする必要性を感じたことも今まで一度もなく、焦ることが一度もなかったのはとても幸せでした。
でも、そういう緩い活動、とはいえ確実にお金を払って遊びに来てくれてる人たちはいてるんですよね。ありがたい。
その人たちへの、せめてものけじめとして、出演ダンスが減ってきて、数ヶ月に一回たまに出てる、というようなダラダラといつまでもやってるのかやってないのかわからないサウンド、を続けるよりどこかで区切りをつけて辞めようと決めて、辞める日をきちんと、レゲエと一区切りをつけるべき日を迎えるべきなんやろうな、と最近思うようになってきました。
現にふっしーとは、いつその日が来るかは今はまだわからないけど、そうやって終わりの日を設けよう、と言う話まではしたことがあります。
おれらはどちらかというと遅くに始めた組、です。
まぁその2人が足りないところを補うようにブースに立っています。
この形になるなんて思ってもいませんでした。
FREERUNはもともと、ブルとチャンがプレイしていてそこに裏方のような形で圭造とおれがいてたから。
気づけばブルがやめ、ふっしーが入り、チャンがやめ、圭造が来なくなり。
結果としてふっしーと2人でやることになり、早2年。
夢を見させてもらったし、普通ではできない体験も沢山しました。一方で普通に30過ぎの男として経験しないといけないことのいくつかを取り逃がしたようにも思います。
それは結婚であったり、家庭を持つことであったり。
別にそれだけが理由ではないけども、自然にフェードアウトするよりは自分たちで終わらせるべきなのかなと考えるようになったわけです。
あの卒業式を迎える感覚はまさにカウントダウンでしたが、今のおれらはまだその段階ではないものの、と言っても何年も先の遠い未来なわけでもない。
あの時はどうしようとも卒業式の日は確実に決まっていましたが、これは自分たちで決断するわけです。卒業の日を自ら決めます。
でもその日を決めた時点でたぶんあのカウントダウンは始まるんですけど。
それがいつかは確実に来るんやろうなというお話でした。
まぁでも、やめても現場には行くよ、なんて安直なことを周りに比べれば大人ですけど、今の自分よりは若かった頃にやめてダンスホールへ遊びに行かなくなってしまう人を見て、なんの責任感もなく思っていましたが、やっぱりやめるとなると色んな理由で足が遠のくんじゃないかなとも思っています。
でも仮にそうなったとしても(レゲエとは一切かかわらない生活になったとしても)自分たちのこの数年間が全く無駄であったという風に思わなくても済むくらいには大人になったんかなーと思っています。し、中学の頃と同じように、これを通じて一生の付き合いが出来るんじゃないかという仲間も何人かはできました。
そして、いつか確実に来るその日がおれにとって、FREERUNにとってサウンド人生の、もしかしたらサウンドだけでなく今まで生きてきた人生の最良の日にてなれば、と思うわけです。
いや別に解散ダンスなんてのをこそっとする予定もするつもりもさらさらないけどね。
そんな感じですが。
もうしばらく、お付き合いください。
自分の中で、おもんなくなったらやめると決めて、始めたおれのサウンド人生、ありがたいことに未だにこれより楽しいことは見つかっていません。
bless

