このblogを読み返してみて久しぶりにいろいろ思い出した

色んなSNSがあるけど、blogっていいんだなと思った

ちょっとタイムスリップ?した感覚になった

 

「生きる」って必ず時間は進むけど前進しよるわけじゃないんだなと

過去は過去、ってそう簡単にできんのやなと思ったりした

 

母親のことがあり、それまでのことがそれどころじゃなくなり

日々「やらねばならないこと」に追われ今日まで来たけど

振り返ることも要るし、山あり谷ありを超えて振り返るとまた発見があるなと

思ったりする

 

カウボーイのことは、正直ほぼ思い出さない日々を過ごしてきた

でもYouTubeで映像見たりしてホロリとしたりは何度かあった

ただ、美学化け物やナルシストのことはもう全く追っかけてない

全て納得して受け入れたわけじゃないけど

今自分に残っているのはカウボーイがおった大魔神の記憶と

それが自分にとっての初めての音楽体験で今でも特別で愛しいものだという気持ち

たぶん死ぬまでそんな感じなんだと思う

 

109のことは、2018年までは追いよった

でもプツンと切れた

そっからは目には映るが意識が拾わん感じ

インスタとかもフォローしたままやし最新情報とかも入ってくるけど

引っかからず流れていって

むしろ今の彼らについて何にも知らん状態

あれから出したアルバムも新曲も知らない

ライブとかも知らん

 

たぶん今回、ふと昔のblog見てみようと思わなかったら

一生このまま109の存在が消えとった

 

自分がカウボーイのことで苦しかったときから11年

109に助けられてドハマリした最後の時期から6年

 

みんな年取ったなあと思う笑

でもわたしは相変わらずここにいて

109は相変わらずバンドで音楽やりよるんやなと思った

 

何年も経ってコロナもあったけど

わたしは変わらず生きとって、相変わらずここにおる

ってことを何となくここに書いておきたかった

 

 

2012年8月23日

に書いたblogは否定する


このblogで例えとして

「坂本龍馬」の全てをメディアが封印して

文献類も少しずつこっそり処分していき

各地のゆかりの地を取り壊していき

人の記憶以外の全てをこの世から消し去るとする

そうすれば坂本龍馬が存在した事実をなくせる


と、書いたが

それは不可能

現代において完全にそれをすることはできん


過去をなかったことにはできん

存在を消すことはできん

それを自分の都合でやろうとする悪人はおるけど

その悪行の過程を必ず見ている人がいる

データとネットがあれば対抗できる

億万長者でも人の想いまで消すことはできん

だけ、不可能



17日にTAIJIを偲んできて約6年
欠かさず書いてきたけどやめる

9/1に最愛の母親が旅立ってしまったから
他のことはどうでもいい

TAIJIとXは今もこれからも好きやけど
毎月、母以外の人を偲ぶ気持ちにはなれん

なのでやめる