今日から数回に分けて、今一度体内に窒素が吸排出される仕組みや、
窒素の吸排出の「速い組織」と「遅い組織」の違い、
そして、ダイブコンピュータのメカニズムについて、分かりやすく解説して行きたいと思います。
これを知ることによって、「ダイブコンピュータが普及してから何故減圧症患者が増えたのか?」
という理由や、どうしたら減圧症にかかる可能性を低減できるかということが、
お分かりいただけるのではないかと思っています。
まずは、表題の「ヘンリーの法則」ですが、私はいつも人に減圧理論を説明する際には、
この1803年に英国のウィリアム・ヘンリーが発見した物理の法則から入ることにしています。
ウィキペディアによると、「ヘンリーの法則」とは、
「揮発性の溶質を含む希薄溶液が気相と平衡にあるときには、
気相内の溶質の分圧は溶液中の濃度に比例する」という物理的法則とあります。
何だか、難しい言葉が並んでいますね。
これが減圧理論にどう関係しているかと言うと、
「血液を介して体内組織に溶け込んでいる窒素の圧力は、常にその周囲の圧力に平衡して行く」
ということを、まずは頭に入れる必要があるからです。
この理論を頭に入れておかないと、正しい減圧理論を知ることはできません。
実は、ダイブコンピュータはこの法則に基づき陸上でも常に演算を行っています。
水中だけでなく、一定間隔で気圧を計って窒素の吸排出計算を行い、
高度ランクを大きな単位として、
体内の窒素状態と同じような状態を常に各コンパートメント上に作り上げているのです。
例えば人体では日常、大気圧の変化に対しても窒素の吸排出があります。
気圧が高くなって行くと、それに比較して体内組織の窒素圧が低い状態になるので
「ヘンリーの法則」にあるように、体内組織に窒素が吸収されて行きます。
逆に気圧が低くなると、体内組織から窒素が排出されて行きます。
同様に平地から高所に向かうと、周囲圧(気圧)が低くなるので、体内窒素は排出されて行きます。
しかし、窒素の吸排出が「遅い組織」が周囲圧に平衡するまでにはとても時間がかかります。
つまり体内組織には窒素の吸排出の「速い組織」と「遅い組織」があって、
周囲の圧力(大気圧・水圧)に平衡するまでの時間には大きな差があるのです。
その差がどれくらいあるかと言うと、ダイブコンピュータの計算上では、
最も「速い組織」がF1マシンのトップスピード(時速350km以上)とすると、
最も遅い組織は人間が歩くスピード(時速4km)くらいになります。
平地から高所に向かった場合の話に戻すと、
ダイブコンピュータも同じように周囲圧に対する平衡状態を計算しているので、
そのような時には、一時的に「遅い組織」に余裕がなくなります。
(※一時的に体内に窒素が蓄積した状態になる)
そのため、高所潜水をする際には、現地でしばらく待機する必要があるのです。
(※体内の窒素が排出されて行くのを待つ)
また、周囲圧(気圧)と水圧の差が海面に比べて大きいので、浮上条件や減圧要件も厳しくなります。
一方、高所に住んでいる人や長時間飛行機に乗っていた人が短時間で海面に移動すると、
「遅い組織」に窒素が吸収されて平衡するまでに時間がかかるので、
ダイブコンピュータの計算上では、「遅い組織」の体内窒素圧に余裕があることになります。
(※一時的に体内の窒素圧が周囲圧より低い状態になる)
よって、そのような状態の時には、疲労や血液の循環状態を無視すれば、
減圧理論的には安全方向に働くことになります。
(※逆に、ダイビング後の高所移動は危険な状態となります。)
ヘンリーの法則は水中でも全く同じことですが、
気圧変化と比較して急激な周囲圧変化が起こります。
窒素の吸排出の「速い組織」は短時間で平衡状態に向かいますが、
「遅い組織」は平衡状態になるまでにとても時間がかかります。
体内の窒素圧が周囲圧(水圧)に対して、高ければ体内窒素は排出され、低ければ吸収されます。
ですから、ダイビング中に浮上をして行くと、その水深に対して飽和平衡状態にあるかどうかを分岐点に、
「速い組織」は体内窒素を排出しているのに、
「遅い組織」は体内窒素を吸収しているという状態が生まれます。
「速い組織」は許容圧力が高く、深い水深(周囲圧)まで減圧停止をしなくても耐えられますが、
「遅い組織」は許容圧力が低く、浅い水深までしか耐えられません。
しかし、「速い組織」は窒素の吸排出が速いので、許容限界点に短時間で到達してしまいますが、
「遅い組織」は許容限界点に到達するのに時間がかかります。
いかがでしたか?
一見、難しいように見えますが、よくよく考えるとそんなに難しい話ではないですよね?
この基本的な原理を頭に入れることがとても大切なのです。
次回は、USネイビーのワークマン博士の考えたM値(減圧不要限界点)の話をします。
※上の文章の最後の許容限界点
(つづく)