おはこんばんにちは。オギです。オギノです。あと4日で引退します。阿鼻叫喚の声が聞こえてきます。

 

本編は、文末のほとんどが句点かつ常体で書かれているので、こわく見えますが、こわくないです。歯剥き出しで書いてます。

 

それはそれで別の意味で怖いです。

とにかく、温かい気持ちでこれを書いているという前提のもと読んでください。

 

引退するのは寂しいけど、3年間やりきった!という晴れやかな気持ちです。今は。今はね。千秋楽後に目水と鼻水をリノに撒き散らしていたらすみません。駒場祭では寒すぎてたまけりM中に鼻水を舞台上に撒き散らしました。最悪です。許せないです。

 

引退ブログの順番が最後から二番目というオギノには重すぎるポジションでしたので、副部長が人々を感動の渦に巻き込む素敵な文章を書くか、オギノマオが脳死で駄文を生成するかちょっとだけ迷いましたが、お察しの通り、駄文が生成され続けています。お付き合いください。

明日のもえこのブログのためにみんなの涙を涸らさずにとっておいてあげる最大限の配慮ができる素敵な副部長です私は。(同時にもえこにはいらんプレッシャーを与えているので最低な人間でもあります。物は捉えようですね)

 

 

オギノのことを知らない人はいないと思いますが(自意識過剰)、軽く自己紹介だけしておきます。

 

呼び名:オギ(48%)、オギノ(40%)、まおちゃん(4.5%)、まお(2%)、オギオギ(2%)、おまお(1%)、まおたん(1%)、オギノネキ(0.5%)、たまころちゃん(0.5%)、ニャー(0.5%)

年齢:22歳

身長:小6からずっと158

足のサイズ:小4からずっと23.5

すきなたべもの:餃子、牡蠣、アボカド、らみょん

苦手なこと:高いジャンプ(地面と平行方向には結構跳べるんですが...)

 

二階堂(そーる)のブログでバラされたので白状しますが、ブラコンです。インスタのストーリーで時折漏れ出ているのでばれているかもしれませんが、ブラコンです

 

二階堂は私のLINEの登録名を「とんでもねぇブラコン」にしています。変わってました。「ぼけにゃんこ」になりました。「ぼけにゃんこ」は、私の母による愛猫の呼称です。二階堂の前でおもしろ単語を繰り出すとLINEの名前がそれになるので気をつけてください。

 

ブラコンの話に戻りますが、私は2人姉弟で、2歳下の弟がいます。現役で入学した23期は弟と同い年です。複雑な気持ちになります。

弟が一人暮らしのために引越し、両親と別れる時に声をあげて泣いてしまったというエピソードだけで飯5杯いけます。普段飄々と生きてる弟が寂しくて泣くなんてあまりに尊いです。無理。先日ハタチを迎えた弟は珍しく電話をかけてきて、1時間以上話しました。かわいいです。尊いです。

 

我ながら気持ち悪いです。

 

私が留学に行くことになったら、←12/15に学内選考受かりました。ほぼ確定で8月から1年間シンガポールです🇸🇬よって弟と同じタイミングで学部を卒業します。あれれれ。両親は両大学の卒業式の日にちが被らないことを毎日神に祈っているようです。

 

本当にどうでもいい前置きに1200字も使ってしまいました。

以下本編です、どうぞ

—-----------------------------------------

 

普段多くを語らないオギノが、ここぞとばかりに自分を曝け出した問題作です。個人への感謝の気持ちを公衆の面前で出すのは恥ずかしいので、手紙に書きます。よってこのブログは、オギノの鬼の自分語りになります。ご容赦ください。

オギノがどんな人間かはごんちのブログに大体全部書いてありましたのでそちらをどうぞ(怠惰)→ごんち引退ブログ


 

全部書いてみて思ったんですが、あまりにも事実描写が多い。みんなが聞きたいのは多分目に見えてこなかったオギノのコアな部分なんだろうなと思いつつも、まあオギノらしいからいいかな(ハナホジ)と思っています。ゆるしてにゃん♡

 

私は、自分のマイナスの気持ちを他者に伝えるのが苦手なんですよ。まあそもそもめったに負の感情を抱かない人ではあるんですけど(オギノAI説加速)。

マイナスな気持ち吐いたって誰も得しないと思ってるし、オギノの気持ちはオギノにしかコントロールできないので、勝手にマイナスな方向に向かうだけ無駄だと思っているため、基本的にはただただメンタルの強い自己肯定感爆強マンとして生きております。

 

というわけで、実はあのとき辛くて...とか、こんな思いをして...みたいな感情揺さぶられるエモブログ要素はないです^^先行謝罪^^

 

とはいっても、生まれてからずっとそんなメンタルなわけなくて、人生で一度だけ、大きな挫折を味わってから何もかもかすり傷になった、というのが正しいですね。それが何かは読み進めればすぐにわかります。

 

 

 

十数行前の私「以下、本編です」←大嘘で鬱

 

今度こそ、本編です。

 

—-------------------------------------

 

奇跡

2020年3月10日、1文字の英字と5桁の数字の組み合わせが羅列されたパソコンの画面をただぼんやりと眺めていた。わかりきった結果だった。「ああそうだよな。」不思議と涙は出なかった。あってほしかった番号はそこにはなかったのに。

 

2021年3月10日、今にも飛び出しそうな心臓の鼓動を抑えながら、1文字の英字と5桁の数字の組み合わせが羅列されたパソコンの画面を食い入るように見つめていた。あってほしかった番号はちゃんとそこに佇んでいた。涙が止まらなかった。息が上手く吸えなかった。震える手の力を振り絞って、すぐさま父に電話をした。父の涙を見たことは人生で一度しかなかったが、電話越しの父は声を殺しながら泣いていた。母からも電話がかかってきた。第一声から、母の声は涙に濡れていた。

 

そう、私は一度東大にフラれている。東大の壁が高かったからじゃない。私が東大とは不釣り合いだったからだ。

 

数学が120点満点中8点だなんて、どう考えても受験者最低点を取った自信がある。

物理も19点だった。60点満点で。おしまい。

合格者最低点に64点も足りないなんて、背伸びにも程があったのだ。東大から突きつけられた不合格者ランクはE。最低ランクである。「お前に東大は無理だぞ。」そういうメッセージだった。

 

だがしかし、もう一年やれば受かるだなんてどこにそんな自信があったのだろうか。幸か不幸か世間知らずな田舎っ子の私は浪人することを決めた。というか東大落ちたら浪人するとずっと決めていた。(傲慢なので自分が伸びないのは高校のせいだと思っていたから、一年東京出て最高レベルの受験教育を受けてダメだったら諦めがつくと思った)

 

偏差値53の公立女子高校に別れを告げ(意外なことにオギノは女子校出身である)、18年暮らした栃木の端っこを飛び出し、板橋区役所前駅を最寄りに寮生活をしながら東京で予備校(駿茶3号館)に通った。今でも練習で三田線に乗るとあの頃を思い出す。そういえば三田線ってガチで混むから1年間で席に座れたのは元日の一回だけだったんじゃないかな。やば路線。てか元日から電車動かしてくれてる人がいるってすごい。感謝しかない。元日ぐらい止めていいよ。みんなおうちでぬくぬくしよう。

 

コロナ1年目ということもあり、22年間の人生の中で最も辛く苦しい1年間だった。辛かったことだけは覚えている。このメンタル最強かつ忍耐強いオギノが辛いと感じたんだから相当だと思う。友達もいないし、毎朝通る水道橋の交差点はキラキラ眩しい桜蔭生で溢れかえっているし、楽しみといえば寮の朝ごはんが出ない日曜日の朝に水道橋のマックで朝マックを食べることぐらいだった。思い返してみれば、当時もしかしたらFreeDの桜蔭生の誰かとすれちがってたかもしれない。アツいねー

 

ちなみに浪人生時代は毎日2種のお昼ごはんをローテーションしていた。セブンイレブンの舞茸おこわおにぎりと、セブンイレブンのバタースコッチ。本当にほぼそれしか食べない1年だった(おしまい)。こんなこと言ったら明日セブンからこの2商品だけ消えちゃうかも。ファンによる買い占めで(驕り)。

 

そうこうして1年間なんやかんや頑張ったおかげか(伝わらない1年の重み)、私は創立百数年の母校史上2人目、理系としては初めて、38年ぶりの東大合格者となった。地元の小さな町の英雄の爆誕である。ちなみに数学は64点だった。一年浪人して2次試験の数学の点を8倍にし、2次試験の総合得点を88点も上げた人間は、なかなか珍しいんじゃないかと思う。他にいたら紹介してほしい。

 

 

浪人時代の予備校のクラスには23期おじゅんがいた。彼女とは、合格発表の日に共通の友人を通して知り合った。大学でダンスサークルを探していた私にFreeDという存在を教えてくれたのは何を隠そう彼女だ。一緒に体験練習にも行った。でもおじゅんは抽選で落ちた。つらい。うー

 

彼女がいなかったら、私はFreeDの存在を知らずにBoiledに入ってHiphopかLockでもしていただろう。全FreeD民が感謝すべき存在である。これを読んでいる貴方は、今おじゅんに思いを馳せながら拍手してほしい(傲慢)。

 

私がFreeDに入ったのはこうした奇跡が重なったからだ。といつも思う。あの時浪人せず受かっていた大学に進学していたら。浪人しても合格せずにおじゅんと知り合ってなかったら。…考えるだけで冷や汗モノである。ぶるぶる。

まあでも偶然って必然ですから、奇跡と思えるこの状況もただの定められた運命なのかもしれませんが(友達いなくなるぞ)。

 

 

 

 

なぜ引退ブログでこんな話をしたかって?

それは私が22期としてFreeDに入れたことが、本当に幸せなことだと思っているからだ。

 

FreeDで過ごした3年間は、私の人生にとって大きな意味を持つものだと思っている。なぜなら今までの人生では出会えなかった、多様で素敵な人々に出会うことができ、そんな人たちと仲を深めることができ、今後の人生も共にしていきたい友人と出会うことができたからだ。

 

そしてそんな人々と一緒に何かを作り上げるという最高の青春ができた。高校のダンス部でそこそこ青春したから、大学生になってそれを上回る最高の青春ができるなんて思ってなかった。最高だね

 

 

22期のいいところをあげたらキリがないが、私が特に感じていることをば。

 

まずひとつめは視野が広くいろんなことに気づいてくれる上に他人を思いやる気持ちがあり、それを言葉でしっかり伝えてくれる人がとても多いところだ。

 

「お疲れ様、いつもありがとう」から始まるLINEやslackの文面。しんどい時期にそれを察してかけてくれる「今大丈夫?無理せず休んでね」という言葉。それらに何度救われたことか。

 

周りを見る力、他人の視点に立って考える力を持つ人々に囲まれて、自分自身も、そのような人でありたいと強く感じた3年間だった。(関係ないが、普段の学習で人を生物学的にヒトとして扱うことが多く、パソコンの自動変換がいちいちヒトになってしまって困っている。)

 

ふたつめは、異なる意見を受け入れつつ自分の意見をしっかり伝え、建設的に議論できる人が多いところである。

 

これまでの人生では、どうしても議論の場になると感情的になってしまったり、異なる意見を攻撃してしまったりする人が多かったのだが、22期は一人一人が冷静で、広い視野を持って、他人に流されることなく議論の場に立っていて、他人の意見を否定することなく、勝手にヘソを曲げてしまうこともなく、自分の意見を過不足ない言葉で伝えていたのが私にとってはとても衝撃的だった。互いへの信頼関係あってのことだと思うし、そんな人たちと意見を交わし合いながらひとつのコミュニティを運営し作り上げる経験は、この先もなかなかできるかわからない貴重なものである。

 

そしてなにより、相手のありのままを受け入れ、認めてくれるところである。

 

私は昔から、自分に付与された肩書き「らしさ」に盲目的に従って生きるのが嫌いだ。女性らしさ、男性らしさ、大人らしさ、東大生らしさ...この世界は、誰が決めたかもわからない「らしさ」で溢れていて、それは私たちの中に無意識のうちに巣くって根を生やしている。

 

「らしさ」って何やねん、そんなもん誰が決めたんや、なんでそんなん押し付けられなあかんねん、そんなもんぶち壊してやるわ!!(エセすぎて安井を筆頭とする関西のみなさんに怒られそう)

そんな思いで、自分が生きやすい在り方を選んできた私は、はたから見たら「普通じゃない」人に映っているんだろうなと、ずっと思ってきた。

 

でも、22期のみんなは、そんな私のことも、他の仲間たちのことも、変な色眼鏡をかけたりせずに、その人のありのままを受け入れ、認め、接してくれた。そんなみんなのあたたかさに、たくさん救われた3年間だった。みんなのおかげで、私は自分史上最高に自分らしく、3年間過ごせたんじゃないかな。感謝が尽きません。ありがとう。

 

22期のみんなと出会えてよかった。それが私がFreeDを引退するにあたって最も伝えたいことである。この奇跡を、私はこの先の人生も大切にし続けていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩①

終わると思った?まだおわらないよ^^あと10000字以上あるようふふふふふふふふうううふううふうふふふ

 

合法的に人々に自分の文章を読んでもらう機会なんてもうそうそうないだろうから、この際色々書いちゃおーって思って死ぬほどかくよ^^覚悟してね^^

 

まあでもなんかみんなが知らなかったこととか書けたらきっと引退ブログとしての体裁を保てるんじゃないかな〜そんな気持ちで書いてみようと思ってるよ、思ってるだけだけど

 

 

 

ねえオギノさん、引退ブログって大体FreeDに入ったきっかけとか、FreeDで出た各Mひとつひとつ振り返ってお世話になった人に感謝とか述べるんだよ?そんな声が聞こえてきた(幻聴)。ここはひとつその声に屈してこれまで出たMと合間に出た外部ナンバーの一覧でも載せておこう。これがオギノの大学ダンス史である。

 

1年生

・DN&駒場祭 ひなM (Freestyle)

・駒場祭 くるんM (Lock, 1年M)

・公演 OP (Jazzのみ出演 (!))

・公演 きょんたM (RB)

・公演 そいM (Freestyle)

2年生

・外部 まさナンバー (Lock)

・新歓&五月祭 OP (Lock)

・新歓&五月祭 こはるんM (Lock)

・新歓&五月祭 かににM (Jazz (!))

・新歓&五月祭 ぎりM (Lock, 2年M)

・DN&駒場祭 ともごんM (RB)

・DN&駒場祭 おでぃM (Lock)

・DN おぐる寺Lockin’ 倶楽部 (Lock)

・DN&駒場祭 すずきゆうきM (All genre)

・DN&駒場祭 YOSHIOKA FREESTYLE (Freestyle)

・DN 呪術高専FreeD校 (ガチコスプレガチダンス)

・DN 2女 (パラパラ)

・DN Mic Drop (BTSコピー)

・駒場祭どぅM (RB)

・駒場祭ひなM (Freestyle)

・公演 ぼんぎM (RB)

・公演 こけはるM (Lock)

・公演 RichM (Hiphop)

・外部 Daichi&Sally number (Lock)

3年生

・新歓&五月祭 ぎのごんM (RB)

・新歓&五月祭 おるM (Lock)

・新歓&五月祭 3年M (Jazz)

・五月祭 じゅりM (SoulLock)

・外部 その箱はパンドゥ~ラnumber (宇宙)

・DN&駒場祭 こたまるM (Lock)

・DN&駒場祭 たまけりM (Freestyle)

・DN&駒場祭 こゆるM (Lock)

・DN 3女(ソーラン節)

・DNMC H&G(soul)

・DNMC 点描の唄(歌唱)

・DNMC あたおか部(ロイホ店員)

・外部 YUKA number (Lock&Soul)

・公演 OP (Lock)

・公演 おじぎM (RB)

・公演 おじゅM (Lock)

・公演 3年M (Jazz)

 

3年間で、40近い演目で人前に立ったのか...改めて数えてみて驚いた。2年代のDN駒場祭はバグである。良い子は決して真似しないように。

 

さてここからひとつひとつ振り返りを...と言いたいところだが、文字数と記憶の関係で割愛する(え?)ので、みなさんの想像にお任せする。

 

聞きたいことがある人はオギノとあそぼうね❗️(それかLINEやらDMやらで質問飛ばしてください)

なんか多くの後輩ちゃんからびびられてる気がするんだけど^^;、オギノと遊んでくれるなんて嬉しいから喜んでついていきますようふふふふふふえへへへへうふふふふえへへうえふ

 

 

 

 

 

M責

FreeDでは、4回えむせきをさせてもらった。ありがたい話である。

・2022新歓2年M ぎりM(Lock)

・2022公演 ぼんぎM(R&B)

・2023新歓 ぎのごんM(R&B)

・2023公演 おじぎM(R&B)

私のアイデンティティである「ギ」がどのM名でも死守されており、満足である。

 

そういえば、21,22,23期全てに相方がいるのはめずらしいのでは?(同期でこの状態なのはさわちゃんぐらい?)先輩と作る頼もしさ、同期と作る安心感、後輩と作る責任感、全て経験できたのはオギノ的にとてもよかった。

 

とはいえ21期のぼんずと組んだ時は、お互い2001年の代のガチ同い年だったからすぐ友達に昇格したし、23期じゃけと組んだ時も友達としてやろうやみたいな感じですぐ友達になってしまったので、実質4回とも仲良しの友達と作っただけでした。あれれ。

 

同い年だと錯覚していたじゃけが成人式の話してたときは戦慄しました。我もう22ぞ...?

 

 

 

話は変わるが、実は同期の中には、私の4つのM全てに出演したトップオブオギノファンが2人いる。だーれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

答えはごんと二階堂である。(身内じゃねーかー!)

なーんだふたりともオギノのこと大好きじゃん。かわいいね。

OPの振り師をM責に含めたら、真のトップオブオギノファンは二階堂である。おめでとう。かわいいね(?)。

ああちょっとK先さん嫉妬しないで。私が一番のファンだって?わかったわかった。

 

 

(何事もなかった顔で)

どのMも思い出深い。えむれんの様子やさまざまな思い出が、ありありと思い出される。楽しかったなあと思う。多分辛いこともたくさんあったし、しんどくて何もしたくないこともあったけど、ほとんど覚えていない。

 

そう、私オギノは負の感情や思い出を容易に忘れることができる便利な人間なのだ。精神的にちょっと病んでしまうこともなくはないけど、たいてい寝たら治っている。便利〜〜〜〜

 

というわけで、幸か不幸か、えむせきをしたことの苦労は特段話すことがない。というか話したくない。過去の負の感情に支配されることほど無駄なことはないのでね。やっぱ目を向けるべきは美しい過去、今この時、そしてまだ見ぬ未来ですよ。ええ。(?)

 

オギノは舞台に立ってエンターテイナーする方が向いてて、作品を作るのはそんなに向いてなかったと思っている。でもその中でもない頭を振り絞って振りや構成を考えるのは楽しかったし、M責という仕事は超絶完璧主義な自分の性格上割と向いてたし、何よりどのMでもメンバーに恵まれて、みんなの頑張りと成長を一番近くで見られたことが幸せだった。中でも特に2回の公演R&BのMでは、本当にメンバーのみんなが作品に、ダンスに真摯に向き合ってくれて、たくさんたくさん努力してくれた。

 

ぼんぎMの時の23期、おじぎMの24期は本当にすごい。自分が1年の時は振り難しいなあぽやーん、踊れてないわけじゃないからいいやーぽやーんぐらいで、めちゃくちゃ踊り込んで自分で研究して頑張った!みたいな記憶がない(先輩ごめんなさい殴ってください)。だから本当にすごい。

 

一番若い代が頑張ってくれて、それに背中を押されるように上の代も頑張って、みたいな正のフィードバックが働いて、すごくいい循環が生まれていたように思う。これまで私のMに出てくれたメンバーのみんなには感謝が尽きない。ありがとう。

 

 

ちなみにオギノはR&BのMを3回作ったが、これの皆勤賞は

22期:ごん、二階堂、ゆん(!)

23期:りほ、じゃけ

である。みんなオギノファンってことだ。うれしいね。

ああK先さんわかったって。静かに。

(注:K先がうるさいオタクのような描写が続いていますが、まあそれはそうなんですが、今は普通にただの仲良しであることを報告いたします)

 

 

 

最後にちょっとだけ真面目。私のM責としての一貫したモットーは、「楽しみながら全員が成長できるM練を作る」、だった。達成できたのかしら...

わからないけど、そのためにできることはやったと思う。特に最後のM、おじぎでは、これでもかというほど自分のダンス観を詰め込んだM練を展開した。あくまで個人の見解にすぎないけど、自分が今持ってるものを置いてこれたんじゃないかな。おじぎのみんなは期問わず爆裂な成長を見せてくれて、とっても嬉しかった。

 

23,24期の吸収力は凄まじかったし、22期も、なーんだまだこんなに伸び代あったんじゃん!と思うくらい成長してくれたし、みんな最後の最後まで自分に甘んじず頑張ってくれた。ありがとう。

 

 

あとおじぎのみなさんはテンションと様子のおかしいえむせきを優しく見守ってくれてありがとう。OBOGさんがいなかったので一生調子乗ってた^^

初回練で血液型の割合を調査するえむせきも、決起会で好きな地下鉄を聞くえむせきも前代未聞だったと思いますが、なんかみんな楽しそうだったので満足

 

あとは完璧主義者で一貫性オタク(ともち談)なので、特に2回目の公演えむせき、おじぎの時には仕事面では完璧なえむせきを目指し続けていた気がしますね。30人の半年間を奪うんだから、それ相応の作品や練習にしなければならないという責任感が人一倍強かったんじゃないかな。典型的なISTJ^^

 

(MBTIを布教しまくる某後輩の影響で私も身内にMBTI布教した時期あったな。学科の授業でやってるビッグファイブ理論に通ずるところもあって、そのへんの誕生日占いとか血液型占いとかいう何の根拠もない性格診断に比べたら信憑性はあると思いますよ。知らんけど。

世界中の人間が16タイプにきっちり類型化されるわけはないんですけど、自分の性格のざっくりした方向性みたいなものはつかんでいるように思います。でもこれも思い込みなのかもしれない。わからないね。結局人間は自分中心の視点でしかものを捉えられないんですよね、どんなに多角的な視点に立とうとつとめても、結局これまでの自分の経験などなどに基づく無意識のフィルターで世界を眺めることしかできなくて、それに気付いたときにもどかしい気持ちになる日々です。

 

やばい、思想すぎ。オギノは日々己の右腕から漏れ出る思想と戦っています。静まれ俺の右腕

1年ぐらい前に日記とかはじめてみたくなってはじめたけどその日浮かんだ思想しか書けなくてやめました)

 

 

最初にアンケートをとってみんなの希望出演量を調査したり、スプシでみんなの出番や上手下手裏動線を徹底的に管理したり、毎回分刻みのタイスケを作ったり...(普通にやってることキモくて鬱)

 

メンバーが作品に関係のないところで不満を持ったり気を取られたりせず作品に集中できるよう、さまざまな面で入念に準備していたし、作品の面では努力や出席率や経験に対して「公平な」M作りに異常なほどこだわっておりましたね。いらんこだわり強すぎるやばいやつだったかもしれないけど、自分の中でのポリシーを貫き通せたので満足です。

 

オギノが特殊思想&性格だったからこんなふうにしてただけであって、えむせきの仕事を完璧にやろうとすると自分を苦しめるだけなので、良い子は真似しないようにね。正解のM責像なんてないですから、みんなのびのびやっていいしほどほどでいいんですよ〜

 

 

ジャンル

オギノはLockerか?R&Berか?(jazzはどうしたjazzは)

これも方々で議論され続け、ちょっとした戦争になりかけたこともある(ない)。

本人の口から答えを述べる時が来たようなので、これを読んでいるあなたの中で答えが決まったら下にスクロールしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えはLockerである。

 

ああ、ぼんぎ界隈の人、ぎのごん界隈の人、おじぎ界隈の人、落ち着いて。これにはちゃんと理由がある。

 

もちろんどっちも同じくらい好きだし、同じくらいの期間やってきた。

R&Bは1年の公演からスタートして計5M(DN駒祭非正規除く)、Lockは1年Mから始めて計8M(DN駒祭非正規除く)出演した。(詳しくは休憩①で書いたオギノ年表を参照願いたい)

 

R&Berを名乗らない1番の理由。

実はR&Bをちゃんと教わったことはないのだ。2年になる時に、たまたま21期のぼんちゃん(ぼんず)が公演M責に誘ってくれて、そこで慌てて色んな人の動画を見たりちょこっとだけレッスンに行ったりしただけなのだ。あとは好きなダンサーさんの動画は見続けてるけど完全に自己流。R&Berを名乗る資格はないと自分としては思っている。

 

一方でLockは、外部ナンバーに3回出た。好きな先生のレッスンも一時期そこそこコンスタントに通った。18期の偉大なLockの先輩と1年近く、毎月練習をしている。R&BとLockに対する気持ちは同程度でも、明らかに積んだ経験が違う。よってオギノはLockerである。Q.E.D.

 

だからといって、R&Bへの愛がないわけではない。じゃなかったら公演M責なんてやらない。

 

(感情系)R&Bは、自分の得意だったことが存分に活かされたジャンルだ。当て、止め、感情表現。自分にハマりやすいジャンルだった。(オギノは高校でストリートダンスもどきを始めたが、なぜか初手からヒットのようなものが打ててしまったし、ストップのようなものもできてしまった特殊体質なのだ。)だから自己流でもなんとか形にはなったし、お世辞でも私の振りを好きだと言ってくれる人がいたから、ここまで好きでやってこれた。ありがたい話だ。自分をR&Berだとは思っていないが、R&Bを作れてよかったし、今でも大好きなジャンルだ。

 

まあでももう一回ぐらいLockのM作りたかったかもな、とたまにふと思う(あんた過去は振り返らないんじゃないのかい)。元々引退公演はLock作るってずっと宣言してたんだけど、Lockは同期の人材豊富だったしやっぱり自分にしか作れないR&Bを作り切って、引退公演は自分のR&Bで、FreeD生活終える方がいいかなって思って悩みに悩んでR&Bを作ることにしたんだよね。だからせめて、って感じでOPのLockをやらせてもらったの。優しいみんなに感謝だよね、ほんとにね。引退公演で少しでもLock作れて嬉しかった。ありがとう。

 

というわけでLock振り作りモチベがありあまりまくりom shanti(24期には伝わらないネタ)なので年明けたら踊る会でもしましょうかね。1/14(日)の夜に1回目やることが決まりました。ぜひ来てね。

 

RBとLockしかしないFreeD生活だったけど(jazzはどうした定期)、どっちのM責やろうか迷うなんて贅沢な話だよね。今考えたら。両方やるチャンスをくれてありがとう、の気持ちです。そして出てくれたみなさん本当にありがとうございますの気持ちです。

 

 

 

ボイキャス

あぶない忘れるところだった。このトピックの書き忘れに気づきました(12/16)。

 

後輩ちゃんたちにはあまり知られていないかもしれないが、本当にありがたいことに、3年間ボイキャスを務めさせていただいた。

 

2021年 ”Hello, myself” レイラ役(メインキャスト)

2022年 ”Netherworld” あおい役(メインキャスト)

2023年 ”Яeflection” 母役、ロゴス生徒役、ロゴス煽動者役(おじゅ曲中のみ)

 

メインキャスト2回もやらせていただけるなんてありがたすぎ恐れ多すぎ。ここ3年間のFreeDの公演はオギノの声まみれ。こわいねー

 

普段の声が低すぎるため、ボイキャスの声でよく驚かれる。特に去年のあおいちゃんとか、おま誰案件。オギノ実は結構高い声から低い声まで出るんですねー

今年の生徒役とか煽動者とか気付いた人いるのかしら、いたら自信満々に教えてくださいね

 

ボイキャスはね、ほーーーーんとに楽しい。ちょっとでも興味ある人はぜひ応募して欲しい!!!

 

ダンス以外のところで作品を彩ることができるの。自分の声でキャラクターたちが動いてくれて、物語が進んでいくの。そりゃもう嬉しいったらない。おかげで3年間、ダンス以外のところでもさらに公演を楽しむことができた。2021公演まほMあたりのレイラの声を聞くと、シーンの内容も相まって我が声ながら感動する。

 

2022公演のメインキャストコンビ、あおい(cv.オギノ)とヴィオス(cv.二階堂)が2023公演で双子の両親に転生してるのもオタク的激アツポイント。しびれるーーーー

 

私をボイキャスに選んでくださって、とっても貴重で素敵な経験をさせてくださった関係者の皆さん、本当に楽しかったです、ありがとうございました

 

 

 

執行

実は私は副部長をやっていた。(えー!)

執行の仕事は本当に大変で、M責との両立がしんどくて...

 

 

 

なんてことは全くなかった。本当になかった。なんで?

コンスタントにやった仕事なんてFreeD通信発行することぐらいだよ。執行ってライターなん?

 

よく副部長もやっててすごい、いつもありがとうなんて声をかけてもらってたけど、内心、「いやほんとに何もしてなくて...」と謝り散らかしていた。

 

22期の執行が決まって、幹部代の準備が着々と進んでいる時、執行はどのような立場・役割であるべきかという話し合いがあったと記憶している。そこで一致させた見解は、「執行は、常に全体を見渡して、どこかに不具合がないか、遅れがないかを見る仕事。不具合や遅れがあったら、都度担当者に声をかけ、必要な場合だけ具体的な仕事に手を貸す」といったようなものだったと認識している。

 

よし、常に冷静で広い視野を保って、22期全体の調整役頑張るぞ!当時の私はそう意気込んだ。

 

 

2023年1月、さあ22期の代がはじまりました!

あらスムーズ〜〜〜〜〜〜〜。

なんも手出すことないや。そんな感じで引退まできてしまった。仕事の面に関しては、本当に各所が責任持って連携とって上手くやってくれて、大きな不具合とかとんでもない失敗なく来れたんですよ。本当はあったのに記憶失ってたらごめんだけど。ほんとにすごい。みんなありがとうだいすきだよ!?(突如爆発する愛)

 

というわけで、私が執行としてした仕事として覚えているのは、

 

22期の代の土台作り(目標設定、役割分担などなど)、新入生抽選のあれこれの議論や業務、FreeD通信ライター、イベント当日の運営補佐、有事の際のサークル方針決定(コロナクラスターの時とか)、各所で生じた問題に第三者として介入、イベントごとにイベント班にプレゼント渡すおばさん

 

ぐらいのものだった。なんてこった。

 

私が副部長のおしごとで苦労せずに済んだのは、もちろん優秀な22期のおかげであるが、それ以上に、一緒に執行として1年間走り抜けてくれたもえこ、のるのおかげでもある。

 

本当に2人が執行で良かった。執行はさんこいち、をモットーに、いつも情報を共有し合って、たくさん話し合って、時には3人で仲良く遊んで。価値観が似ているところが多かったのもあって、ほんとにさんこいちだった。しゅき〜〜〜〜〜!!!!執行旅行リベンジしようね、まだまだたくさんあそぼうね!

 

もえことのるはね、本当に素敵な人で、本当に優秀なんですよ。ご存知だと思いますけど。あとねー、紡ぐ言葉が本当に丁寧で、思いやり感じる。優しくて思慮深くて優秀で、そりゃ好きになっちゃうよね!しゅき〜〜〜〜〜!!!(重い愛)

 

執行の価値観が似てると思想が偏っちゃうリスクが大いにある中、常に自分とは別の立場や視点を想定できていて、同じ物事を多角的な視点から捉えられるようにいつも配慮していて、いつでもサークルみんなの幸せのために動いてくれてた。22期の目標として、最大幸福を目指すというのがあったけど、まさにそれを目指して、いつ何時でも考え、行動してくれてた。だし、いろんな物事の伝え方や言葉選びにもすごく気を遣っていて、そんな2人だったから全体が険悪な雰囲気になってしまうこともなく、22期のあたたかい空気感が作られていったんじゃないかな。

 

基本的な仕事はslackでやってたけど、やっぱり公にできないいろんなこともあって。むしろそっちの方が多かったかも。そんないろんなことが詰め込まれたLINEを見返していたら、副部長として何もしてないとかさっき言ったけど、案外結構やってたかもね。たくさん頭使って、たくさんFreeDのこと考えて、たくさんメンバーのこと考えて。そんな執行だったね。助けたい人全員を助けてあげられなくてもどかしい思いをしたこともあったし、執行内で意見が食い違うこともあったけど、信頼している2人だったからこそなんでも言えたし、なんでも受け止められた。

 

1年間、ずっと仲良く、強い信頼関係の中で執行としてサークルを作っていけたのは、2人のおかげ。2人と一緒に執行やれて幸せでした。私が2人の支えになれたかはわからないけど、2人は間違い無く私の支えでした。ありがとう。私たちに執行を任せてくれた22期のみんなも、ありがとう。ついてきてくれた23,24期のみんなも、ありがとう。

 

 

 

休憩②

なんか引退ブログっぽくなったかも!結局大真面目に書いてますねー

私のFreeD人生を振り返った時の、特に大きな4トピックについて書かせてもらいました。

ここまで来たら最後まで読んじゃお♡♡♡♡

 

 

せっかくの休憩なので、最近ハマっていることでも書いておこうかな。

 

最近は、ペンシルパズルとかのパズルの類にハマっています。昔からそういう類のものは好きで、マインスイーパとかありえないぐらいやりすぎて割と誰にも負けないぐらいのタイムでクリアできます。挑戦者求ム👊👊👊

 

イラロジとか数独とか立体ピクロスとかもめちゃくちゃやってました。今は駒場祭のパズル同好会の配布冊子で出会えたぬりかべや囲いパズルを一生やってます。手紙書かなきゃいけないのに一生やってます。やめられないよーーーーーーーー

 

物事を勧められたら興味を持ちやすくてハマりやすいのが私の弱点なので、軽率に趣味を布教しないでくださいね❗️(特大フラグ)

 

 

 

 

最後は、FreeDを離れてとっても個人的なお話。興味のある人だけ、ぜひ

 

 

 

舞台

オギノが大学に入る前どんなダンスをやっていたか、よく聞かれる。

これを読んでいるみなさんには特別にお話しよう、私のダンス遍歴(舞台遍歴)を。

 

 

4歳か5歳のとき。バレエを始めた。先生が怖くて耐えられなくて7歳ぐらいでやめた。(小心者でかわいい)

 

小学2年生。ミュージカルを始めた。あとで話すが、私の人生の大半はこれで出来上がっている。

 

中学2年生。タップダンスを始めた。無謀にも映画のタップダンサーオーディションを受けたりした。

 

中学3年生。ジャズダンスを始めた。(びっくりでしょ?私は元々はジャザーなんですよ。ミュージカルもジャズとバレエを基本にしたダンスですからね。)高校進学を機にタップはやめた。

 

高校1年生。ダンス部に入部した。イベントに向けてストリート系のダンスを(カバーが主)、大会に向けて創作ダンスをやっていた。

 

高校2年生。受験に専念するため、10年間続けたミュージカルをやめた。

 

高校3年生。部長としてダンス部を引退した。高校卒業を機に、ジャズダンスもやめた。

 

 

こんな感じである。バレエ、ミュージカル、タップ、ジャズ、ダンス部、の期間が複雑に絡んでいるため説明が難しいのである。だからいつも、4、5歳ぐらいからゆるく〜と答えている。

 

こうしてみるとわかると思うが、ストリートダンスをちゃんとジャンルとしてやったのは大学から。意外でしょ?

 

でもどっかで書いたとおり、高校でK-POPとかのカバーダンスで初ストリートもどきをやったとき、割と初手からヒットは打てたしストップらしいものもまあなんかできてしまっていた。恐ろしい子っ!

 

だからきっとまあなんかダンスにセンスというものがあるとしたら、多分ある方だったんだと思う。

 

 

 

私の人生は、舞台なしでは語れない。これまで何度舞台に上がったことか。ざっと計算しても100いっているのではないか。

 

舞台に立つことが、お客さんが自分のパフォーマンスに引き込まれている姿を見ることが、多分どうしようもなく好きなのだと思う。

 

中でも、ミュージカルには、私の青春の多くを捧げた。毎週日曜日に7時間の練習をし、本番直前期には9時~21時の12時間練。それを10年間。昔から私には休日などなかったらしい。

そりゃ小学生のときからこんだけ練習してたら、体力もつくし精神力もつきますよ。こうして最強のオギノが爆誕したってわけ❗️

 

単なる地元の習い事としての市民ミュージカルだったけど、脚本演出の先生、ダンスの先生、アシスタントの先生、衣装さんなどたくさんの大人が関わってくれて、毎年オリジナル脚本で公演を打って、さまざまなイベントでステージに立って。小学生から高校生、大人までがみんなで仲良く、真剣に、作品を作り上げていた。楽しかったなあ。(月謝は1万ぐらい払ってもらってた気がする。まみーぱぴーありがとうございます...)

 

高1で主演を務めた作品では、アンドロイドとして物語を生きた。表情にも動きにも制約がある中で表現し伝えなければならない難しさ。途中のソロ曲の中で「心」を手に入れるんだけど、それをどうやって表現するか。難しかった。だって歌ってる途中なんだもん。体の使い方、目への光の宿し方、表情、歌い方。どうやったら「変わった」と思わせられるか。たくさん考えて、たくさん研究した。10年間のミュージカル人生の中で、一番難しくて、でも一番好きな役だった。オギノのダンスの探究心、表現の探究心は多分ここから来ている。私がFreeDにおいて表現を求め続けたのも、感情系RBが割と向いてたのも、多分ミュージカルの影響が大きい。

 

 

引退したら、舞台に上がるチャンスがグッと減ると思うと、恐ろしいなー

 

多分私は一生舞台から離れられないと思う。死ぬまで踊り続けたい、ガチで(70代でもできるダンス教えてください)

 

そんなことを思っていた数ヶ月前にバチバチにロックを踊る50代の女性(instagram:dream_satokoさん)の動画をインスタで見つけて、私もこうなりたいって思ったんですよ。いや本当に高校生と遜色ない踊りで力強くて...!

 

バチバチにLockやRBを踊る50代目指して、今後もやっていきたいと思います。たまに誘うかもしれないので、そのときはまた一緒に踊ってね。

 

 

 

バックグラウンドも違う、目指すものも違う、置かれている状況も違う。そんな人たちが同じコミュニティに集まって、時が来たら離れていく。別れは必ず訪れるものだ。永遠などこの世にはない。

 

でも、だからこそ、思い出は美しく輝くのだと思う。終わりがあるからこそ、その時間がかけがえのないものになるのだと思う。

 

FreeDは、まちがいなく私のhomeで、そこで過ごした3年間と、そこで出会った人たちと過ごした3年間は、全部かけがえのない時間だった。そう思えるほどに、FreeDは素敵な人たちの集まりで、幸せが溢れていた。

 

もちろん苦しいこともあった。やめたくなることもあった。けど、喉元過ぎれば熱さを忘れるのかもしれない。そういうのも含めて、いい経験だったな、と思える自分がいる。

 

人生に無駄な時間などない、というのが私の持論だ。苦しむことがあっても、それを乗り越えるのもまた経験だし、そこから次に活かせることがある。努力が実らなかったとしても、失敗した事実ではなく、努力した過程に目を向けてあげることで、自分を肯定してあげられるはず。

 

変えられない過去を悔やんでも仕方ない。変えられる未来に向かって歩き出すだけだ。

 

人生は一度きり。その人生を生かすも殺すも自分次第。自分にしか生きられない今を、自分らしく生きていく。FreeDはそんなあなたを見捨てたりしない。どうかこの先も、FreeDが、みんなにとってのhomeでありますように。

 

 

 

 

 

なーんて偉そうな口きいちゃって!!はずかしくなってきちゃったよ!!

 

 

まあでも、生まれてからずっと両親や祖父母に言われてきて、私自身も最近すごく実感してること。

 

健康が一番!私と出会ったみんなが健康で生きていてくれたら、それで私も幸せです

 

だから、無理しない。後輩向けというわけではなく、私も、一緒に引退する22期も、見ているかもしれない先輩たちも、みーんな。FreeD2年目以降ほぼ休日なく無理し続けてきた私が言っても説得力なさすぎるけど、無理しない。ほんとに無理しない(3回目)。

 

休みたかったら休む。うめーもん食べてよく寝る。ちょっとだけ体動かす。はいげんき。

 

自分がちょっとの間いなくても案外物事ってちゃんと進んでくんですよ。(いなくなりすぎるのは支障きたすけど。)だから勝手に過剰な責任感とか感じる必要ないんで、ちょっとくらいは自分の心と体に素直に生きていってくださいね。

 

健康が一番。健康であるからこそいろんなことができる。結局一番大事にすべきは自分ですから。

 

そうやって、まず自分に優しくしてあげたら、自ずと余裕を持って世界を見ることができたりします。いいことづくめです。おすすめです。

 

 

 

というわけで、最後は健康増進布教おばさんになってしまいましたが、だいたい頭の中にあることは書けた気がするので、このへんで。

 

ちなみにこの「終」の章を書いているのは2023/12/8です。締め切り12日前。計画的すぎる自分に驚いています。これが完璧主義者の末路です。(一旦書き終えた後に結局色々追記し続けてる。一生こっそり追記する遊びやろうかな)

 

 

あータイトルどうしよう。それだけが今の悩みです。締め切り前日の自分に期待します

12/18 23:16です。M練終わりに二階堂にタイトルの相談をしたところ、私の頭の中に最適解が降りてきました。(このブログ二階堂の登場頻度多すぎて草。マブダチってことでね(死語)。)

人に話して言語化してみるって大事ですね。思わぬいいアイデアが浮かんだりします。

 

 

あ、最近言語学の授業受けてる時考えてたことなんですけど、「犬」とカテゴライズされる動物は、割と骨格とか耳の形とか、知ってる種類の中だけでも顔の形が多様なのに、「猫」とカテゴライズされる動物はそうでもないですよね。わりとみんな同じ形してる。模様とか毛の長さが違うぐらい。でも我々は犬は犬とカテゴライズしてちゃんと認識できるし、猫は猫とカテゴライズしてちゃんと認識できます。なんででしょうね。普段そんなことばっか考えてますし、そういったヒトの認知メカニズムを普段学んだり研究したりしているオギノなのです。

このときの授業では、柴犬を指差して「わんわん」と言うのを赤子が初めて聞いた時、それが目の前の犬に固有のものなのか、それとも柴犬というカテゴリを表すものなのか、犬全体を表す言葉なのかわからないよね、発達の過程で正しい対象を理解していくのってどういうプロセスなんだろうねというような発達心理の話だった気がします。心理学や認知科学っておもしろいですよ〜

本当にどうでもいいですね。

 

 

 

それでは、みなさま。本番楽しもうね。

 

2023.12.20 22期オギ