何故願いは叶わないのでしょうか?
他力本願だからです。あなたの世界はあなたを主人公とした世界なんです。
主人公を動かすことができるのは、主人公本人、自分です。
誰かのために、人のために、このブログもそうですけど、何かをしようとおもっても、他人を動かすことは、誰にもできません。
できるのは、せいぜい、きっかけをつくってあげることだけです。
気付いてもらえるように、種をまくことだけなんです。
他人とは、私ではない自分です。自分の思うとおりに動くのではロボットのようです。
他人を尊重するならば、他人を制御してはいけませんし、他人を制御することは、結局できないのです。
アニメ好きのわたしなら、エヴァンゲリヲンの他人との境界、区別するための存在「ATフィールド」があるからこそ、他者から切り離され、自分は自分らしく、自由に行動できるのです。
だから、きっかけや種まきをしても、うるさい、わずらわしい、余計無いおせっかいと思われてしまえば、何の変化も起こしません。へたをすると嫌われて、関係がきれてしまうかもしれません。
もちろん、だからといって、きっかけを与え続けることは、骨の折れることですが、相手を思うなら続けるべきです。コツだってありますよ。
(相手に対して、ネガティブな(否定的)言葉で接しない。相手のことを思っているのですから、たとえ相手の行動や言動が理不尽でも、怒ったり、怒鳴ったりしてはいけません。相手の良いところを見つけ、そこを誉めてあげて、あなたはそういう人ではないでしょう?あなたはこのようなことができるひとなんですよ。その行動はあなたらしくありませんよ」
っと、あからさまに否定するのではなくて、誉めながら、良い面をのばしながら、相手の行動、言動のパターンを置き換えていけば良いのです)
具体的なお話をしましょう。
普段は、穏やかでやさしい男性がいましたが、かっとなると、子供たちや、外食のレストランや、大好きな野球中継が何らかの理由で中断されたときなど、に怒鳴り散らす、当り散らす、クセがある人がいました。
お連れ合いは、いつも、そのような出来事の度に、怒鳴るのは辞めてと、言っていたそうです。
これは、のちのち出てくる、セルフイメージ(潜在意識)に「怒鳴りなさい」と繰り返し刷り込みをしているようなものです。あるセミナーで、このことに気が付いたお連れ合いさんは、そのようなことがある度に、「あなたは、そんなことで怒鳴るひとではないでしょう?いつも穏やかで冷静な判断ができるもの。それはあなたらしくないと思うわ」と言うようになったそうです。
人が変わるには、しかも他人のきっかけを、きっかけとして本人が受け止め、行動として変わるにはとても時間がかかります。結局無駄に終わることもあるでしょう。
しかし、そのお連れ合いさんはあきらめませんでした。
とうとう、9ヶ月目に、あるレストランで、お水は出てこない、注文は出てこないというようなことがあって、あ~今オーダーを取りにきたら、文句と苛立ちを、ぶつけて怒鳴り散らすに違いないと覚悟をしたそうです。
結果はどうだったでしょう。男性は、こういったそうです。「ここでどなったりするのは、わたしらしくないなぁ」と言ったそうです。
でも、驚くべき結果はそれだけではありません。息子たちが友人と遊んでいるとき、お気に入りのおもちゃを友人が取り上げてしまったそうです。そのとき息子さんは、ここで怒って、取り返すのは僕らしくないなぁと言って、仲良くあそんでいたそうです。
長くなりました。きょうのまとめ。続きはまた
主人公自らがうごきださなければ、脇役だけでは、人生というお芝居ははじまらないのです。
これはヒントですよ。何故、夢は叶うのでしょうか?考えてみてください。