みんなの引退ブログを読んでいると、文章がその人の声で再生されているような気がしてきます。語尾とか内容とか、ふとしたところにその人らしさを感じます。それって、それなりに濃い関係を築いていないと感じないことだと思うんですよ。みんなとそんな関係を築けたこと、幸せだなぁって噛みしめてます。それと同時に、もうすぐ落ち切る砂時計を眺めているような気持ちにもなります。全員分の引退ブログが上がりきったら、私たちの時間の終わりはもう目の前だから。あぁ、終わってほしくないな。
高校生の時、通ってた高校の文化祭でダンス部の発表を観に行きました。どのナンバーも素敵だったけれど特に目を引かれたナンバーがありました。古くてボロボロの校舎の薄暗い体育館のはずなのに、目の前には別な世界が広がっていました。ダンスってすごい。圧倒された私は、これがやりたいと強く思うようになりました。「これ」がジャズダンスというものだと知って、ジャズダンスができるサークルを探して、FreeDを見つけました。
1年目
jazzをやろうと思って入ったので、最初はjazz以外のダンスに目もくれていませんでした。公演のM希望フォームにはjazz Mを上から4つ入れた覚えがあります。そして、正規MはまほMとひなりさMに出ることになりました。
念願のダンス、念願のjazz!………だったはずなんだけど。あれっ、全然できない。まずM責さんの動きを見て真似することはおろか、手取り足取り説明してもらってもわからない。私が理解していないせいでM練や補習練の進行が止まってしまうこともありました。周りの人の視線や教えてくれている先輩の困った顔を見るのが居た堪れなくて。「私はこの作品にいない方がいい」ずっとそんな気持ちで練習に参加していました。
それでも初期に辞めなかったのは、こんな私にも優しくしてくれる人がいたからでした。
まず、まほMとひなりさMの同期。行き帰りの何気ないおしゃべりに、会ったら笑顔で手を振ってくれる明るさに、そっと振りを教えてくれる優しさに、どんなに私が救われていたか。言葉にしきれないです。その後私はjazzから離れてしまったけれど、やっぱり特に私の居場所だと感じるのはあなた達です。ここゆーきゃんMで、また一緒にjazzを踊れる人が多くてとっても嬉しい。ありがとう。
そして、数え切れないくらい高井戸で補修練してくださったかににさん。どんなに私が理解できなくても、何度でも何度でもわかるまで教えてくださってありがとうございました。本当にあの補習練が無ければ私は1年目の舞台に立てていなかったと思います。
あと、DNが楽しかったこともかなり大きかったです。DNもjazzをやる気満々でMプレゼンを聞いてたんですけど、目を惹かれて直感的にりこ²Mに出ることにしました。jazzだろうがRBだろうが、全然踊れないことに変わりはなかったけど、公演のM練のような肩身の狭さをあまり感じなくて。周りの先輩たちがとても楽しそうで、私も比較的明るい気持ちで練習に臨めていたというのもあったと思うし、なんというか、このMにいてもいいのかもしれない、みたいな気持ちでいることができました。(あんまり上手く言語化できてないです)楽しくて素敵なMを作ってくれて、FreeDの楽しさを教えてくれたりこりこさん、ありがとうございました。
そうして、圧倒的に周りの人にお世話になって、なんとか人前で踊れるくらいにしてもらって、1年目の公演を迎えました。照明に照らされて踊っているみんなを舞台袖から見ながら、FreeDに入れてよかった、辞めなくて良かった、と強く思いました。肩身の狭さが消え切ったわけではなかったけれど、大好きな居場所になっていました。
2年目
新歓ライブの期間は、同期と仲良くなれて楽しかった!個人的にもたくさん遊びに行ったし、22期で富士急に行ったり、高尾山に登ったり、駒中に集まっておしゃべりをしたり。友達がいて、高頻度で会える環境がとにかく幸せでした。
公演はgirs,RB,waackのMに出ました。去年の公演で、jazzへのトラウマレベルの苦手意識を持ってしまっていたからです。
公演練が始まってしばらくした頃から、私は周りとの差を顕著に感じ始めます。
私の立ち位置は後ろの方か端っこで、それは去年からずっと変わっていなかったけれど、周りの同期は、同じ初心者だったはずの子まで、ちゃんと成長して目立つ場所をもらっている。
それに比べて私は?相変わらず下手くそで、新しく入ってきた23期よりも下手で。
やっぱり期待されていないんだなぁと感じるのも悲しかったけれど(でも当然、下手なんだもん)、それより嫌だったのは、自分自身のマインドでした。M練や補習練に真面目に参加して、そのMの振りを覚えて、正しく踊れるよう練習する。当時の私はそれで精一杯だったけれど、周りは違いました。外部ナンバーに出た、レッスンに通い始めた、気づいたら家で夜通し練習してた、とか。私そんなの考えたこともしたこともなかった。そりゃあ差もつくよねって思いました。と同時に気づいちゃったんです。私、ダンスに向いてないかも。誰よりも上手くなりたいと思うような負けず嫌いでもなければ、物事を極めたいと思うような職人的な気質でもない。迷惑をかけたくないという気持ちは強いから、マイナスをゼロにする、1にするところまでは頑張れるんだけど、それを2にする、10にする、みたいなことはあまり頑張れない。そんな自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
また、そんな私の存在意義ってなんだろう?と考えるようになりました。大好きなFreeDに貢献したい。恩返ししたい。1番メジャーな貢献の仕方はM責だけど、できないだろうし、技術的にもダンス面で貢献するのは難しいかも。うーん、どうしよう。それなのに、FreeDにコミットする気がない人とは私は違うの、みたいな変なプライドだけはあって。身の振り方に悩んでいました。
そんな感じで迎えた秋。幹部代を見据えた話し合いが始まりました。FreeDはどうあるべきか、ダンスとは、みたいな議論がSlackで巻き起こります。その中で、ある単語を見つけて、冷たい手で心臓を直接掴まれたような気持ちになりました。「作品のノイズ」。この単語が出てきたのにもちゃんと前後に文脈があって、私のことを揶揄しているのではない(特定の誰かを指す意図の言葉じゃなかったと思う)のは理屈ではわかってたし、相談した友達も「さーやのことじゃないでしょ」って言ってくれました。でも、あまりにも自分の中で自分を表すのにしっくりきてしまって。それから、M練や通し練の動画を観ても、ノイズという言葉がずっと頭をぐるぐるしてました。絶対自分このMにいない方がいいじゃん。この気持ちにどう折り合いをつけたかは正直覚えてないです。今でもたまに思うから、折り合いつけられてないのかも。
……ちょっと暗すぎるので楽しかった話や前向きな話も。
まず、DNではjazzMに出てました!りーなっつMです。あんなにjazzはもういいや〜とか言ってたくせに、大好きな2人がM作るって聞いて即決しました。穏やかなメンバーと素敵な曲と振り付けで、出演して良かったってめちゃめちゃ思ってます。りーなっつのM責パート見ると軽率に泣ける。大好きだよ2人とも🫶
また、公演ひろさーMからwaackを始めました。waackやってる同期が狂ったようにwaackwaackって言ってたので()そんなに楽しいならやってみたいなと思って出演を希望しました。最初は1年目の絶望再び、みたいな気持ちでした。周りはたくさんいる同期も含めほぼみんな経験者だし、技がわかってる前提で練習が進んでいくから自分だけさっっっっっぱりわからないし。でも、程なく私もwaack楽しいなって思うようになりました。まず技ができたという達成感があること。肘の高さ云々とか、今見返すと突っ込みたいことは山ほどあるけど、決まった技がある分スモールステップで「できた!」という気持ちになれたのが良かったです。そして何より大きいのは数えきれないほど補修練してくれたひろかさん、さーちゃんさん、ゆっきさん、みれいさんの存在です。基礎練から振りの復習から、文字通り手取り足取り見てくださったおかげでできることも増えていったし、なんかというか、絶対に見捨てられない安心感みたいなのがありました。俗に言う(?)「waack界隈のあったかさ」的なやつかもしれません。本当にありがとうございました。
当然言及した4人以外の21期さんにも沢山お世話になり(本当は1人ずつ言及したいくらい)、公演が終わる頃には21期さん大好きー!て感じでした。ゲネの3年Mを客席から見て、先輩たちがすっごく素敵で幸せそうな顔で踊ってるのをみて、涙が止まらなくなりました。(そこで涙枯れ果てたせいで本番泣けなくて微鬱)21期さんがいなくなる悲しさと、先輩たちがこんな表情で引退できるのなら良かったという安心感と、幹部代になる不安と。色んな感情が入り混じっていました。
3年目
新歓期は地味に新歓副代表やったりしてました。新歓代表おーきが無限に有能なおかげでほぼ出番なかった気がするけど()。でも、新歓副代表を務めさせてもらえて良かったなと思ってます。と言うのも、24期のみんながどんな想いを持って入ってくれたのかを知ることができたから。「あんな不安げだった子が駒祭のステージで堂々と踊ってる〜!」とかひっそり感動したりしてます。あと、サーオリや体験練習のシフトを組むにあたって協力を申し出てくれる人が沢山いて、改めてFreeDの温かさと、みんなのFreeD愛を感じることができたのも良かったですね。
そしてついに公演。OP統括やらせてもらってます。まず多分なんでこいつやねんって思ってる人多いと思うので説明すると、去年の秋頃に公演責のあいりから声をかけてもらって。振り付けは作らない、あくまでも振り師をまとめたり練習の管理をしたりする役職、これなら私にもできるかもしれないと思ってやりたいと返事をしました。先ほども言及した通り、私の存在意義ってなんだとずっと考えていたので、来年の公演に貢献できると嬉しかったのを覚えてます。
でもいざやってみると、まーーーー自分の無能なこと。まず曲決めの段階から、曲探し苦手すぎて結局全部別な人が曲を見つけてくれたし、3拍子の曲でlockさせようとしてオギとおーきを大いに困らせたりとか。
実際の練習が始まっても、M責経験もなければ自分が振りを作っているわけでもないので大したことも言えないしできないし。私自身はダンスの技術とか全然ないから実力を持って示すようなお手本にもなれないし。開始時点で0に近かった自信がマイナスになっていきました。
経堂駅から希望ヶ丘までの道を1人で歩いている時になだれこむ「欠席します」のLINE。(もちろんやむを得ない理由で欠席してる人がほとんどなことはわかってるけど)私がもっと毅然とした統括だったらもっと人くるのかなー、統括があのレベルなら頑張らなくてもいいやとか思ってる人いるのかなー、振り師も内心困って呆れてるんだろうなー、とか考えて絶望しながらOP練に向かう日もありました。私じゃない人が統括やった方が絶対良かったよねと思ったことも数知れずです。自分の存在意義とかとっくに見失ってました。
でも最近やっと気づいたんです。みんなちゃんとOPに向き合ってくれてる。「OP好きだよ」「OP頑張りたいんだ」って伝えてくれる人もいる。それなのに私が自分に自信ないからってそれを否定するの、すごく失礼じゃない?って。(遅い)
みんな沢山練習してくれてる。自己FB書いて送ってくれる人、教えあって高め合ってくれる人、休んでも絶対キャッチアップしてくれる人が沢山いる。鏡とかモップがけとか、スムーズな運営に協力してくれる人もいる。OPに真剣に向き合ってくれてありがとう。あと1週間、頑張ろうね。
振り師もみんな忙しい中、心身砕いてOPをよくするために振りや構成を考えたりFBしたりしてくれてる。9人には本当に本当に感謝してもしてもしきれないです。ありがとう。ここじゃ伝え切れないから手紙に書くね。
ここまで読んでくれた人はわかったと思うんですけど、私とんでもなくネガティブです。ダンスに限らず自信とか基本的に1ミリもないです。例えばM責さんからFBもらう機会ってあると思うんですけど、数が多かったら「あー私できてないんだなー」って落ち込みます。数が少なかったら「あー言っても仕方ないって思われてるんだなー」って落ち込みます。なんだこいつ。
そんな私がこの3年間、多分向いてないダンスをやってこれたのは、FreeDだったから。とりわけ、あったかい、あったかい22期の仲間がいたからです。
右も左もわからなかった私を受け入れて友達になってくれた。何度も遊びが企画されて、そのどれもがすごく楽しかった。沢山の思い出をありがとう。
ダンスで表現するとはどういうことなのか、教えてくれた。今年は、マイナスをゼロにするだけじゃなくて、もっと良くしたい、届けたいという気持ちで踊れてるんです。紛れもなく、同期の想いや懸けているものを知ったからだと思います。
くよくよ悩んだ時は真剣に相談に乗ってくれて、温かい言葉をかけてくれた。人と向き合うとは、他人を想うとはどういうことか、考える機会をくれた。こんなに人数がいて、みんなが人間的に尊敬できるの、本当に凄いよね。
私、やっぱり自分に自信はないけど、自分が22期であること、こんな素敵な人たちと素敵なコミュニティを作ってきた事実は誇ることができます。ちょっとでも、この場所に私の存在意義があったとしたら嬉しいな。
大好きな人たちと、1つのものを作り上げる。かけがえのない時間だったな。ずっとずっと、鮮明に覚えてたいな。
ありがとう。
2023.12.15 22期 さーや