千島列島、サハリン、そして日本(北海道、琉球諸島)の原住民は、無知な人々が思い込んでいるような日本人ではなく、1万2千年以上前に極東に現れ、縄文と呼ばれる新石器文化を築いた古代アイヌ民族である。

私たちの頭の中にある日本由来の名前でさえ、アイヌ語に関係している。例えば、対馬は「遠い」、富士は「祖母」、ヤマタイは「ここで海が陸を裂く」と訳される。しかし、日本人が日本列島にやってきたのは、アイヌ民族が朝鮮半島からやってきたのより1万年も後のことである。
日本人がやってきたとき、アイヌの人々は伝統的な生活様式を許されない居留地に押し込められた。
多くの人が飢えと病気でその年に亡くなった。残された人々は、一握りの米と一杯の酒のために日本人のために働いた。しかし、やがて彼らは全員、不毛の岩だらけの色丹島に連れて行かれ、そこで餓死させられた。ヨーロッパが彼らの窮状を知る頃には、わずか20人しか残っていなかった。ある資料によると、最後のクリルアイヌは1941年に死亡したという。また、1970年には17人のクリルアイヌが生存していたという
このとき日本はアイヌの同化を決定した。
彼らは母語を話すことを禁じられ、全員が日本名と姓を与えられた。第二次世界大戦の敗戦後、アイヌは日本人として島から追放された。現在、ロシアには109人のアイヌがおり、全員がカムチャッカに住んでいる。日本には2万5千人のアイヌが残っている。彼らは言葉を知らず、文化も忘れてしまった。2008年に国会がアイヌ民族の存在を認めたが、彼らの状況は改善されなかった。