映画『立候補』
まず始めに、このブログは選挙応援ブログでは無い。
そもそも選挙に行かない俺がこの映画について語るなんて事がおこがましいくらいだが、知らなかったことが多すぎたので書いてみようと思う。
少し真面目な内容になっています。
たぶん読んでもつまらないよ🙋(笑)
橋本市長「負けた候補者の声は聞きませんが、その候補者に入れた有権者の声は聞き入れますよ。」
「候補者は負けたらジエンドですよ。
落ちたら終わり。終了ですよ。」
今の政治に不満がある。
どうするか?
1、家の中でグチる。
2、家の外でガナる。
3、投票へ行く。
4、立候補する。
5、革命を起こす。
立候補する。
この作品は、マック赤坂さんの選挙ドキュメントです。

なぜ、負けるとわかっているのに立候補するのか?
小さな名も無き戦士の戦いみたいな話。
そんな大層な物語では無いが。
立候補したいなら、まず
供託金300万円を支払いたまえ。
もし一定の得票数に達しなければ没収します。
この映画を観ていて、ただ単に生きているだけの俺は日本の政治に不満も希望も持った事がない事に気づいた。
政治家が馬鹿ばっかだと思ったことはあるが、どう変えたいとかどうして欲しい、あるいは日本はどうなって欲しいどうなるべきだ!なんて考えた事がない事に気づいた。
そう考えると政治家は金に負けなければ、初心は立派なものだ。
この映画のもう1人のキーマン
外山恒一さん

彼の都知事選での政見放送を覚えている人は多いだろう。
物凄くインパクトのある演説だった。
外山氏はこう言った。
「選挙なんて少数派には全く意味がない。
選挙なんてものは多数派の祭りだ。」
確かにそうだ。
選挙と言うのは、
地盤(支持基盤)
看板(知名度)
鞄(金)
である。
なので知名度の無い新人が無所属でやっても、知名度の高い与野党の候補者には勝てないのである。
要は、どんなに頑張っても選挙と言う多数決において、少数派は多数派には絶対に勝てないのである。
選挙とは多数決だ。
初めから○○党陣営には勝てない仕組みである。
よく選挙前になるとポスターがたくさん張ってある看板を目にする。
番号が書いてあり、3・4・8・9などが、貼ってない場合がある。
あれはポスターを作る金がない候補者がいる場合もある。
新聞を見ても有力候補者は載っているが、非有力候補者は取り上げられない、差別的なこともあるみたいだ。
本当に知らなかった。
立候補者は3人だけなのかと思っていたら、7人いるってこともあるみたいだ。
それくらい、多数派には勝てないって事になる。
ならば無所属で知名度の無い新人さんはどうすればいいのだろう?
本当に日本を変えられるかもしれない、この映画は2011年の大阪府知事選の模様をドキュメントした作品なので、大阪を変えられるかもしれない候補者はどうすれば有権者に声を届けられるだろう?
地道に演説をしたところで、きっと誰も足を止めないだろう。
俺ならどうする?
あなたならどうする?
そもそも日本人は政治に関心が無さすぎるため、どうしたって真面目にやっている人をバカにして聞く耳を持たないだろう。
日本人は日本を良くすることなんて考えていないのかもしれない。
選挙用紙はただの紙切れだが、日本を変えられる唯一の武器なのに、関心がない。
俺はそうだ。
過去の負の遺産が、そんな簡単に消せるはずがないと諦めている。
俺はそもそも政治自体がよく解らない。
何が解らないかも解らない。
ただ自分が影響をうけると文句を言うだけの馬鹿だ。
知識がないということは、一番の罪だという言葉を聞いたことがあるが、そういうなら俺は罪人だ。
では、日本を変えようと志す戦士は一体どうすれば…。
マック赤坂氏はパフォーマンスという手に出た。
演説をせずに、歌を歌い踊る。
確かにこれなら有権者の足は止まる。
選挙法によって守られているので、場所は問わない。
警察も手を出せない。
だが、それを良いことに有権者と揉める。
候補者は、特に知事選に関しては全国何処でも何をしても良いらしい。
文句を言えばこちらが公職選挙法違反で訴えられる。
知らなかった。
だがやっぱりやりすぎはよくない。
インパクトはあるが、敵ばかりを作ってしまう。
そして歌や踊る時は足を止めてもらえるが、真面目に演説した途端に周りの有権者はどこかへ行ってしまう。
あげくには、金持ちの目立ちたがりか道楽としか思ってもらえない始末。
投票日前日の夜マック赤坂氏は、橋本陣営の選挙演説の場に乗り込みパフォーマンスをする。
完全に敵しかいない、アウェーの場所でパフォーマンスをする。
もちろん大ブーイングだ。
当たり前だ。
「同じ供託金300万円を支払い、あなたはこんな大勢の前で演説ができる。
私は同じ供託金300万円を支払っても何も出来ない。
どうか5分でいいからここで演説をさせてもらえないか?」
邪魔をするマック赤坂氏に対し、橋本知事は仕方ないのでこの願いを聞く。
「どうか、大阪府と大阪市を足して2にするのではなく、
小さい政治、1+1=1の政治をしてください。
笑顔溢れる大阪にしてください。」
有権者からはブーイングしか無い中で、訴える。
だが、これも橋本陣営の中では橋本知事の演説のピエロ役にしかならない。
誰にも届かないのである。
結果、惨敗。
大阪府知事は橋本陣営の松井イチロー氏。
大阪市長は橋本氏に。
橋本市長は、市長会見で
「負けた候補者じゃなくて、候補者を応援していた有権者の声は聞き入れますよ。
候補者自体は負けたらジエンドですよ。
落ちたら終わり。
終了ですよ。」
記者の、マック赤坂氏になぜ演説をさせたかという問いには、
「そうしないとあの場が収集つかないでしょ。」
マック赤坂氏の主張された事はなにか覚えてますか?の問いには、
「何もないです。」
…。
負けたらそんなもんなんです。
辛すぎる。
次は東京都知事選に出馬。
安部総理陣営の前でも同じことをする。
ここでは相手にもされない。
それどころか有権者の声援のでかさに、マイクの音が負ける。
まさにコンサートみたいだ。
正直ビックリした。
ミーハーの集まりなのか、同じ志を持った同志の集まりなのかは定かではないが、そんなに人気がある人だとは俺は思ってなかった。
やはり、国のトップに立つ人というのは、カリスマ性がないとダメなんだと知る。
マック赤坂氏は、どうすることも出来ない寂しそうな目をしてずっと立ち尽くす。
そうして、マック赤坂氏の戦いはまだ続く。
という話でした。
別にマック赤坂氏を応援したい気持ちがあるわけではないし政治に興味が出たわけでもないが、少しは真面目に考えた方がいいのかと思う。
でもきっとすぐ忘れると思う。
選挙には行こうかと思うが、誰が何を考えているかも解らないのに投票するのはやはり無責任なので、演説は聞いてみたいと思った。
しかし多数決では絶対に勝てないなら、やはりこの国は変わらないんだろうな。
別に変わって欲しいと思ってもいないです。
これはきっと幸せだからなんだと思う。
以上です。
次をお待ちくだされ🙋
まず始めに、このブログは選挙応援ブログでは無い。
そもそも選挙に行かない俺がこの映画について語るなんて事がおこがましいくらいだが、知らなかったことが多すぎたので書いてみようと思う。
少し真面目な内容になっています。
たぶん読んでもつまらないよ🙋(笑)
橋本市長「負けた候補者の声は聞きませんが、その候補者に入れた有権者の声は聞き入れますよ。」
「候補者は負けたらジエンドですよ。
落ちたら終わり。終了ですよ。」
今の政治に不満がある。
どうするか?
1、家の中でグチる。
2、家の外でガナる。
3、投票へ行く。
4、立候補する。
5、革命を起こす。
立候補する。
この作品は、マック赤坂さんの選挙ドキュメントです。

なぜ、負けるとわかっているのに立候補するのか?
小さな名も無き戦士の戦いみたいな話。
そんな大層な物語では無いが。
立候補したいなら、まず
供託金300万円を支払いたまえ。
もし一定の得票数に達しなければ没収します。
公職選挙法 第92 93 94条
この映画を観ていて、ただ単に生きているだけの俺は日本の政治に不満も希望も持った事がない事に気づいた。
政治家が馬鹿ばっかだと思ったことはあるが、どう変えたいとかどうして欲しい、あるいは日本はどうなって欲しいどうなるべきだ!なんて考えた事がない事に気づいた。
そう考えると政治家は金に負けなければ、初心は立派なものだ。
この映画のもう1人のキーマン
外山恒一さん

彼の都知事選での政見放送を覚えている人は多いだろう。
物凄くインパクトのある演説だった。
外山氏はこう言った。
「選挙なんて少数派には全く意味がない。
選挙なんてものは多数派の祭りだ。」
確かにそうだ。
選挙と言うのは、
地盤(支持基盤)
看板(知名度)
鞄(金)
である。
なので知名度の無い新人が無所属でやっても、知名度の高い与野党の候補者には勝てないのである。
要は、どんなに頑張っても選挙と言う多数決において、少数派は多数派には絶対に勝てないのである。
選挙とは多数決だ。
初めから○○党陣営には勝てない仕組みである。
よく選挙前になるとポスターがたくさん張ってある看板を目にする。
番号が書いてあり、3・4・8・9などが、貼ってない場合がある。
あれはポスターを作る金がない候補者がいる場合もある。
新聞を見ても有力候補者は載っているが、非有力候補者は取り上げられない、差別的なこともあるみたいだ。
本当に知らなかった。
立候補者は3人だけなのかと思っていたら、7人いるってこともあるみたいだ。
それくらい、多数派には勝てないって事になる。
ならば無所属で知名度の無い新人さんはどうすればいいのだろう?
本当に日本を変えられるかもしれない、この映画は2011年の大阪府知事選の模様をドキュメントした作品なので、大阪を変えられるかもしれない候補者はどうすれば有権者に声を届けられるだろう?
地道に演説をしたところで、きっと誰も足を止めないだろう。
俺ならどうする?
あなたならどうする?
そもそも日本人は政治に関心が無さすぎるため、どうしたって真面目にやっている人をバカにして聞く耳を持たないだろう。
日本人は日本を良くすることなんて考えていないのかもしれない。
選挙用紙はただの紙切れだが、日本を変えられる唯一の武器なのに、関心がない。
俺はそうだ。
過去の負の遺産が、そんな簡単に消せるはずがないと諦めている。
俺はそもそも政治自体がよく解らない。
何が解らないかも解らない。
ただ自分が影響をうけると文句を言うだけの馬鹿だ。
知識がないということは、一番の罪だという言葉を聞いたことがあるが、そういうなら俺は罪人だ。
では、日本を変えようと志す戦士は一体どうすれば…。
マック赤坂氏はパフォーマンスという手に出た。
演説をせずに、歌を歌い踊る。
確かにこれなら有権者の足は止まる。
選挙法によって守られているので、場所は問わない。
警察も手を出せない。
だが、それを良いことに有権者と揉める。
候補者は、特に知事選に関しては全国何処でも何をしても良いらしい。
文句を言えばこちらが公職選挙法違反で訴えられる。
知らなかった。
だがやっぱりやりすぎはよくない。
インパクトはあるが、敵ばかりを作ってしまう。
そして歌や踊る時は足を止めてもらえるが、真面目に演説した途端に周りの有権者はどこかへ行ってしまう。
あげくには、金持ちの目立ちたがりか道楽としか思ってもらえない始末。
投票日前日の夜マック赤坂氏は、橋本陣営の選挙演説の場に乗り込みパフォーマンスをする。
完全に敵しかいない、アウェーの場所でパフォーマンスをする。
もちろん大ブーイングだ。
当たり前だ。
「同じ供託金300万円を支払い、あなたはこんな大勢の前で演説ができる。
私は同じ供託金300万円を支払っても何も出来ない。
どうか5分でいいからここで演説をさせてもらえないか?」
邪魔をするマック赤坂氏に対し、橋本知事は仕方ないのでこの願いを聞く。
「どうか、大阪府と大阪市を足して2にするのではなく、
小さい政治、1+1=1の政治をしてください。
笑顔溢れる大阪にしてください。」
有権者からはブーイングしか無い中で、訴える。
だが、これも橋本陣営の中では橋本知事の演説のピエロ役にしかならない。
誰にも届かないのである。
結果、惨敗。
大阪府知事は橋本陣営の松井イチロー氏。
大阪市長は橋本氏に。
橋本市長は、市長会見で
「負けた候補者じゃなくて、候補者を応援していた有権者の声は聞き入れますよ。
候補者自体は負けたらジエンドですよ。
落ちたら終わり。
終了ですよ。」
記者の、マック赤坂氏になぜ演説をさせたかという問いには、
「そうしないとあの場が収集つかないでしょ。」
マック赤坂氏の主張された事はなにか覚えてますか?の問いには、
「何もないです。」
…。
負けたらそんなもんなんです。
辛すぎる。
次は東京都知事選に出馬。
安部総理陣営の前でも同じことをする。
ここでは相手にもされない。
それどころか有権者の声援のでかさに、マイクの音が負ける。
まさにコンサートみたいだ。
正直ビックリした。
ミーハーの集まりなのか、同じ志を持った同志の集まりなのかは定かではないが、そんなに人気がある人だとは俺は思ってなかった。
やはり、国のトップに立つ人というのは、カリスマ性がないとダメなんだと知る。
マック赤坂氏は、どうすることも出来ない寂しそうな目をしてずっと立ち尽くす。
そうして、マック赤坂氏の戦いはまだ続く。
という話でした。
別にマック赤坂氏を応援したい気持ちがあるわけではないし政治に興味が出たわけでもないが、少しは真面目に考えた方がいいのかと思う。
でもきっとすぐ忘れると思う。
選挙には行こうかと思うが、誰が何を考えているかも解らないのに投票するのはやはり無責任なので、演説は聞いてみたいと思った。
しかし多数決では絶対に勝てないなら、やはりこの国は変わらないんだろうな。
別に変わって欲しいと思ってもいないです。
これはきっと幸せだからなんだと思う。
以上です。
次をお待ちくだされ🙋








