小学校時代には、本格的に年賀状にオリジナル干支付の木版画を作っては、知人の伝手へ便りにしていのを思い出します。干支をデザインした木版画というコンセプトは、当時は、とても味わいがあって友達付き合いでも、必ず返事がありました。年越しのために行っていた、小中学校時代のイベントでした。
ところが、高校の受験勉強を境にパタリと木版を彫るのをパタリとやめました。友人であっても、少しでも縁遠い友人は、受験戦争の強列なライバルでもあって、何だか寂しいことながら、年賀状は限られた人にだけ市販の年賀状で済ますようになりました。当時は、削っているのは木版ではなく勉強以外の時間であって、自由な時間を全て削って、試験の答案用紙の答えを作品とするために、懸命というか必死になっていました。
そんな追憶を振り返るように思い出すのも、その二十年数年後、12月に郵便配達の仕事をする機会を見つけたからです。年賀の郵便局の仕事も賑わいと熱気があって、謹賀新年を祝う社会的な行事に参加することが出来ました。「明けましておめでとうございます!」と元気に声を出すと、幸せな日々も巡って来るきっかけにもなるし、気持ちも新しくなります。そういう気持ちの持ちようと余裕が、自分たちを支えることと思います。
一年の計は元旦にあり、と申しますが、人間にとって目先のことだけではなくて、長期的な目標や計画を立てることが、年賀状を送るメッセージにもなるものと思っています。素敵な年賀状を贈り贈られ、したいものです。