息子の夏休み12日目。
今日は午前中かめちゃんの亀塾に参加して
かめちゃんのYouTubeのサムネを作って
そのあと急遽、息子を海に連れて行った。
背景〜息子は児童室に行きたくない〜
毎日、学校併設の児童室に通わせている。
だけど息子は、児童室に行くことをあまり好んでいない。
上級生との折り合いがあまり合わないらしい。
息子が通う小学校は小規模校で、全校児童が30名。
だから学年問わず交流がある。
それに対するメリットもデメリットもあるもので。
上級生からのときに過剰な「いじり」に、傷つくこともある。
無理に行かせたくないが、私も仕事で息子に十分にかまってあげられるわけではない。
児童室で過ごしてほしいという親目線のエゴもあるのだけど、でも(息子の話を聞く限りでは現場をみていないので判断はできないが)上級生も上級生でその年らしい成長過程を辿っているにすぎないような感じがする。
でも、息子が傷ついているというのが息子にとっての真実なので、私はいつもこう伝えている。
「それ嫌だからやめて、ってちゃんんと伝えていこうね。」
「そういう人は、人と関わる方法をそれしか知らないんだと思う。」
「だからあなたのことを嫌いなわけでもいじわるしたいわけでもなくて、仲良くしたいだけかもしれない。」
「でもその方法は僕は嫌ですと伝えていこう。」
「でも直らないかもしれない。」
「世の中には、話しても意向が伝わらなかったり、伝わっても採用してくれない人もいるんだよね」
「そういうパターンもあるんだなっていうのを学ぶのが、義務教育の目的の1つだから。」
「だから頑張れ!」
「それを踏まえた上で、お母さんはその子に直接でも親にでも先生にでも教育委員会にでも直談判にいくこともできるし、転校もさせてあげれる。世の中に"この方法しかない”なんていう“一択しかない”ってことはあり得ない。」
「だから安心して、ちょっとその学校が与えてくれる理不尽を体験してみておいで」
これが正解ではないし
立派なものではないと思うけど
回避手段はいつでもとれるしいくらでもあることを伝えながら
シータヒーラーでもある私は必ず
今の息子と
傷ついた瞬間の息子と
関わった上級生と
その場にいたすべての人々に
無条件の愛と光を送る。
上級生にこそ、無条件の光を送る。
(息子は無条件の愛と光を受け取るのが上手なので、安心したような表情をみせてくれる。)
(受け取ってくれてありがとう!)
とは言えね
家にいてもらっても成り立つ日は
家にいてもらっている。
まもなく
秋田の夏祭り「竿燈まつり」がある。
我が家はそれに参加しているのだが
練習が夜にあり、帰宅も就寝も最近遅い。
休ませてあげたいという気持ちもあって
児童室はお休みさせた。
ちょうど夏休みに開放されるプールも
今日は中止になった。
息子はプールだいすきなので、プール開放日は喜んで児童室に行く。
そんなプールもないし疲れてるしとなると
行きたくないもんね。
でもつまんないだろうなと思って
私は仕事があったけど
合間でさくっと
海に連れていくことにした。
息子と自転車こいで海に行った
自宅から海までは、直線距離で1㎞もない。
車出すほうが面倒なので
息子と自転車に乗って
海に向かった。
計画していたわけでなく
本当に急遽
「暇そうだしプール中止になっちゃったから
連れて行ってあげたいな」
そう思って
連れて行ってあげられた。
これまでの私だったら
少し空いた時間にも
できる仕事を詰め込んでいただろう。
それも素晴らしい。
でも息子のための時間を
優先してあげられる選択ができるようになったことも
素晴らしいなと思った。
時間を自由にコントロールできるようになったからこそ
今大切にしたいものを
簡単に最優先できる
それを成立させられるように頑張ってきた
これまでの自分にも
無条件の愛と光を送った。
私の状況
息子を海に連れて行こうと思った今日の
私の状況。
・セッションの予約はない
・自分主催のセミナー準備はまだ余裕がある
・かめちゃんのYouTubeは十分な公開待ちストックがある
であれば今は
息子を遊びに連れて行ってあげられるんじゃないかと思って
息子を誘って
家で水着に着替えて
水着のまま自転車にまたがり
海に行って遊ぶことができた。
息子の浮き輪を抱えながら
自転車をこぐ息子を見守りながら
あとからついていく
なんて贅沢な時間だろうと思った。
娘を生むための里帰り出産で
一時的に秋田に帰ってきたときも
息子を海に連れてきた。
そのときは私の母が海に一緒に入ってくれた。
当時の私は妊娠中なので一緒には入らず眺めていたけど
当時3才半の息子は
小さな波を怖がっていた。
それが今では
嬉々として海に向かい
波にのってふわっと浮く感覚を楽しんでいる。
嬉しいなと思った。

