フリー・チャーチ

フリー・チャーチ

   あなたの頑張り、我慢、そして涙を
  イエス様はご存じですよ。

   フリー・チャーチは「イエス様を信じている」
   「イエス様を信じたい」という思いだけで結ばれた、
   励まし合いのサークルです。

「たぁー君さ、きみ、教会の中では輝いているけど、仕事中は暗いよね」 

 

これは35年ほど前、私が神学生だった頃、バイト先の奥さんから言われた言葉です。彼女も教会来られ始めていました。自分にズケズケと言ってくれる人がいるというのはありがたいことですね。私はその言葉で目が覚めたのです。それから私は変わり始め、今ではこんな私になってしまいました(笑)。

 

その時の私と同じように、教会の中やキリスト者同士でいる時は大いに聖書の言葉を語り合い明るいけど、社会の中では周りと和合できないキリスト者も多いのかもしれませんね。教会外の方からは「あいつみたいに独りよがりな人間にはなりたくない」「だから宗教は怖い」「ああはなりたくない」などと言われるキリスト信者であってはいけませんね。

 

「 あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。

また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。

このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(聖書)

 

【写真 たぁー君、神学生時代。35年前】

「この方(イエス・キリスト)はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。」(ヨハネの福音書1:11)
この世界はイエスさまによって創造されました。そのイエスさまが人を救うためにご自身も人の姿をとって地上に来られたのですが、人々はこのイエスさまを受け入れなかったのです。
私は日産が作った車に乗っています。その車が故障した時に日産のエンジニアが来ても私は彼を受け入れず、自分で治そうとしているようなものです。それでは一生直せないでしょう(笑)

イエスさまを自分の救い主として素直に受け入れるとき、私たちは神の子どもの特権が与えられるのです。父なる神さまに祈れるし、神さまの保護とまた教育を受けられるのです。

 

あのイエスさまの使徒パウロさんは、自分の中にどうしても神さまに取り去ってほしい嫌なことがあったようです。しかし、神さまはあえてパウロさんからそれを取り去ってはくださらなかったのです。パウロさんは、それは自分が決して高慢にならないために神さまから与えられたトゲであると悟ったのでした。

私にとってのトゲはハゲか?(笑)

見ず知らずのここ延岡市に開拓伝道にやって来て22年目ですが、その10年目に、お金も全くなかったのになぜか現会堂を取得しました。「ゼロからの開拓伝道は大変だったでしょう」と聞かれると「いや、そんな大したことないですよ」と答えます。「ほんと、とても大変でした」と本当のことを言ってしまうと、とたんに号泣してしまいそうだから…

支えとなったのはただひたすら聖書の言葉、イエスさまの言葉。ことば(イエスさま)が人となってこの地上に現れてくださったように、聖書の言葉もまた私たちの生活の中で実際に物事として現れるものです。

私は聖書の言葉を、ただ語ったり書いたりするだけではなくて、この身を通して、この生き様を通して神の言葉の力を証していきたいのです。


イエスさまは「人をさばいてはいけない」と語られました。

人は誰でも自分が正しいと思っています。その自分の正しいと思っている「自分のものさし」で人を計ることが、人をさばくということだと思います。自分のものさしでは自分を計るべきで、人さまを計るべきではないと思いますよ。人には、他人にはわからないことが色々ありますからね。