タイトル:成仏[2025/12/03]
久々に見返すついでに更新してみるかとか思ってノリで加筆しています。
当時の文章を見返すと大変恥ずかしいですがそれはそれで当時の味として面白いので修正はほぼやめておきました
当時の一年生が引退する12月になってしまったようです。時の流れは早い
基本的に後輩からの誘いを断れない人間だったので、結果的に全てのFreeDのイベントに参加するおわり老害ムーブをかましています、そのため未だに観客席からFreeDのイベントを見たことがありません。
しかし5年続いたFreeDとの関わりも今月でようやく終わり、ついに成仏です。成仏公演です。おそらく今後OBOGEに出ることもないのでほぼ完全にFreeDバッバイです。ようやく開放されます。(周年公演あるなら出しそうだけど)
わかばやしを始めとした、仲良くしてくれた人たちの引退までの道のりを全て見届け、目標としていたOGOBMも作り、無事昇天です。
ちなみに今年までで計29M作りました。来年の10月で34Mになることが確定してます。
ここゆーきゃんの振り返りいつか更新しよう的なことを見返したら書いてたので軽く書いとくか
とりあえず、夜公演ラスサビ2の3階席〜の時の舞台からの景色と、最後残った23期の5人を幕から見た時の景色は今でも鮮明に覚えてます。過去を1日だけ追体験できるとしたらいつ?という話題を最近友人とした時に一番に思ったのは自分の引退公演でした。というわけで、人生で最も記憶に残るM(公演)になりましたよ良かったねという話。できるだけ多くの人の引退公演がこういうものであればいいね。
みんな、悔いなく引退してねー
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いやー、引退ブログを書く時がついにきてしまいましたね。知ってる人も多いと思いますがこういう自分の文章書く系が大好き人間なので、去年くらいから自分の引退ブログを書くのめっちゃ楽しみにしてました。いや、今年の7〜8月くらいまでは。
DNが終わってからなんだか引退することを急に実感し始め、引退ブログを書く時期になる頃にはもう全てが終わりかけてるんだろうなと思うと恐ろしくて全然楽しみじゃなくなってましたね。引退はやい。ちなみにタイトルは6~7月くらいから決めてました
さて、誰がどう見ても明らかにFreeDに魂を売り命を削り色んなものを捧げてきた(ように見える)すずきゆうきはどんな文章をこれから書くんだろうか。自分でもまだわからないですが、まあ思うように書かせていただきます。読むやつはどうせ全部読むし読まないやつは何も読まないだろうからまあご自由に読んでね。全然飛ばしてください。
一応目次みたいなの書いておくか。
鈴木のこれまで
ダンスについて
Vaundyについて
Mについて
出演M数ランキング
FreeDについて
お世話になった人へ
最後に
○鈴木のこれまで
まずは引退ブログらしく、これを機にこれまでのFreeD人生の振り返りをしてみます。
いや本当にいろんなこと振り返りすぎてやばいくらい長いので、全然読み飛ばしたほうがいいと思います
・どうしてFreeDに入ったのか
なんでFreeDに入ったんだろうかというきっかけから書いてみようかと思います。元々高校のダンス部でhiphopを3年間やっていて、その前はYTJっていうミュージカル団体に姉の影響で半年かそこらくらいだけいて(ちなみにそのytjの関西のスタジオにりささんがいたそうで関東の別スタジオにあいちゃんがいたそうで、また関東の別スタジオにひでがいて、そこでひでとは知り合いました。そんで誘ったら入ってくれました。あれから5年経ってまた同じ場所で踊れてて嬉しいよー)、さらにその前は社交ダンスを長らくやっていました。
まあそんなわけでダンスと共に歩んできた人生だったので、どんな形であれ大学でもダンスをやろうと思ってました。
元々は社交ダンスを大学で再度やる予定でいたので、一年の序盤はうちの大学の社交ダンスサークルに入っていたけど、想像してるより緩すぎてというか一人だけ何時間もずっと踊ってるやばいやつになっててなんかここは違うなと思って早々にやめましたね。
で、まあ社交ダンスもやりたかったんですが、明確にjazzというジャンルを踊りたかった理由がその当時からありました。高校でhiphopやってる時このジャンルガチで向いてないなってずーっと思っていてなかなか上達せずに苦しんでいたんですけど、あるときjazz自分向いてるなと気づいたんですよ。というか始まる前から意欲がめっちゃあったんですよ。
というのも、元々姉が劇団四季を目指していたためにシアターやテーマ、jazzをよくやっていて(ものすごく上手くて今でも憧れではあるんですが)、姉のインスタから冴さんのとあるレッスン動画にたどり着いた時、「俺がやりたいのはこれだ!!!!!!!!」と強く衝撃を受けたのを今でも覚えています。
それからすぐにトムさんとかを知っていつかレッスン行きたいなーと思うなどしたり(当時高校2年。初レッスン行くまで3年かかりました)、動画見て振り覚えるなどして勝手にjazzを真似して遊んでましたね。
あと、部活の空き時間にひたすらタンジャンしてました(あとダブルシフトも。ダブルシフトをFreeDの舞台でやる夢叶わなかったーーーーけど、おじゅでともきがやってくれたからとっても嬉しいです大満足。しゅんどうありがとう)。
そんなこんなで遊びながらjazzをやっていると、明らかにこっちの方が身体に馴染むなーーー踊れるーーって思ったんですよ。だし、何よりjazzの方がいろんな感情を振りにのせやすくてそれが当時からとても楽しかったので、大学ではjazzダンスサークルか社交ダンスサークルに入ろう!って、思ってました。結局両方入ったんですけど。
それでまあどのjazzダンスサークルがいっかなーとおもいつつ色々探していて、まず検索して一番上に出てきたのがFreeDでした。それにしてもなぜaccessとかACEとかの明治のサークルに入ろうとしなかったんだろう、確か日程が渋いとか場所が遠いとかだった気はする?他大のサークルがよかったんだっけ?覚えてないや
で、まあ友達と一緒にダンクレっていうjazzダンスサークルの体験に行ったんですが、まあ楽しかったんですよ、楽しかったんですがちょっとノリが陽キャすぎて、うーん…これが大学のサークルかー怖いーって思ったような記憶があります。かなり勧誘されたけど、よく入らなかったな自分 という気持ちです。次回の体験練も行くのでその時にー…みたいなこと言って結局行かなかったんだよな確か(最悪すぎ)
で、なぜFreeDに惹かれたかというと、まあ上記のような陽キャのノリは苦手だったので落ち着いた雰囲気がいいよねーって思ってたんですが、何かで「全体的に落ち着いた雰囲気でー」みたいな文を見た記憶がありまして、それならいいなあって思ってたのも判断材料の一つでした。
で、FreeDの抽選応募を決めさせた最も大きな要因は、19期のオールjazzのopでした。あれを公式インスタで見た時、「このサークルすごい!!!!これはすごいぞ!!」って強く思ったんですよ。その感動があったからこそ今自分がこうしてFreeDにいるし、鈴木の強いこだわり(というかわがまま)で今年のオールjazzOP2部が生まれたんですよね。
煮卵〜🥚あの最強のopに少しでも近づけてるといいな。
もう一つきっかけがあって、それは20期メンズビフォーアフターのたーさんを見たことですね笑。こんな上手くなるのか、こういうふうに踊れるようになりたい!!と当時思いましたねー。自分もそんな踊りができるように三年の新歓までに成長しよう!と意気込んでいた時期もありましたが、まだまだでした。後悔。
さて、そういう理由で抽選出すかーと決めて、落ちたらダンクレ友達と入るか…とか考えつつ抽選出しました。時期的に体験練習とかが全部終わってたので行けなかったです涙。体験練に一回もいなかったやたら踊れる男が急に初手のチャレンジとかからいたらびっくりしますよねー今思うと…。とりあえず落ちなくてよかったです
(入る前だけで2200字でやばい)
・1年目
はい、というわけで入りましたFreeD。
細かく振り返っていくのはあれなのでかいつまんで書いていくつもりですが、絶対に外せないのは最初のチャレンジですよねーいろんな人の記憶に残ってるであろうやつです。うぁーーー
一番最初に参加したFreeDでのイベントは、たーさんのチャレンジでした。たーさんを見てfreeDに入ったのもありすぐ参加を決めましたね。当時の鈴木くんにとっては普通に楽しいイベントだったんですが、客観視すると今でもその時の話が話題に出る時があるくらいには印象的なようです。
その時から練習だろうが本番だろうが前にいればいるほどいいとずっと思って生きてきたダンス人生だったので当然最前のたーさんの真後ろとかにいたんですが、同期からは最初先輩なのかと思ってたとよく言われるし先輩からはたつなり2世みたいな(烏滸がま)踊りのやついるとかなんとかで話題になっていたと聞きました。
あとメガネとばし。まわるたびにメガネをすっ飛ばしていたのがゆんの記憶にずっと残っているらしいです。俺もよく覚えてるーー
jazz楽しいーー!!ってニッコニコの気持ちで踊っていたのをよく覚えています。今までhiphopばかりでしたので。さてこんな感じでFreeDが始まりました。
このチャレンジの時に石戸くんこと、のすけと最初に喋って、この数日後に石戸くんが他のFreeDの子とこの振りまた踊るんだが来ないか声をかけてくれました。
そこで出会ったのがここゆこと、菊地さんですね。懐かしすぎてやばい
その時に仲良くなったわけではないけど、この会がなければきっとここゆーきゃんMは生まれてないと思います。
石戸くん、ここゆーきゃん戻ってきてくれてありがとう本当に。
さて、序盤の大事な部分はかけたのでよかった。
一番最初のM練は確かひなりさでー井草でーとか書こうと思いましたがあまりにも長くなりすぎるので適度に流しつつ書きますね、本当に。
最初のイベントはDNです懐かしーー。ゆこりさに出てましたが、コミュ障の発動により結局ほとんどの22期と喋らずにM練が終わった記憶、、、(ゆんに至っては21期だと思ってましたずっと。こんな序盤で2回も変な登場の仕方させてごめん)。かにさんと黒さんとしか話してませんでした。
かにさんとラーメン行ったのをよく覚えてます、最近お会いできていないですがずっとお世話になった大好きな先輩ですありがとうございます本当に。
ゆこりさのお二人、こんな変なムーブばっかりしているやば1年生だったすずきをずっと見捨てないでくれてありがとうございます。
いうまでもなく今ではすっかりゆこりさ信者です。DNでの初舞台も駒場祭も、ものすごく楽しかったです!出てよかったーーーーー
そういや夏休みの9月に、菊地石戸さわ鈴木で山梨に日帰り旅行行ったりもしましたねえそういえば。ものすごく大学生を感じた瞬間でした。石戸くん400kmも運転させてごめんね。
あと踊る会を2回くらいしました、9〜11月で。今で考えると24期がこの時期にすでに2回も踊る会をやっているということになるのか、まじかやばーー
などとやばムーブを振り返ってみましたが、思えばこの踊る会あたりからM責をやる意思はかなりあったんですよね。9〜10月くらいには菊地にM作ろうぜとか言ってた記憶あるな
それから駒場祭でもゆこりさを踊って、あの時はコロナで無観客&体育館だったからとてつもなく踊りやすかったですねーー発表体育館でもよくね?とは思ってます今でも。
まあそんなこんなで公演がやってきました。opときょんたとひなりさです。
opは本当に、たつなりさんの凄さを思い知らされました。オールジャンルという挑戦と、あの人数を1人で管轄して練習回して振り作って、、、。統括と名乗ってるくせに1/6も仕事してない僕にとっては想像もできない大変さだと思います、、。あのop本当に(本当に)大好きです。5曲目の初手でクロさんオギノと3人で踊れたのが何より嬉しかったです。やはり大尊敬先輩すぎる
opの本番中、というか一年次公演で一番強く記憶に残っているのは、5曲目イントロに向かう前の袖でオギノと拳を合わせた瞬間ですね。なんでかわからないけどなんかずっと鮮明に記憶残ってるーー
きょんたMはMプレゼンの時からずっと出ようと思っていたMでした、たーさんが作るMには絶対出ようと思っていましたので(まあこの話は決起会でしましたが)。やっぱりRBって難しいなって思ったしもっと上手くなれたと思うので不完全燃焼ではあったけどとても楽しかったです、もっと頑張りたかったーーー!
(RB向いてないから今後はもうやらないかも、、、?とおもっていたのにその後一年間ずっと出るなどしていた…)
ひなりさMーーーーーーーーーこのMのおかげでFreeDをやめなかったと言っても過言ではないです。
ひなりさMの暖かい雰囲気がものすごく好きで、今でもM責をするときはひなりさを目指して練習の雰囲気を作ろうとしています(多分遠いけど)。このお二人のMに出ることができてよかったです本当に。
最近嬉しかったのはですね、24期の仲良しのわか君が、このMめっちゃいいですねと言ってひなりさを送ってきたことです。ひなりさ自慢しておきました。
公演の素晴らしさを肌で体感して、もっとFreeDという環境が好きになりました。というか帰属意識が芽生え始めてきたのはこの頃からでしたかね。
やばい、すごい時間かかる…一旦もう少し簡易的に振り返ってまた更新するスタイルで行こうかな
はい、新歓やってきました!!!りこみー、こはるん、ななみん、かにに、op、2年ここゆーきゃん、(りなM)!急にlockにでたり、またRBやってたり、どうしても出たくて抽選落ちしたりなMを勝手にほぼ全部覚えるとか、いろんなことをしていた時期ですね。
この新歓期一週間だけ全Mの振りが飛ぶキャパったウィークがありましたが、それを乗り越えてからは振り覚えのキャパが広がった感じがします。キャパは筋肉と同じだと思ってるんでね、鍛えれば増えるものだと思ってます。
全ての始まりである2年ここゆーきゃんについては後ほど書きました。
そんなこんなで一年目は終わり、波乱万丈の二年目へと向かってゆきます。
・2年目
23期が入ってきました!体験練習や新歓合宿が懐かしいですね、あの時バスで中山と一緒にあだ名決めしたのを唐突に思い出しました。体験練習、振り師のくせに45分も遅刻して高井戸ガンダしたの思い出した鬱ーーーご迷惑おかけしました…
高校時代は部活であんまり後輩と関わらなかったので、うーんどう接するのがいいのかなーと悩んでましたね。まあ今でも割とそうなんですけど(様々な種類の老害を見てきた故コンプラ案件とか老害案件を常に気にしまくっているからですが)。難しいですよね身の振り方って。Mに出てくれている面々へ、こんなのについてきてくれてありがとうございます
5月祭は…すみませんが今パッと思い出せるようなことはないです(なんか重大なこと忘れてたらどうしよう)
あ、22期でバーベキューとか行きましたね!というかこの年本当に期の中でいろんなイベントやってて、色んな思い出があって楽しかったなあ。今パッと思い出したのはひなりさ22期会in鍋田家でタコパした時のたこ焼きを持ってるさわの写真でした。
そして、、、ほのすず初回練!!うぉーー歴史すぎるやばい
駒中で振り動画苦戦しながら撮ったりしたのが思い出されますねー(@こまち)。一年次opの帰り道かどこかで、うっすらと、公演一緒に作れるとあついねーみたいな話をしていた気がするんですが(烏滸がま案件)、まさか次の年の公演を自分たちが本当に作ることになろうとはという感じでした。
初回練のあの緊張は昨日のように思い出せますよ。あれからもう60回くらい公演MのM責としてM練をしているのか自分は。2年って長いけどあっというまに感じるなぁー
ほのすずについての振り返りもまた後ほど。
やばい書き切れるきがしない、もっと一気に振り返りますね
2年次DN!なんかjazzしたり腕回したり筋肉鍛えたり非正規たくさん出たりオールジャンル自分で作ったり弾き語りでインプロしたりしたなー。楽しかったなああれ
駒場祭(2回目)!一年M!!!!後輩たちーーーーみんなかわいいですありがとう今までもこれからも。これもまた後ほど。
二年次公演!ぼんぎと、りさゆんと、ひなりMと、opと、ほのすずー
ぼんぎ!またRBやって、またなかなか納得いけなかったけど、それがとても悔しくて後半から精一杯追い上げようと頑張りました。楽しかったですありがとうございます!!
ひなりM!めっちゃ難しかったですが、メンバー強すぎてM練超楽しかったですし超勉強になりました。ひなりさみを感じれてとても嬉しかったですーー
りさゆん!Mプレゼン前から絶対に出たいと言い続けていたMで、最初からずっとお世話になってて大尊敬するりささんのMにでれてよかったですが、そんな先輩のMを全然上手く踊れないことが本当に悔しくて、自分の踊りについて色々悩んで、最後までめちゃくちゃ練習した思い出…。本番はその時できる限りの最大限が出せたと思います。
ほのすず!これに関してはもう本当にもうこまちありがとうがデカすぎるーー。
こまちありがとうーーーーーーー
はい、でかくなりました。
ほのすずと名乗るのも申し訳ない、こまちほのかすずMとかでいいと思います。当時の日記見返してもこまちへの感謝があり溢れていました。
何度でも言います
こまちありがとうーーーー
ほのすずの詳しい振り返りもまたあとで。
2年M責として公演に関わらせていただいて本当に光栄であると同時に緊張と不安は常に付き纏っていました。流石に。先輩の引退公演で中途半端なMにするわけにはとずっと思ってましたし、こちらが楽にできるような配慮もすごく感じれたので、なおさら気合いが入りますよねー。
こんな、経験も少ない2年生の2人にM責を任せてくださった21期の先輩方、本当にありがとうございます。
21期の引退ものすごく泣いたーーー あ、公演当日のおすすめムーブなんですが、客席最前から見れるのはゲネしかないので、ゲネの時は一階席の前の方で見ることをおすすめします!舞台は客席から見てなんぼですから。
で、ぜっっっっっっっっっっったいに、3Mくらい前には待機場所に戻ること!!!!ゲネ前から見て欲しいけどそれだけは約束してください頼む!!!それででとちるのが一番おわりなんで
あと、前から見た時に泣きすぎないほうがいいよー本番で涙枯れちゃうからー
こんなことを書いていると、一年前の公演の、全て終わった後の舞台の情景を思い出してしまいました あと二週間後にまたそれがやってくるのか…。
公演ここゆーきゃんMが決まったのはこの年の12/28でした。2年ここゆーきゃんの初回は1/28だったんですが、それから11ヶ月と思うと時の流れって早いなって思います
さ、新歓です。この時期は外部ナンバーに結構出ていてFreeDのは減らしていましたね。なので出ていたのは3年M、こまちM、ゆーきゃんM、メンズMです少ない。
3年Mは衣装やばくて本当にごめんなさいでした。もえりなーーー最高でした。メンパピラは今でも我々を並べる時に活用しています。
こまちMは、
こまちありがとうーーーーーーー
です
メンズMは面白かった、また後ほど
ゆーきゃんM最強ですよね。わかがゆーきゃんM一番好きですって言ってくれます。嬉しい。これもまた後ほど。
これ絶対書こうと思ってたんですけど、わか(3回目の登場)が、「ほのすずMがゆーきゃんMとこまちMになるって、ポケットモンスターゆーきゃんM/こまちM みたいですよねー」って言ってて、確かにと思ってなんか大爆笑しました。色的にも青白/黒赤ですし、お互いのMでお互いにソロありますしね。
なんやかんやあった二年次を終え、ついに三年次です。
・3年目
よし3年目!!
3年目の最初は新歓合宿ですが、まず思い出されたのは
ヒッチハイクで合宿に行くwithゆりこ&みつる
です。まあまず元々合宿行くつもりなくて、というのも外部の発表と1日目が被っていて、埼玉だったんですよ。みつるも同じ発表出ていて、終わった後(20時くらい)なんか急に合宿行きたくなっちゃって、終電でギリギリ行けることが判明し、なぜか急についてきたみつるくんと共に浦和から館山まで電車で3時間くらいかけて移動しました。
ゆりこは元々遅刻で夜遅くに行く予定だったのでなんやかんやで合流して行くことになったんですが、館山駅に0時くらいについて、タクシーを探そうと思ってたんですよ。そうしたらなんと館山ではタクシーが22時までしかやっておらず、駅から合宿所まで向かえないことが判明したんですね。流石に絶望しました。
それでまあなんやかんやあって、警察に送ってもらおうとしたりもしたんですが上手くいかず、結局地元の人の協力を得て送ってもらい、無事に辿り着くなどしました。
おもしろ話だったので書きたかったんです。面白かったねー
まあこんなことがありまして、あとは石井が頑張って24期をjazzに勧誘してくれたっていうのも覚えています。わか(4度目の登場)はそれでそうきゃん出たとかなんとかとか。石井ありがとう!!!!!!!!って思ってますいつも
5月祭は、、、、鈴木が土曜授業あったせいでM順が変わって、そのせいでこまちが4M連続とかになっちゃったのをよく覚えてます。
こまちごめんーーーーーー
そして、DNです。これはまあ、まともなM3つのうち2/3が自分のM、まともじゃないM5つ合わせると5/6が自分のMっていう感じのやばイベントでした。まゆM、DNOP、そうきゃん、3男、弾き語り2023、あたおか です。
まゆM、本当に天才。まゆすごいよーー本当に。出させてくれてありがとね
他は全部後ほど。
そうそう、この夏はチームとして2人で外部イベントに出展したのも思い出です。DNのカメラマンできてくれた雅っていう友達とイベントに出展したんですよー自分の振りを。ただやっぱ2人の作品を作るのは難しかったですね。でもとてもいい機会だった!
あと、おもしろイベントといえばスズキつり。どうしてもスズキを釣りに行きたくて、もえりな中山仙波に声かけて蒲田まで海釣りしに行ったんですよ。結果スズキは釣れなくて、代わりにシマアジ約60匹と数匹のさば、それからカマス(cv.もえこ)が釣れました。
こんなのに付き合ってくれる友人がいて本当に幸せだなって思います。みんなありがとね
駒場祭は寒くて大変でしたね、でもみんなとても輝いてたし忙しい時期ではあるけどやっぱりやってよかったと思う!とても楽しかったですから。なんか変なおじさんが撮ったであろうビデオが勝手にインスタやらyoutubeやらに公開されてましたけど。
さて、、、公演期。一度休憩に行ってきますね。(現在12/12 4:10)
ただいま。(現在12/12 4:33)
今年出ているのは、op、op2部、さわめい、もえとつ、ここゆーきゃん、3年Mです。
これらについては各メッセージカードや決起会にて色々述べようかと思います。
さわともえこは一昨年も去年も公演でほぼ同じMに出てて、そんな2人のMにどっちも出れたらいいなーって思ってたから嬉しいです!!お世話になってます毎年。ありがとう。
あとはまあ、今一番頭を占めているのは音響ですね。ものすごく大変ではあるんだけど、この形で公演に貢献できるのはすごく嬉しいですし全音源を誰よりも聞き込めるから非常に公演を身近に感じます。こんな役職を任せていただいてありがとうございます、いい公演になれるよう少しでも貢献しますね
音響っていう仕事はあくまで言われたことをやるだけの下請けであって、そんなのよりも0から作り出して全ての調整をして形にしていく公演責、脚本責の方がよっぽど大変なのは間違いなくて、、、たくさん質問してもすぐ返してくれるしたくさん考えてくれるあいりみなさえぴには頭が上がりません。
音響を本格的にやるようになってからトリの大変さ、すごさ、苦労を更に身近で感じるようになって、本当に感謝してもしきれないです。ありがとう。あと二週間よろしくね。
これまでの全てをこの公演に乗せられるように、最後まで悔いなくいきたい
書きそびれてることもいくつかあるかもだが、とりあえずこれまでの総復習はこんなもんにしておくかな。こういうの好きなのでついたくさん書いてしまいました。すみません
ここまで5時間ノンストップで書きつづけたのに引退ブログ終わる気配見えないのやばいな
まあここからは振り返りよりは短くなるかな?
○ダンスについて
さてさて、これまでダンスと共に人生を歩んできた鈴木ですが、やっぱダンスっていいよねっていう話。
これまでダンスをやってきた理由ってまあ大したものではなくて、というかちゃんと踊ることについて考えてきたことはなくて、ただ親にやらされてたから、部活として入っていたから、普通に楽しいからとかそんなもんだったんですよ。
まあ何事も楽しいからが全ての原動力であることは間違いないし、今も基本的にはずっとそのマインドでダンス続けてるんですけど。
ダンスは楽しむものだからね!!!!
その信条があるゆえに、常に自分の踊りを好きであろうとしてるしまあ実際ほぼずっと好きだし、それゆえにあんまり苦しむことなく続けてこられたかなと。
FreeDからダンスを始めた人にとってはそれが難しい人がいるだろうし、ずっと続けてきてても好きになれない人が多いのも知ってます。まあそれは自己肯定感にも直結してるものだしそれをただあげろと言われても激ムズなのは当たり前なんだけどさ、やっぱり何事にも否定的にならないことって大事だと思うんですよ。
僕が昔からやってるのは、とりあえず思い込むことです。とりあえず、自分の踊りが好きだと思い込むこと。思い込みってすごくて、ずっとそう思い込んでると本当にそんな気がしてくるんですよ。別に他の誰かと比べて耐えてなくても、今の自分の踊りはまだまだ成長できるのか楽しみー!って多少は思えるようになるし、舞台に立つ上でこの思い込むマインドはものすごくものすごく大事なものだし、何よりダンスが苦しいものではなくなりますからね。
踊ることは苦しむことじゃないし、なんのためにやってるかって一番は楽しむために決まってますから。それ以外の何者でもないと思います、ダンスという営みは。
でもどうしても踊るのが苦しくなってしまった時は積極的に休んだ方がいいし、やりたくない時は極力やらない方がいいからね。だまさんも言ってました。
僕はこのFreeD人生ではほぼずっとダンス楽しかったですね、幸せなことに。
FreeDでjazzをやっていくにあたって、それまで意識してこなかった”踊ることの意味”をよく考えるようになったんですよ。前述した通り、それまではやらされてたとかただ楽しいからとか、そんな理由で踊っていて特にダンスについて考えることはなかったんですが、、
大学でjazzというジャンルに触れてからしばらくして、まず一つ一つの動きの意味をよく考えるようになりました。自分がしている体の動きにはそれぞれ意味があって、手を伸ばしている先に何かがあって、自分は何かを持っていて、この形はあるものを表していて、、、、など、ただの動作だと思っていたものにはいろんな意味を含ませることができるんだなと。
ダンスってこんなにいろんな表現できてこんな面白かったんだと気づいてからは更にダンスが好きになっていったしそこからの上達も早かったですね確か。まだまだ表現面は模索中すぎるし全然雑魚ですが、もっといい表現を自分から出せるようになるのかと考えるとにこにこわくわくです。
まあそれらは振りの意味であるんですけど、そこから派生してなぜ踊るのかっていうのを考え始めました。まあ結論からいうと本当にもうシンプルなんですが、
楽しいからです
やばい浅いーーーー
結局は表現することが好きなんです。自分の思ってることやMとして表したいことというのを踊りという形で自分の中から自分なりに出してくることが好きなんですよね。自己表現を言葉でするのを苦手とする分、言葉では表せない自分の中の何かを外に放出することのできるところに価値を見出しているんだと思います。それが楽しいから今こうして踊っているんだろうなあ。
だから自由に動けるインプロとかが大好きなんですね。インプロおじさんって思われてそう
あとはまあ、ダンスを通じて人と関われるからです。これはM作る理由に直結するので多分後述するでしょう。何が言いたいかというと、みんなありがとね ってことです。
ダンスについていろんな悩みを抱える人は多いと思いますが、ダンスは楽しむものということだけは忘れないで、今後のダンス人生を大事にしていってほしいなって思ってますよ。
○Vaundyについて
このタイトル草。
引退ブログで1アーティストについて語ろうとしてんのやばいけど、お許しください。
皆さんもご存知の通りすずきとFreeDに深く関わってるので、、、(?)
きっと21〜23期くらいの一部にとってはVaundyといえばすずきゆうきみたいな変な印象を持ってる人も多いと思うんですが、それもそのはず、3年DNまではずっとVaundyの曲しか使ってませんでしたからね。
今まで使った曲:しわあわせ、花占い、逆光、裸の勇者、忘れ物、chainsaw blood
とかですかね。6曲、計7Mです。すごいーーし、まだ使いたい曲いっぱいある。
使いたい曲:pain(一昨年のogob)、pained(新アルバムのcdにしかない曲)、呼吸のように、怪獣の花唄-replica-(まいこんぬは初期ver)、replica、mabataki(おじぎMになりそうだったやつ) etc…
とまあ、色々あるわけなんですが…
なんでVaundyにこだわってるのーーって誰しもが思ってるでしょう(多分)。このテーマの本質はそれについてです。
まあ、Vaundyを好きな理由についてですが、音楽が好きってのは大前提にありますよもちろん。まあただ彼は歌詞の意味を取るのが難しかったり、ヒグチアイとかsuperbeaverのような歌詞で直接メッセージを伝えてくるとかよりも音を重んじているんですね(そのせいでM作るの毎回結構難しいんですが)。そんな彼が出してくる音楽が僕はとっても好きなのでー、好きです(語彙力)。理由になってないな
あとはまあ変な理由ですが、彼は僕の2個上なんですよ、歳が。二十歳の時にライブする構想を昔から持っててそれを実現して、日本中で有名になるほど、渋谷に新アルバムのポスターを貼りまくれるほど大活躍していき…。今の自分と同じ年齢でそんなことを成していて、そんなのすごいかっこいいじゃないですか。そりゃあ憧れにもなるんですよ鈴木少年の。他にも同世代ですごい人なんて山ほどいるのは知ってますが、なんかVaundyだけが異常に自分に刺さっているというのがまあリスペクトしている理由ですね。(言語化能力終わってて浅いし理由になってない気はします)
そんな彼の作る音楽に惹かれ、それが僕の創作意欲を常にかりたたせてくれるんですね。
故に僕の創作は全部Vaundyの二次創作みたいなもんであって、勝手にそんなことをさせていただいて恐縮の限りです本当に。というかまあダンスって大体全部音楽の二次創作であって、というか全ての振りが先人たちからのn次創作であってreplicaであって、、
これと似たようなことをVaundyがなんかのインタビューで言ってました。
オリジナルはレプリカの来歴から生まれる
ってのがテーマです。
はい、これは新アルバムの宣伝です。Vaundyの2ndアルバム”replica” みんな買ってね。パッケージがめちゃくちゃいいんですよ。あとレコード版とカセット版も出るそうです、楽しみ。
てなわけでかなり浅めに少々語らせていただいたんですが、Vaundyの世界観や考え方とってもいいのでよければハマってみてください。仲間探してますー。
すずきのMに出てVaundy聞くようになったって人を最近ちらほら聞くのでとても嬉しいです。
○Mについて
なんでこいつはこんなM責をやっているんだとみなさん思っていると思うんですけど、僕も大体そう思ってます。自己分析もかねてMについていろいろ書いてみるよー
・Mを作る理由
まあ普通に、好きだからです。聞かれたら真っ先にこの理由が思いつきます。
もしかしたら知らないと思いますが、人と話すのがあんまり得意じゃないんですよ。というか自分の考えを口に出して述べることが苦手なんです。こんだけM責やってるのにね。でも人と関わるのは好きなんです割と。それから創作することが何より好きです。
踊ることと作品を作ることは僕にとって一番の自己表現であり、自分の内部と外の世界とのコミュニケーションツールでもあって、言語化をしないぶんそれを振りに、作品に込めることがとても楽しいんですね。(コミュ障を変に拗らせてるやつになってて鬱)
余程の文豪でもない限り、言葉じゃ表しきれないものってたくさんあると思うんです。できる人はそれを様々な媒体で自分の内部から発信していて、僕にとってはそれが踊ること、作品を作ることというなんでしょう。さっきも似たようなこと書いてたけど。
自分の内にある表現したいこと・考えてることを一緒に踊ってくれる人に伝えて一緒に作り上げて、それをさらに外へ発信して見ている誰かに伝える という営みがM作りをさせてきた要因の一つでした。
あと、明確にM責をやることを常に後押ししている要因に、舞台袖での景色・舞台後の感覚というのがあります。いや両方舞台のってないやんという感じではあるんですが、一番強く残るのはこの二つなんですよね個人的に。
舞台というものは一瞬で終わってしまうその場限りのもので、我々はそのために数十日という時間をかけてきていますよね。その一瞬を外から見れるのって、自分も出演していると舞台袖しかないじゃないですか。
長い時間をかけて作り上げてきた、輝きまくってるこれまでの結晶を舞台袖から眺め、その中に自分も入って一つのものを完成させるのか と思うと嬉しいとも楽しいともいえない言葉では表せない感情になるんですね僕は。
また、舞台後でも同じで、一瞬で終わってしまったものへの達成感やら喪失感やら感動やら、いろんな想いがごちゃ混ぜになったなんとも表せない感覚が忘れられないんですよ。
そのような、あの時の感動とかいう魔物にどこかで取り憑かれてしまったので、今こんなことになってるんじゃないかなあとか思ってます。後悔はしてないー
あとはまあ、みんなが一緒に楽しくM練してくれるからです。これがなんやかんやで一番でかい要因かなと思います。ダンスを楽しむことも好きだし周りの人がダンスを楽しんでくれるのも好き。そういう環境を自分で生み出すことができるM責ってのはいい立場だなあー思っているし、そういう環境であってくれるFreeDがとても好きです。みんなありがとうー
・一番大事にしてること
このテーマ書こうと思ったんですが、Mを作る理由に書いてあることが大体全部自分の一番大事にしたいことだなあと気づいたのと、もう一つはここゆーきゃん決起会で話すことだから今はまだ控えておこうかなと思い、書くのはやめておきました。
・作ってきたMを語る
よし、思い出やらなんやらを少し語ってみますか。15個もあって長いですごめん。(この引退ブログ全部そうだけど)自分で懐古するためだけに書いてますこれは。
・ここゆーきゃん2年M
原点にして頂点といっても過言ではない。みんな決して上手とは言えないし振りも全然納得いってないけど、なんだろう、なんかめちゃくちゃいいんですよ。ダンスの上手い下手とかじゃなくて。
ここから僕のFreeD生活は始まっていて、それまでは第0章みたいな感じだったと思うなんとなく。たかが2年Mであれど、今のすずきゆうきを構成する全てはここが起源で、このMを作ってなかったらもっと別の人生になってたと確実に断言できるくらいには大きな要素ですね。
いやてか今下書きで全部のMを時系列順に並べて書いてるんだけどここゆーきゃん2年で始まって公演ここゆーきゃんで終わってるの改めてやばい。みんなありがとうすぎる
このMはとても楽しかった!!2年Mが一番楽しいのは本当にそうですね。いつかのopの帰り道に菊地と話して、この曲よくね?ってお互いに一致してしわあわせにすんなり決まって、振り考えてメンバー集まって練習始まって…。なんかバレンタインデーにデコポン配ったりとかしましたよね。
本番前、みんなを集めて「魂をこめてほしい」と言ったのをとても覚えてます。本番中の記憶はあんまりないけど、終わった後の舞台袖の景色とその時の感覚は今でもよく覚えてて、あの感覚があるからずっとM責をやってるんじゃないかなという気さえしてくるのです。あ、じゃあこの時か。
公演ここゆーきゃんしわあわせ構想は実はこの時からすでにあったかも
このメンバーでこの曲でMを作れて、本当によかったですいい思い出
・すずきゆうきM
なんか気がついたら(ほぼ)22期Mみたいになってたウルトラ楽しいM。最初はまあ非正規でjazzつくろーくらいに思ってたんですが、なんかどこかでオールジャンルにしようと意思が変わり、あの人も呼ぼうこの人も呼ぼうとやっていたら気が付くと30人の大所帯となってましたびっくり。
正直いうとこのM練がいっっちばん大変でした。はい。なんせ22期ばっかりなもんだから死ぬほどうるさすぎるんですよ。このMで指示出すの本当に大変だったけど多分これのおかげで大きな声出せるようになりました、成長ー。でも超楽しかったからいいです。みんながダンスを、FreeDという場所を楽しんでくれているのが目に見えて何よりも嬉しかった。
最終練の時に「駒場祭ですずきゆうきMをみて入りましたという24期を1人獲得する」という目標を掲げたんですよそういえば。で、どうだったかというと、いちがすずきゆうきMを生で見ててあれめっちゃ好きでしたと最初に言ってくれました。まあこれが決め手かは知らんけどきっと判断材料のかけらの一つにはなっているだろうということにして、目標達成!!!!!
やったーーーーー
という感じで、懐かしの楽しいMでした。この時からネオすずきゆうきM構想はありました(まさかそれがDNOPとして実現しようとは…)
・弾き語り2022
これはガチでただの思いつき。チームってのが今年できるらしいから始まり、二階堂に弾き語りでインプロしよみたいな声かけして生まれたやつでした。二階堂ほんとありがとう。ピック飛んでたよねそう言えば。
たつなりさんには本番数分前に声かけて出演いただきました。ありがとうございます。おかげで盛り上がりました。
ちなみにこの時から弾き語り2023構想が(以下略)
・2男M
ガチで最高。全練習の中でこれが一番おもろかった。ルーレット鬱。もっと筋トレしてから挑むべきでした。想像以上にうけたのとみんな振り覚えてて嬉しかったです。この時は9人だったなー
ちなみにこの時に3男の構想はないです。これが限界値だと思ってました。
・ここゆーきゃん1年M
後輩たち…!!とにかく後輩たちが可愛かったなあーー。
M責として決まる前はそこまでモチベはなかったし、ほのすずの子以外とは23期と関われる自信なあーとか最悪なこと考えてたんですが、いざM責になることが決まり練習が始まると、本当にもう大事で大事で仕方がない後輩たちになっちゃいましたね。
今でもいっぱいMに出てくれてたりとかみんなものすごい上手くなってたりとかで、とてつもなく嬉しいですにこにこです。
公演&駒場祭でなかなか大変な時期だったけど、本当に作ってよかった!!みんなありがとう。
なんか初日ジャンボリ踊ってたよね
・ほのすずM
これはもう本当に、何度でもいいます。
こまちありがとうーーーーーー
まだM責に慣れてない鈴木でしたから仕切るのも大変だし振りを伝える能力も終わっている中で、ひたすらにこまちが代弁してくれていた。初回練とか鈴木の振り入れなのに7割こまちが代弁してくれてました。あれは本当に助かった、、、、などにより、こまちのおかげでこのM成り立っていたのでこまちには感謝してもしきれないですね。
2年生2人で公演のMを任されて、しかも一幕のラストという超いい位置で、もちろんプレッシャーはありました。そんな中で支えてくださった先輩方や同期には頭が上がりません、ありがとうございます。
後輩たち、23期が10人といっぱい出てくれて、みんなめっちゃ補習練きてくれて頑張ってくれて、本当にありがとう。最終的に23期がいちばん形をよく理解していて正しく踊ってくれるっていう現象が起きていたりもして、みんな頑張ってくれたんだなあとものすごく感動してました。
手紙を渡せない2人なのでここでしれっと伝えておきますが、
ちばとゆいの2人の努力と成長度合いが特に印象に残っていて、2人が多分一番補習練に参加してくれていたんじゃないかな、とおもいます。2人とも頑張ってくれていたからこちらも答えたくてもっと頑張れたしM責を頑張るモチベにもなってました。本当にありがとう。
今は2人とも別のところで頑張っていて、こんな一言で言い表せはしないけどすごく尊敬してます。ずっと応援してます、頑張れー!!
このMは2回目のM責だったから本当にあらゆることが試行錯誤で、それなりに苦労もしたし、唯一M責をやめたくなった時期があるMでもあります。基本的に全て楽観的なんですが、M練がなかなか上手くいかなくて涙しながら帰った日も実はあって、思い返すと大変な時期だったなと、、。
でもやっぱりものすごく楽しくて、ほのすずのM練ほど愉快だったMはなかなかないなあと今でも思います。それはMメンバーのみんな(特にちば、♪など)とこまちのおかげすぎて、振りつくる以外にほぼ何も貢献してないんですけど僕は。賑やかで大変ではあったけど笑、最高の思い出です。
作品としても大好評で、至る所から高評価をいただきましたね。やっぱり自分のMを褒められるってのは嬉しいよねーー。みんなありがとう。照明が赤すぎたことだけ後悔
ほのすずが一番楽しかったって時々聞くんです。軽率に泣ける
・新歓メンズM
場当たりまでの練習回数は3回、まともにみんなで練習したの場当たり含め2回とかだったのになんかめちゃくちゃかっこいい最高のMになっててとても面白かったこれは。
もう一回練習あったらもっとよかったと思う。
けどまあ練習含めメンズの良さが最大限発揮されててすごくよかった、やってよかった!
・ゆーきゃんM
最高に好きですこの作品。まず集まった人々がとてもよかったです。Mメンバーのおかげでこれほどまでにいいものが作れたし、何よりM練がとても楽しかったですね。個人的またやりたいMランキング1位です。
このM、世界観的には去年の公演のアフターストーリーなんですよね。あおいちゃんとヴィオスが転生した後の世界線っていう裏設定が実はあって、3年Mの続き、、、?みたいな、to be continue (d @kumoho.wang)案件でした
このMの、忘れ物 という曲は2022/11/14、すなわち僕の二十歳の誕生日にリリースされた曲で、まあいわゆる社会的に「大人」になったタイミングなんですね。そういったことを踏まえ、新歓だからストーリーに縛られず自由にMを作れるというのを利用してニッコニコで世界観を構築したのがいい思い出です。
あ、こういうことを考えて作ったんだーっていうのを知りながらもう一度みて欲しいので少しだけ世界観貼っておきますね、興味あればこれを読んでみてからぜひゆーきゃんM見返してみてね。
世界観とかなんとか
我々みんな身体的にも社会的にも「大人」になって、環境の変化とか将来への不安とか人間関係の悩みとか自分自身の存在意義とか在り方とか、色々なことで悩むようになったと思います。そんな中で自分の過去を思い出して、あの時は楽しかったなぁ戻りたいなあだとかあの時あぁしてればもっと違う未来だっただろうなあだとか後悔だとか、色々後腐れしたりなんだりだの。大人になる前の自分がした、楽しかったり嬉しかったり悲しかったり後悔だったり、すなわち今求めていても取りには帰れない過去の思い出・時間は、自分にとっての「忘れ物」である。過去には戻れず現実はやってくるが、あの時あの選択をしたから今の自分がある、支えてくれた人や大切な思い出で得たことがたくさんあるということを忘れず、それを糧にして前を向いて未来を生きていく
自分の人生にこれをどう当てはめるかはお任せしますが、なんとなくわかってくれたら嬉しいです。現在の悩みを抱えて、過去の思い出を思い返して、未来を強く生きてほしいです
・DNOP
まさか自分がDNOPを作ることになるとは…笑。
きっかけは新歓3年Mの練習中。ゆりこがDNOPやってくれる人を探していて、なんかノリで聞かれたんですよね、DNOPやらないかと。その時ネオすずきゆうきMやりたいなやろうかなと薄ぼんやり考えていたけど正直かなり迷っていて、、、。で、なぜか気がついたら承諾していました。
これは、やってよかった!!!DNOPの責任の重さにビビっていましたが、みんなとても楽しそうに踊ってくれたし、DNOPすごい良かった、出てよかったって色んな人が言ってくれて、感無量でした。My favorite賞1位をみた時はとても嬉くて、それがLINEで来た時一緒に飲んでた石井君の横でかなりはしゃいでました。
色んなジャンルの人がいたから、jazzに寄せすぎずストリートに寄せすぎず難すぎず、うまい塩梅で頑張って振り作ろうと思っていたんですが、まあその結果普段とあまり変わらない自分の振りになったなあという感じでした。気持ち難易度控えめではあったと思ってるけどどうなんだろ…
駒場祭も、楽しくFreeDを彩ってくれてみんなありがとう。Tシャツ忘れとかいう一番愚かミスしたのやばい。フィナーレも楽しかったね
・そうきゃんM
石井ーー!!!
です。
メンズM責でjazz作りたいなーと思ってたけど叶うことはなさそうだと諦めていたんですが、石井君と作れてとても嬉しかったです。ありがとね。
ゆーきゃんMの帰りの電車で何度か、DNでM責やりたいんですけど相方いないんですよねーどうしようみたいな話を聞いてて、そこからなんやかんやでそうきゃんが生まれました。丸の内線で新宿まで向かってる時とかだったよね懐かしい。
鈴木が相変わらず無能を発揮して割と迷惑をかけてしまったと思いますごめん、
ひたすらに本番が楽しかったのを覚えてますね。ラスサビ、これまでの人生で感じたことのないレベルの楽しさが湧き上がってきて、ダンスというのは自分からこんなにも新たなものを引き出してくれるのか!とまた一歩ダンスにハマった瞬間でもあったと思います。
23、24期がたくさんと豊富なog様と22期2人(最初は1人)というMでなんだか曲もあいまってすごい若さを感じていたような気がする(というか自分が一番上みたいな瞬間が多かった)。
そんな若めのMメンバーたちと石井君のFreeD人生の大事な瞬間の一つになれているといいなあ。
そういえばそうきゃん後に石井君とわか(5回目の登場)とサマーウォーズ再上映見に行ったのものすごい良かったし、今度わかの家でORICHIKA17鑑賞会します楽しみーーー2人ともいつもありがとうガチで。変な先輩すぎてごめんね
・弾き語り2023
今年もやりましたね。ただアツいからという理由で再度やることが決まり、ただアツいからという理由でオギノ、ぬ、ゆこを召喚させていただき、前日の一回の練習で仕上げました。
やりたいことできて大満足です、踊ってくれた皆さん、歌ってくれたおぎの、今年も付き合ってくれた二階堂、ありがとうーーーー。
・3男M
人間っていいね。
・あたおかM
裏導線シャトルラン今度はみんなでしましょう
・OP2部
振り返りのタイミングでも少し書きましたが、すずきのわがままによって生まれたMと言ってもギリ過言ではないようなMですよね、これは。
19期のオールjazzOPにずっと憧れてて、opはオールjazzでどうしてもやりたかったんですね。結果折衷案で2部opが増設される形となったわけですが、その節は大変ご迷惑をおかけしました。
GASSHOWという素晴らしい曲で、こんな大人数の舞台で、(名前だけ)統括として、6人で振りを作ることができてよかった。
一緒に作ってくれた5人、ずっと迷惑ばかりかけていてごめん、みんなのおかげでとてもいい作品になりそうですごく嬉しいです。
まだ本番を迎えていないのであまり多くは語らないようにします
楽しみだ、頑張ろうね
・公演ここゆーきゃんM
何書いても軽率に泣けそう。
決起会で言うのでここには書きません!(今はまだ)
引退してしばらく経ったら更新されてるかも?
とにかくこのMには色んな想いが詰まりすぎています、、ここまでずっとありがとう
とだけ伝えておきますー
みんな大好きだよー
15M、多かったなあー。どれも思い出が詰まりまくってて全然書ききれてないな
まあこれくらいにしておいて、次にいきますか
○出演M数ランキング
はいこれ、すずきゆうきM作ることにした時くらいから引退ブログの時に絶対にやろうと決めてたんですよ。ようやくやれる時がきました!嬉しい!!(漏れがあったらごめんなさいと先に謝っておきます)
今まで作ってきた15M全てを含んだ総出演M数ランキングと、変なやつ(弾き語り2022、2男、弾き語り2023、3男、あたおか)を抜いた正規出演M数ランキングと、期ごとの優勝者を作ってみました。
(本当は総出演M数ランキングだけだったんですが、あまりにも想定外の結果だったので変なやつ抜きも作りました)
・総出演M数ランキング
👑1位:もえこ
【9M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん、(あたおか)】
👑1位:さりー
【9M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん、(あたおか)】
2位:のる
【8M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、新歓メンズ、OP2部、公演ここゆーきゃん、(あたおか、2男、3男)】
3位:とってぃー【7M:ここゆーきゃん1年、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、OP2部、公演ここゆーきゃん、(あたおか)】
3位:ここゆ【7M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ここゆーきゃん1年、ほのすず、OP2部、公演ここゆーきゃん、(あたおか)】
3位:ともき【7M:すずきゆうき、新歓メンズ、DNOP、OP2部、(2男、3男、あたおか)】
3位:そーる【7M:すずきゆうき、新歓メンズ、(弾き語り2022、2男、弾き語り2023、3男、あたおか)】
変なMとかメンズMとかがあるせいで総出演数ランキングにメンズが3人も台頭してくるのが想定外で一人でずっとわろてました。二階堂とか変なやつ5個で稼ぎまくっててやばい、弾き語ってくれてありがとう。
凸や菊地を抑えて中山が2位に浮上してるのも個人的にツボです。いっぱい出てくれて変なことしてくれて嬉しいーありがとう
・正規出演M数ランキング
👑1位:もえこ
【8M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん】
👑1位:さりー
【8M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん】
2位:とってぃー【6M:ここゆーきゃん1年、ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、OP2部、公演ここゆーきゃん】
2位:こまち【6M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、ゆーきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん】
2位:まゆ【6M:ほのすず、ゆーきゃん、DNOP、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん】
2位:そう【6M:ここゆーきゃん1年、ゆーきゃん、新歓メンズ、そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん】
2位:ここゆ【6M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ここゆーきゃん1年、ほのすず、OP2部、公演ここゆーきゃん】
3位:みう【5M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、ほのすず、OP2部、公演ここゆーきゃん】
3位:ひかりん【5M:ここゆーきゃん1年、ゆーきゃん、DNOP、OP2部、公演ここゆーきゃん】
3位:のる【5M:ここゆーきゃん2年、すずきゆうき、新歓メンズ、OP2部、公演ここゆーきゃん】
3位:ゆうか【5M:ここゆーきゃん1年、ゆーきゃん、DNOP、OP2部、公演ここゆーきゃん】
3位:りなやん【5Mすずきゆうき、ゆーきゃん、DNOP、OP2部、公演ここゆーきゃん】
圧倒的もえこ仙波ですごい。本当にまあいつもよく見る面々が入っていて安心しました。みんな本当にありがとうすぎる。うれしいです今とても。
・期ごと優勝
22期:もえこ、さりー(8M)
出演可能なM全てに出てくれたお二人、本当にありがとう…!!メンズMと1年M以外全部出てくれているの本当に嬉しいというかすごい。二人ともいつもずっと仲良くしてくれるし今となっては二人がいると すずきのMだなあと感じるようになりました。引退して作っても絶対出てね。他のことはここゆーきゃんの手紙に書きます。来年以降もスズキ釣るために蒲田でカレー食べようねー
23期:とってぃー、まゆ、そう(など)(6M)
いつも出てくれる大好きな後輩たちーー、のなかで君らだけ少し多くて6Mだったようだ。本当に、毎回すずきのMを選んでくれてありがとう。君たちが 出ますー って言ってくれるのが毎回めちゃくちゃ嬉しかったし、いつも楽しそうにM練してくれるし作品の完成度をぶち上げてくれるし、なんかもう感謝とかそういうもので溢れています。本当にありがとう。
24期:わか(3M:そうきゃん、OP2部、公演ここゆーきゃん)
出れるやつ全部出てくれたわかばやしーーーーありがとうーーーー6月以降会わなかった週はガチでないし多い時は週3以上で会っていましたが、(あーここからは手紙で書きます)
一緒にいすぎてダントツ気楽後輩なのですぐ絡みまくってごめんね。これから先もダンスを楽しむことを忘れずに、共に極めていこう。衣装作り一緒にやれたおかげで今年は病まずにすみましたありがとう、そろそろカントリーマアム以外の好きなお菓子教えて
OGOB:まつかな(4M:ほのすず、ゆーきゃん、そうきゃん、公演ここゆーきゃん)
まつださん…!!!こうして見ると去年の公演以来毎イベントで出てくださってますね、本当にありがとうございます!まつださんがいるの本当にありがたいです、、M練中の面でも作品としてでもまつださんの支えの存在はとても大きいですお世話になりまくってます。感謝してもしきれないです。
(ちなみに、総出演数ではたつなりさんが5M(すずきゆうき、ほのすず、公演ここゆーきゃん、弾き語り2022、弾き語り2023)で1位でした。最高です。いつまでも憧れの先輩です本当にありがとうございます)
○FreeDについて
この場所には書ききれないほど色々な想いが詰まっていて、いざ文字おこしとなると結構大変そうだなー。
さてさて、今の日時は12/10 3:29 要するに通し練ですね、あと12時間で。なんでこのタイミングで引退ブログを書いているかというと、今音響の音量等不備のチェックで全音源を聞いていて耳は空いてないけど手は空いているからです。なんか音源作ってたらうぉぁーって感じになってきたのでとりあえず書き進めようかなと思った次第です。
・どうしてFreeDをやめなかったのか
さて、、、。冒頭にも述べたとおりFreeDに魂を売っているとされる鈴木ですが、やめようと思ったことは何十回もあります。特に去年の公演後から夏休みくらいまで。
ほぼ誰にも言ったことないし書くかは迷ったけど、きっと同じような悩みを今後抱える人がいるかもしれないからかなりぼかしてですが記述しておきます。
今年度前半、かなり揉めましたね。詳細は書きませんが、色々な価値観が原因で。(僕にとっては価値観の違いです、多分違うように捉えてる人も多数だと思うけど。)当時、現FreeDの体制はかなり甘いと思っていてこの状態でいい踊りができるとは思っていなかったし、これまでのダンス人生でやってきたことや外部ナンバーの練習を経て感じたことを踏まえて、別の環境にいった方が自分の思うようにダンスできるし上達できるし、FreeDには微塵も向いてないなと思っていました。
それに何より、対立意見を明確に主張して孤立していた且つ色々な問題がまだそこまで風化していなかった時期、あの時ほど周りが恐ろしかった時期はないです。人間一度疑ってしまうとなかなか抜け出せないもので、堂々と自分の意見を貫いてるし何を言われようと気にしないと考えようとしているものの、陰でどうせ叩かれてるんだろう散々言われているんだろう、知らないところで一元的な誤った情報が広まって嫌われているんだろうと疑ってしまうのがどうしても身から離れなくてそれが本当に恐ろしくて、やっぱ全ての連絡手段を切ってこのまま消えるかとガチで何度も考えていました。で、まあそんな状態なのに言語化するのが苦手というか意図的に自分の気持ちを言葉にするのを避けたせいで誰にも言わずこの瞬間まで抱え込んでいたわけなんですが正直こうして書いてその時の心情を思い返していくだけで心臓が縮小しますね。
まあ結果的に今こうして引退ブログを書くまで残っているんですが、この時なんでやめなかったかって、いうてしまえば義務感と責任感、変な強がり、あとは理想のためです。(あと時間)
義務感と責任感、というのはまあM責としてです。周りが自分をどう思ってるかは一旦置いといて、常に4M抱えている状態&音響でしたからそんな人間が消えるとせっかく公演班やDN班が頑張って進めたことを再度またやらせることになって多大な迷惑がかかるのは明らか。そんな迷惑の掛け方はなんか嫌だったので、思いとどまる一つの要因となっていました。それから、一番大きかったのは後輩に迷惑をかけたくなかったこと。今消えると石井くんに多大な迷惑をかけてしまう、という事実が何より僕を留めさせていました。だからとりあえずそうきゃんが終わってからかなあとか考えている時期もあったかと。
変な強がりっていうのはまあ、普通にこれでやめんのダサくね?っていう思考です。それは、そう!
で、ここからが一番大事。理想とは何かなんですが、それは「全員が楽しく練習をしてダンスが上手くなって、最高のいい作品にする」ということです。????って思ってると思います。いや当たり前じゃね?って思ってる人も多いんじゃないでしょうか。元々僕の中には、ダンスは常に上を目指すものであり上達に厳しい練習は必須という考えがあって、これは高校のダンス部時代とか社交ダンス時代で培ってきたものなんですね。確かに楽しくやろうとしても集中しなくなってやらない人が増えて結果として微塵もいい踊りにならないみたいなケースをよく経験してきて、結局多少厳しく練習していかないとよくならないとずっと思っていました。だからこそFreeD外の方が成長できるし向いてるかもなと思うなどしたんでしょう(疲れたのでここで止めます)
この時に支えてくれた人たち、味方してくれた人たち、ありがとね。その人たちはみんなきっとこれが見えているでしょうなのでお礼を言わせてください。
大好きだよー
伝えたいこといくつかだけ一言で
人を信じろ
環境に流されるな
ダンスと、人間と、この場所を好きであれ
これに尽きますね。
FreeDはただダンスだけをする場所ではないし、ただ仲良しこよしだけする場所でもないです。真剣に向き合えば衝突なんて当たり前だし(第一、衝突なしにいいものなんてできるわけないから積極的に自分の意見は主張していくべきではある)これだけ人間が多ければその関係のどこかに歪みが生じるのは避けられないとおもいます。
それぞれこのサークルに大事にしたいものがあって、それはダンスのできる環境だったりとか心の拠り所としてだったりとか、、、。共に一つの作品を作っていく仲間として、最も大事なのはその各々の価値観を尊重して理解しようとすることかなと思います。
いやまあこれはもえこが掲げた最大幸福みたいな話と全く一緒ですね、はい。
もえこ最高🍠
ダンスをしたいだけなら正直このサークルにいる意味はなくて、外部に出た方が確実に上手くなるしいろんな舞台に立てるのは明らか。そこで友達もできますしね。
でも、FreeDの価値はただダンスをする場であることではなくて、ダンスを通じて人のことを考え、想い、公演という大きな成果を自分たちで作り上げられることだと思うんですよ。
ダンスを極めることは大事。何せ我々の土台は踊ることですからね。でも、そこで終わってはいけなくて、大きな公演を全てを自分たちで作っていくからこそ、意見がすれ違った時に人のことを考える、理解しようとすることが求められてくる。
それって本来は難しくて、それができない環境が世に多く存在しているのは事実。
でもFreeDはそうできるように各々が最大限努力しているし多くの人がいやすい環境になるためにかなり工夫していると思う。こんな素敵空間ってなかなかないと思うんですよねやっぱ。
前半にも述べた通り、ダンスって楽しむものだからさ、環境が楽しくないとだめなんですよ。
新歓時点では楽しそうに見えて実はめっちゃ理不尽なことが多いみたいなダンスサークルはいくつも聞いてますし、それで抜けずらくて半強制で踊っているみたいな状況はとてもダンスを楽しめているなんていえたもんじゃないですよね。
それらを踏まえると、みんながいやすい場所になるために尽力している執行の3人や22期の色々な人たちは本当にすごいし最高です。いい環境に恵まれたなと、強く思います。
まあでも、それに甘えて練習がだれるのは違いますからね。
そこの塩梅が本当に難しいところで1番の悩みポイントではあるんだけど、一歩間違えるとガチでただの緩いサークルになってしまうし、間違えなくてもダンスへの真剣度に大きく差が出るケースが生まれてしまう。
とはいえ厳しくしすぎるのは、、、うーん難しい。
別に怒られないからいっか とか、そこまで本気でM練踊んなくてもいっか とか考えてしまうとそれはもう終わりで、ダンスサークルである以上、ダンスが土台にある以上、練習を怠ってしまったら何も残らない。
まぁそうさせないことがM責の持ちうる責務と手腕でもあるんだが、、、
それって大変だから!!MメンバーがMの空き時間に自主的に練習とかしてくれるだけでかなり変わるから周りも!どうか、踊りにきてるんだということを忘れないで、踊りと向き合うということを忘れないでほしい本当に。
みんながもっと自主的にMや踊りと向き合って上達できたらもっっとよくなるから!このサークルは!
と、いう鈴木の主観でした。もう引退する人間が変に口出ししても老害以外の何者でもないですからね、、、まあ、M責や頑張ってる人たちを助けてあげてねってことでした。
他にもいくつか書きたかった気はするんだけど、忘れちゃったからいいや。もう十分書きました…。
FreeDにいて良かったです。人としても変われたし、何より人生のなかで大きすぎる財産になりました。
○お世話になった人々へ
個別には、手紙で書いたりするしこの引退ブログ中にも数名に何回か書いたからいっかな。
期ごとに、すこーしだけメッセージを残して終わるとしましょうか。
24期
関われた子がそこまで多くなくてごめんね、、、みんなFreeDを楽しんでくれていそうだしダンスもメキメキと成長していて勝手にとても嬉しいです。今後ももっともっとFreeD生活を楽しんでほしい!これからを心から楽しみにしてますよ!!
OGOB
三年間お世話になりました。こんな、明らかなやば後輩をずっと見捨てずに育ててくださって本当に本当にありがとうございます。先輩方が紡いできたものをたくさん受け取って、たくさん支えてもらって、ここまでやってこれました。最後まで自分らしく駆け抜けますので、どうか見守っていてください。
23期
最高です。いろんな子と関わってきたけどみんな個性豊かでダンスも上手で、とても頼もしい代です。この公演までで何か一つでも君らにこれまでのものを紡いでいけるといいなーー、来年楽しみにしてる!呼ばれる限りはきっとできる範囲で助けになるのでいつでも。
22期
三年間、君らと共にこの公演まで歩めて本当に良かったです。
様々なことを乗り越えてきて、
最後に踊る3年Mでは何が見えるんでしょうか
何をおもうんでしょうか
楽しみだなあー
いや、
引退したくないな、やっぱ
楽しいこととか辛いこととか色んなことがあった
このかけがえのない三年間、、、、
なんて言葉で収めるにはとても勿体無いほどの日々なので
そういうのを踊りにこめればいいんだよねー。
ダンスやってて良かったー
3年間ありがとうございました。
○最後に
まあ長々と書いてしまいましたが、これにて引退ブログも終わりですね。お付き合いいただきありがとうございました。ほぼノンストップで書いて全部で15時間くらいかかったかなーこれ書くのに。まだ書きたかったことかけてないような気もするけどまあいいでしょう。ちなみに、えー、、、、、26700字でした。
また更新するかもと書いたパートはいくつかありますが多分しないです
いやここゆーきゃんについての振り返りはきっと書くかな
死ぬ瞬間に、引退公演のどこかの景色が思い出せるような
舞台にしたいかなーやっぱり
願わくばその景色がここゆーきゃんの
ラスサビ2後半であって欲しかったりする
しわあわせがここで書いたこと全てを
表してくれているので、タイトルにつけました
残り12日。悔いのないように生きます
2023年12月12日(火) 22期ゆーきゃん(すずきゆうき)
p.s. 22期各位 再来年のOGOBM、さすがに作りたいーー
🔼作ってるよー(2025/12/03)