Okinawa base Trip of the life blog that a dream does not end

Okinawa base Trip of the life blog that a dream does not end

人生最後にたどり着いた場所、ここ沖縄。
アウトロー人生に終止符を打つ為に決めた場所の波乱万丈な出来事はさて如何に・・・

沖縄に来て、3年目。

移住者のあれやこれや。沖縄の良い所・悪い所・・・。

あとは、好きなバイクの情報・ツーリング情報・釣り情報・旅情報・飲食情報を書き込んで行こうかな~~~と!!・・・・・・・・・・・・・時々 毒吐きますが・・・・・。

また、沖縄に観光に来られる方の情報源としてみてもらいたいですね~~!!

元、ナイチャーから見た沖縄の名所などをかけたらいいかな~~~


<title>フリーライド沖縄移住バイク日記</title>
<meta name="keywords" content="バルカン

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はいさい!

5年ぶりのバイクロングタイムロングツーリングに沖縄から出発しました。

先ずは、これだけの間仕事を空ける事に対して寛容な我がパートナーに感謝です。

23日16時発大阪行きのフェリーに乗り込みます!


流石のゴールデンウィーク前
当然のようにガラガラです。



船内は特にすることもなく

食べるか寝るかシャワー浴びるか音楽聴くかテレビ見るか本読むかタバコ吸うか酒呑むか景色見るか日向ぼっこするか風に当たるかメールするかFacebookするかアメブロするかTwitterするかラインするかしかありません。



という間に与論島です。

20時

真っ暗なんで港意外なんにも見えません。


そういう間に和泊に到着

22時

どこの島も港は同じ感じ。

特に目を見張るものははなさそう



次から次へと入港し



奄美島には翌日の3時半に到着!
これが最後の入港。
ここからはノンストップで大阪南港



夜中に風邪気味だった僕の咳に

はいどうぞ!

で飴玉!くれた優しいお姉さん

ありがとうございます。

さっそくこの旅で人の優しさに触れました❗



飴玉効果もあり、安らかに寝れた2日目の朝!朝食

大量に持参したオニギリと唐揚げ!



自分で言うのもなんやけど、まーさん。

くわっちーさびたん。


屋久島

五年前の大阪~鹿児島
二週バイクキャンプを思い出します。

今回の旅でも九州は満喫します

後半をお楽しみに!



少しだけ日光浴してみた




奥に見えるは
開聞岳!前回は行けなかったんで今回必ず行きます。



まーそんな感じに始まった初日2日目です。





只今より沖縄出港!

25日に大阪着!そのまま富士さまへゴー!

待っててくださいね!

富士さま



はいさい!


今日の沖縄は、すんごく良い天気


そんな今日は、午前中の仕事から晩まで間の日中がアイドルタイム。



なので、恩納村の道の駅で弁当タイム。





そうしたら、荷物を積んだバイクを発見!



ナンバーを見たら、「那須」と書いてある。



ん????



那須??



栃木県の那須高原  の那須??



そうです。 栃木県の那須から来たというご主人。






3月下旬に出発して、今沖縄にはいった所だと。


すげ~~~~ツワモノ




バイクも硬派なディスカバリー。


1200CC

僕もこんなおじさんになりたい~~




驚異の足付きの悪さでご登場のご主人は


那須塩原で超有名なラーメン店を営む店主だそうです。






ブログを見ると確かに超人気店。


今度富士山に行く過程で行ってみたい気はするが


富士から未だずっと遠方なんで


諦めかな???




ま~~でも、同じツアラーとして是非いつか


ご主人のお店に立ち寄りたいものです。






すごく気優しそうな話し方と笑顔が人気店の理由なんだな~~と


納得できる。






24日からの旅でもこんな方と素敵な出会いが


ある事を期待しています。








待っててな~~~~~~富士山!!






那須にお立ち寄り際は是非


「白河ラーメン 麺家」


栃木県那須塩原市黒磯653-25


0287-63-0640


に立ち寄ってみては




バイク談義に花が咲くかも・・・・ですよ!!

はいさい!


昨日の沖縄の景色

(恩納村から)


完全に夏の天気ですよ~~!!海開きもしたし

気温27度やし

海青すぎるし


めんそーれ~~~!!って感じ。今週観光できた人はラッキーですね=。




さて!!ご覧の皆さんへ・・・・



24日より沖縄を旅立ち 大阪上陸~富士山ツーリングに行きたいと思います。


(九州は帰りに回りますが・・・・・・)



もし、よろしければ、富士山周辺は1度も降り立った事がありません。



どなたか、観光地・名所・穴場・食事処・宿泊地(テント泊)・・・・・など



のお助け情報をいただければ有難いです。



僅かな、日数なので、集約して満喫したいのですが、全く知らない土地なので



ベテランバイカーさん情報がほしいです。



お返事下さい。



条件: ・4月26日~30日まで


     ・バイクでの移動


     ・高速は使用しません


     ・宿泊はテントオンリーです(キャンプ場は使用しません)


     ・1日ガソリン代含め おおよそ5000円な感じです。


     ・ルートは名古屋から19号線を長野方面へ北上し

      長野側から富士山麓へ南下する予定です


     ・沖縄には無い温泉に浸かりたいです。野湯ならなおグッド。





観光ルートなど以外の情報でも構いません。


例えば、 どこどこは、勝手にテントはったらだめだよ・・・・・とか













コメント頂ければ嬉しいです。





どうか宜しくお願いします。



















本土の方に正直な所を見て・考えてほしい。

僕は、昔からやんちゃな事ばかりして大きくなった大人ですが、

それでも、道理を無視すること・倫理に反することは嫌いです。


ここは、民主国家の日本ですよね?

沖縄は日本ですよね?

なぜ、民意で当選された沖縄県知事の沖縄代表する意見を無視し続けるんでしょうか?なぜ沖縄は戦後70年たっても、世界からも、また日本国家からも占領し続けられるんでしょうか?


そんなに占領したかったら、政治家すべての家族を沖縄に住ませて下さい。


僕は、どちらが正解とは正直分かりませんが(軍が沖縄から退去すれば、東南アジアから一気に攻められるおそれがあります)が、

しかし、これだけは沖縄に実際に住んでいる僕(元ナイチャー)が言えるのは、沖縄県民意が無視され続けていること。これは本当に事実です。

ぼくらは、何かあれば、いつでも実家に退去出来るかも知れません。ただここ沖縄で育ち、沖縄しかない現地住民にとっては70年間ずっとアメリカ軍・そして日本国に占領・翻弄され続けているいるんです。

どうか気優しい・無口な気立ての良い沖縄県民をこれ以上馬鹿にしないであげてください。

これ以上、緑美しい・綺麗な自然と・海を人間の手で汚すのだけはやめていただきたい。


ちょいとゴミをするレベルの事じゃない事件が今 辺野古で起きています。


安易に容認出来る訳ありませんよね。

沖縄県の本土の面積を考えれば、すごい莫大な面積を今後何十年・何百年であろうレベルで、破壊・占領されようとしてるんです。

なんで指を咥えて見逃せるんでしょうか?


阿部さん・あなたの実家近くで、このような事が起きたら、必死で政治権力で守るんでしょう?

なぜ、沖縄だったら良いんですか?

わかりません。

それは、あなたの子孫・家族・がここにいないからでしょ。

本当に住んでる住民(元ナイチャーの私)は

そんな、現実問題が起きてる名護市に住んでいます。東海岸ではないので、そんなに影響ないじゃないか????とんでもないですよ

名護中心地も明らかにヘリ・軍用機の騒音が目立って多くなりました。

なぜ、日本の国土を守るために沖縄県民を犠牲にするんでしょうか>??

一体、日本国家は、何を守りたいんでしょうか?

日本人を守れなくて、土地だけ守っても後世には、沖縄はアメリカ人ばかりになってしまいますよ。


お願いです。1つだけまず お願いします。


馬鹿にしないでください。


これが、沖縄県名護市に住む住民である

僕の・そして僕の周りにいる大多数のお願いです。


世間一般の全国ニュースで流れる、反対・賛成 どちらもいる・・・・・なんて生ぬるい事じゃないんです。


もう少し、沖縄県民の声を本土の皆さん

分かってあげてください。

どうか、本土の皆さん、他人の出来事と思わないで

同じ日本人の問題としてください。


本当に、日本中の日本人の力が必要です。

沖縄の人は、怒るのがヘタなとても心優しい火とばかりです。戦後の混乱でまともな教育を受けていない方が多いです。勢力・圧力・権力に弱いです。

どうか、そんな弱者を助けに来て下さい。



沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画を巡り、沖縄県の翁長知事が23日、沖縄防衛局に名護市辺野古沖でのボーリング調査を含むすべての作業を中止するよう指示しましたが、国は手続きに問題はないとして、24日も調査を続けています。
現地では計画に反対する住民などが抗議の声を上げています。
普天間基地の移設計画を巡り、沖縄県の翁長知事は23日、沖縄防衛局が名護市辺野古沖で行っている海底のボーリング調査の準備作業の際、「許可を得ずに岩礁を破壊した蓋然性が高い」として、1週間以内にすべての作業を中止するよう指示し、従わない場合、埋め立て工事で岩礁を破壊する許可を来週にも取り消す方針を示しました。
これに対し、国はボーリング調査について、去年、沖縄県と必要な協議を済ませており、手続きに問題はないとして、24日も辺野古沖で3つの足場を使って調査を続けています。
一方、埋め立て予定地に隣接するアメリカ軍キャンプシュワブのゲート前では、24日も朝から計画に反対する住民などおよそ80人が集まり、抗議の声を上げています。
宜野湾市から参加した70代の男性は「はらわたが煮えくり返る思いです。
国が作業を強行しようとしても私たちは諦めず、抗議の声を上げ続けていく」と話していました。


NHK News Web

より引用

沖縄,辺野古,基地問題,民主主義国家,名護市


今週の月曜日のこと


こんにちわ


久々に、島に渡ることに。


目的地はというと


「久高島」







南城市の安座真港より出港。




待ち時間に「ぼけ~~~っと」

椅子に。


南城市までは、彼女を後ろにバイクで高速道路で。



IMG_20150318_103111098.jpg



バイクの荷物は港の畳部屋に置いてもらう事に。



この日は、久々の大快晴!!


意味わかんないくらいにピーカン




半袖で十分な日。バイクで来たから長袖やけど


もう暑くて仕方ない






久高島は言わずと知れた


沖縄を作った神様の宿る場所


聖なる場所。











時間にして1時間弱で到着する間近の島


島の3分の2は神様の居住区のため


民家はありません





そんな聖なる場所に降り立ったら


先ずは、拝所に参拝


      久高島は、小さな竹富島の様な感じで路地がひしめき合い


       遠くの目印が無ければ、どっちを向いてるかわからない。




沖縄の拝所はちょても小さく、見慣れないもののため


不思議な感じもしますが、立派に拝む場所です。





自転車を借りて島を巡ります。


バルカン無CC フルノーマル リジットフレームです。


ソロシート ソロ専用です。




                 いい雰囲気の写真に!    


        ピンボケ満載がおもちゃカメラみたいでGood





               もともと 中学校だった跡地。


            小さな島なのに 意外と大きな運動場。



            この隣には新校舎が併設されています。




では、ここで少し早いけど込まないうちに

昼食を頂きます。

この島には食堂が3件しかなく

混雑必至

港の高台にある若い店主が営んでるお店へ。




                 店内は素朴な様相


          


          この島のうりは、どうやら イラブー汁。


                   イラブーとは



                  「ウミヘビ」のこと


    
         グロテスクなため さらっと流し見してください。



                      これが↓



                     こうなって↓




                  こんな風に煮込まれて↓




                こんな風になっちゃいます↓





          こんな風に沖縄そばともコラボしちゃうんです



(ウイキペデイア)引用

イラブー汁は琉球王国 宮廷料理 の流れを汲む、沖縄 伝統料理 。イラブーとは、エラブウミヘビ のこと(実際には同じエラブウミヘビ属 であるヒロオウミヘビ アオマダラウミヘビ もイラブーとして販売されている)であり、伝統的に神事に携わるノロ にのみ、産卵のために上陸したものを採捕する漁業権が許されてきた歴史を有する。漁獲したイラブーは硬く乾燥した燻製 にして保存し、これを手間と時間をかけてもどし、煮込んで出汁 をとる。汁の具はこのイラブーのほかに、島豆腐と呼ばれる沖縄独特の豆腐や豚肉、昆布や野草などが用いられる。

かつては宮廷の高級料理であったために庶民がめったに口にできるものではなかったが、伝統的に薬用効果があるとされ、産後、病後などの滋養料理として沖縄で人気がある。神経痛、打ち身、リューマチに効果があり、また利尿剤となると伝えられる[1]




さすがの僕もあまりにもグロテスクな為

また高級食材の為、手が出ず

                 普通の沖縄そばを堪能





後に知り合いに聞けば


 かつおだしのようなマイルドな味で琉球王朝の御もてなし料理だとのこと。


          「食べればよかったのに・・・・・・」・・・・だと。



     そうなんや  じゃ~~次回はチャレンジしてみよう~~~~


                      とは思うけど

 

                わざわざ蛇にせんでもいいし、


                  見た目がグロテスクやし、


                蛇に2500円も払いたくないし・・・・・・


                   と様々 葛藤がよぎる。








やっぱ 僕は沖縄そばでいいや!!





こっちのほうが断然 肉肉しいし

ボリューミーーやし


えづくことなく 食べられるし。

まーさんでした。





では引き続き島自転車で散策します






至るところに自然風景が点在

木々や花々が綺麗に咲いてます。






ここには、綺麗な水場が少ない為

手裏剣イモリはおらず トカゲが至るところに







所どころ 下の様な森の入口みたいな拝所(神々の聖なる場所)


              があり、人が入れない場所が点在






           

             道路に時期なのか、大根の干物が・・・。




ま~~~~でも綺麗な海や


              こういう海を見ると心が洗われます


                   泳ぎたくなります。


              移住してよかったと思う瞬間です。







あまりにも綺麗なんで、泳ぐポーズで写真を




           ここで、のんびりビール飲みながら 


           ステーキでも食べたいな~~って感じ











そんな神秘的な島を15時のフェリーであとにします。


  またこれで、

僕のメモリーに新しいしま上陸が

カウントされました。・・・・・とさ




















バルカン400,アメリカン,久高島,聖なる島,南城市,フェリー,沖縄離島















































はいさい!


もうすぐ 4月1日


70年前の4月1日にアメリカ軍が沖縄本島に上陸した日です。


第一次世界大戦で宣戦布告したの日本がそもそもの原因ですが


関係のない沖縄の県民が大多数 死傷した沖縄地上戦の始まった日です。


改めて、戦争の恐ろしさ・戦争の悲惨さ・戦争では何も生まれないこと・


この七〇年の歴史を振り返り、大人は考え直さなくてならないと感じます。


この戦争布告により、日本は多大な損害・損益を被りました。


なおかつ、一番の大事な日本人の大切な命を亡くしました。


日本は、総理を中心二また、70年前の悲惨さを忘れ、戦争に加担しようとしています。



沖縄地上戦を振り返り、70年前の悲惨さを頭に入れて欲しいです。





読谷村史  > 「戦時記録」上巻  > 第一章 太平洋戦争 より 引用



米軍上陸

読谷海岸のリーフ内を進軍し、無血上陸する米軍(1945年4月1日)
上空から見た米軍の上陸作戦のようす。比謝川河口から水釜沖(4月4日)
上陸直後から渡具知港に物資を陸揚げする米軍
 一九四五年(昭和二十)三月二十三日から沖縄諸島は米軍の激しい空襲にみまわれた。二十四日からは艦砲射撃も加わった。沖縄上陸作戦の開始である。グアム島を発進した沖縄攻略部隊は、艦船約一五〇〇隻、上陸部隊七個師団一八万三〇〇〇人、後方の支援部隊を加えると総勢五四万八〇〇〇人の兵員を投入した。このほか、イギリス太平洋艦隊がアメリカ第五艦隊に所属して宮古・八重山に艦砲射撃を加えた。
 米軍の最初の目標は、慶良間諸島の確保であった。沖縄本島上陸にそなえて、水上機基地と艦隊投錨地を確保し、神山島を占領して沖縄上陸の掩護砲撃をするためであった。
 米軍は、空母と駆逐艦の護衛のもとに上陸作戦にのぞんだ。三月二十六日、阿嘉・慶留間・座間味に上陸、二十七日には渡嘉敷に上陸、二十九日には慶良間全域を手中におさめた。この戦闘の間に、慶留間・座間味・渡嘉敷では、日本軍の強制によって凄惨(せいさん)な「集団死」事件がおこった。
 米軍は、沖縄本島上陸前の一週間で約四万発の砲弾を撃ち込み、延べ一六〇〇機の艦載機で銃爆撃を加えた。
 四月一日、米軍は沖縄本島中部西海岸の読谷山・北谷に上陸、北飛行場と中飛行場を占領し、四月五日頃までには宜野湾村宜野湾以北の中部一帯を制圧した。米軍の上陸地となった読谷山村、北谷村などでは、住民の悲惨な「集団死」事件が発生した(詳細は第二章参照)。
 米軍は四月五日、読谷山村比謝に海軍軍政府を樹立、ニミッツ布告を発して軍政に着手した。沖縄戦後史の始まりである。
 上陸米軍の主力は首里方面へ向けて進撃し、米第六海兵師団は海岸線づたいに北上した。四月二日には東海岸の石川に進出し、四月五日頃には金武・宜野座の海岸線を制圧、七日には久志村の瀬嵩に達した。
 西海岸を北上した米軍は、四月六日に幸喜に上陸した部隊と合流し、七日に屋部、八日に伊豆味に進出、九日に運天港からも上陸した。十日には、本部半島を包囲し、次第にその包囲網を狭め、宇土部隊の籠っている八重岳に集中砲火をあびせた。羽地に入って本部半島を遮断して北上した部隊は、四月十三日には辺戸岬まで進攻した。
 伊江島では四月十六日に米軍が上陸し、二十一日には島全体を制圧している。生き残った住民約一七〇〇人は、米軍によって渡嘉敷島に移送された。米軍は伊江島飛行場を本土侵攻の拠点として拡張強化していった。その後の伊江島の人びとは、赤松隊の降伏の後に沖縄本島東海岸の久志村大浦崎に移され、それから本部の健堅の浜に移動し、島に帰ったのは敗戦の翌年であった。
 上陸部隊の主力は、首里の日本軍主陣地をめざして総攻撃を開始した。首里北方の浦添村前田、宜野湾村嘉数の嘉数高台を中心に、一進一退の攻防戦が四〇日間も続いた。この戦闘で日本軍は主戦力の八割を失った。
 五月下旬、首里は陥落した。牛島司令官は首里を放棄して、島尻の摩文仁へ撤退した。首里撤退のとき、牛島司令官は八原高級参謀に次のように語っている。
 「余が命を受けて、東京を出発するに当たり陸軍大臣、参謀総長は軽々に玉砕してはならぬと申された。軍の主戦力は消耗してしまったが、なお残存する兵力と足腰の立つ島民とをもって、最後の一人まで、そして沖縄の島の南の涯、尺寸の土地の存する限り戦い続ける覚悟である」(八原博道『沖縄決戦』)。

 沖縄守備軍のこのような方針は、沖縄戦の最後まで貫徹された。
 六月中旬頃には、日本軍の残存兵は、南部に追いつめられていた。直径七キロメートルの円内に入るような狭い地域に、三万人の日本軍と一〇万人の住民がおしこめられていた。日本軍は住民の避難壕を奪い、あるいは軍民雑居の壕では泣き叫ぶ乳幼児を殺害した。米軍は、洞窟にかくれている住民と日本軍に投降をよびかけた。しかし日本軍は、投降勧告にしたがって出ていこうとする者を射殺した。米軍は、陸上からは砲兵部隊と戦車部隊によって、海からは艦砲射撃によって集中砲火をあびせた。一平方メートルに一発の割合で砲弾が降ってきた。歩兵部隊は火焔戦車と手りゅう弾によって、洞窟をひとつびとつ攻撃して、日本兵をせん滅していった。米兵は、これをジャップ・ハンティングといったが、バックナー中将の戦死後は、報復のための住民虐殺も増えた。
 六月二十二日、牛島満司令官・長勇参謀長らの自決によって沖縄戦の組織的な戦闘は終わった。牛島司令官らの自決以後も、なお戦闘はつづいた。真壁村の真栄平一帯で戦闘をつづけた第二四師団(山部隊)の残っていた将兵が自決したのは六月三十日であった。
 米軍が沖縄作戦の終結を宣言するのは七月二日であるが、その後も洞窟にたてこもった日本兵の抵抗はつづき、八月下旬になって集団投降する例もあった。
 宮古群島や八重山群島では、八月十五日まで実質的には戦闘状態がつづき、九月上旬になって日本軍の武装解除がおこなわれた。

はいさい!


もうすぐ近づいてきました帰省 超長距離ツーリング。


ゴールデンウイークを挟んで実家のある倉敷まで帰省。


総延長距離 約1600キロ X 往復。


当然、立ち寄りたい所はたくさん有りすぎるので、約3週間?1ヶ月?



鹿児島指宿 ・ 桜島 ・ 鹿児島の温泉各地 ・ 長崎異人館 ・ 長崎ちゃんぽんを喰らう ・ 


熊本阿蘇山 ・ 熊本温泉郷 ・ やまなみハイウエイ ・ 由布院温泉郷 ・ 別府温泉 ・ 雲仙普賢岳 ・ 


久留米ラーメン ・ ・・・・などなど。 四国にも立ち寄りたいし


あとは、実家を通り越して、静岡あたりも行ってみたいような気もするが・・・・・・ちょい検討中。


1ヶ月じゃ足りひん。




のロングホリデーにしたいと思います。


さすがの長期間の為、バイクのメンテはシッカリと・・・。


整備不良では、危険すぎるため、・・・・でもお金もかかるため、最小限度 絶対に必要なメンテを。



①後輪タイヤ交換



②電気系整備



③ホーンチェック・・・・・・・・・・・・・・・



など、来る日の備え、九州の大自然を愛でながらの温泉を期待し、阿蘇山リベンジに備え、キャンプツーリングに備え、・・・・・・・


テント装備もキッチリと。。。。


あらゆる楽しみと 久しぶりに会う親父の顔を楽しみに。





早く来い来い 4月中旬。




そんなむちゃな計画を立てながら妄想に浸りながら=~~~~~の ↓ 





生チョコ & バーボン で・・・。



夢は膨らみます


はいさい!

今、僕の中ではまってる曲

見た目から想像できない曲を選曲。

でも、いいものは良い





You Raise Me Up Celtic Woman 和訳 歌詞 日本語訳


テーマ:●Celtic Woman

When I am down and, oh, my soul, so weary;
落ち込んで、魂がとても疲れてしまった時
When troubles come and my heart burdened be;
困難がやってきて、心に重荷を背負った時
Then I am still and wait here in the silence,
そんな時は静けさの中、じっと待つの
Until you come and sit awhile with me.
あなたが来て、しばらく一緒に座ってくれるまで

You raise me up, so I can stand on mountains;
あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
You raise me up to walk on stormy seas;
あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
I am strong when I am on your shoulders;
私は強いわ、あなたの支えがある時は
You raise me up to more than I can be.
あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

You raise me up, so I can stand on mountains;
あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
You raise me up to walk on stormy seas;
あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
I am strong when I am on your shoulders;
私は強いわ、あなたの支えがある時は
You raise me up to more than I can be.
あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

There is no life - no life without its hunger;
飢えない命なんてない、ないわ
Each restless heart beats so imperfectly;
それぞれの休む事のない心臓は、不完全に鼓動している
But when you come and I am filled with wonder,
でもあなたが来て、私が魔法で満たされると
Sometimes, I think I glimpse eternity.
時々、永遠を垣間見ているって思うの

You raise me up, so I can stand on mountains;
あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
You raise me up to walk on stormy seas;
あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
I am strong when I am on your shoulders;
私は強いわ、あなたの支えがある時は
You raise me up to more than I can be.
あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

You raise me up, so I can stand on mountains;
あなたは私を起き上がらせてくれる、だから山の上にだって立てる
You raise me up to walk on stormy seas;
あなたは私を起き上がらせてくれる、嵐の海の上を歩けるほどに
I am strong when I am on your shoulders;
私は強いわ、あなたの支えがある時は
You raise me up to more than I can be.
あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に

You raise me up to more than I can be.
あなたは私を起き上がらせてくれる、私が出来る以上に