前回の記事で「アレ」を観に行ったと予告しましたが、ザルツブルク音楽祭で「アレ」と言えば、毎年必ず上演のある演劇/イェーダーマンのことです。2006年以来の久しぶりの観劇、とても楽しみです!

 

 

SALZBURGER FESTSPIELE

Hugo von Hofmannsthal

JEDERMANN

The Play about the Death of the Rich Man

(Domplatz)

 

Director: Michael Sturminger

Sets and Costumes: Renate Martin, Andreas Donhauser

Composition: Wolfgang Mitterer

Conductor: Hannes Löschel

Choreography: Dan Safer

Lighting: Urs Schönebaum

Dramaturgy: Alexandra Althoff

 

Death / Paramour: Valerie Pachner

Everyman: Michael Maertens

Everyman's Mother: Nicole Heesters

Everyman’s Good Companion: Helmfried von Lüttichau

A Poor Neighbour: Emanuel Fellmer

A Debtor / Mammon: Mirco Kreibich

The Debtor’s Wife / Deeds: Birte Schnöink

Fat Cousin: Bruno Cathomas

Thin Cousin: Fridolin Sandmeyer

Announcer / Faith: Anja Plaschg

God / Devil: Sarah Viktoria Frick

Table Companions / Deeds / Neighbours: Theresa Dlouhy, Paula Jeckstadt, Colin Johner, Raphael Nicholas, Katharina Rose, Ellen Krogh Skjølstrup, Therese Troyer

 

Ensemble 021

 

 

(写真)イェーダーマンの公演パンフレット。

“JEDERMANN”の上に脚本のフーゴー・フォン・ホフマンスタールの名前が高らかに記載されています。そうです。R.シュトラウスと名コンビを組んで、ばらの騎士やエレクトラを生み出した、あのフーゴー・フォン・ホフマンスタールの演劇作品なんです!

 

(写真)イェーダーマンはザルツブルクの大聖堂の前で上演されます。ウィーンのシュテファン寺院はその大きさに度肝を抜かれますが、ザルツブルクの大聖堂も大変立派で、横から見ると身廊の大きさが良く分ります。

 

(写真)イェーダーマンの客席。大聖堂の前(前の写真だと右側)に仮設の客席が組まれて、そこから舞台を観ます。写真では舞台は見えませんが、左端の白い壁の奥にあり、客席からは大聖堂のファザードを背景に舞台を観る形となります。これが雰囲気があって、とてもいいんです!

 

(参考)2017年にザルツブルクに行った時に、空席の状態の観客席を撮った写真があったので、参考までに掲載します。こんな感じの客席から舞台を観ます。

 

 

 

 

 

イェーダーマンは1920年にザルツブルク音楽祭が始まった時に上演された演劇です。ザルツブルク音楽祭は演出家マックス・ラインハルトと詩人フーゴー・ホフマンスタールと作曲家リヒャルト・シュトラウスの3人が中心的な役割を担って創ったと言われていますが、そのうち、ホフマンスタールが脚本、ラインハルトが演出を担当した、とても由緒ある演劇なんです。

 

 

 

はい、フランツ先生!どうして音楽祭なのに、演劇が上演されるんですか?

 

 

いい質問ですね!「ザルツブルク音楽祭」は日本で普及している通称で、オリジナルのドイツ語は“Salzburger Festspiele“です。つまり、実は音楽に限定したフェスティバルではないんです。実際、公演スケジュールを見ると、演劇も沢山上演されています。

 

しかし、ドイツ語の演劇を楽しむのは日本人だとハードルが高く、どうしてもオペラやコンサートに目が行くので、「ザルツブルク音楽祭」の和訳が一般的になったものと考えられます。なので、「音楽祭」だけど「演劇」が上演されているんですよ~。

 

 

 

イェーダーマンのあらすじをごく簡単に。一種の道徳劇です。お金持ちのイェーダーマンは貧乏人につれなく当たりますが、死の予告を受けてしまいます。死を前にして、周りで群がっていた人たちは誰も助けてくれず、孤独を感じるイェーダーマン…。自らの人生を振り返り葛藤します。

 

最後は悪魔がイェーダーマンを連れて行こうとしますが、悔い改めたイェーダーマンは「善行」と「信仰」に守られて、最後は静かに死んでいく、という物語です。

 

 

 

私はイェーダーマンの舞台を一度観たことがあります。初めてザルツブルク音楽祭に参加した2006年。とてもオーソドックスな演出や衣装の舞台で、大いに楽しんだ思い出があります。

 

特に劇の途中で、イェーダーマンの名前が連呼されるシーン(死の宣告)がありますが、それが舞台からでなく、360℃周りのいろいろな方向の建物から聞こえてきて、さらには大聖堂や周りの教会の鐘が連動して次々と鳴り響き、ザルツブルク旧市街のロケーションを活かしたスケールの大きな舞台なんだと大いに感動しました!

 

 

 

 

 

さて、今回の舞台ですが、前回2006年の時とは異なり、かなりポップで奇抜な演出でした。イェーダーマンは前回はタキシードで決めていましたが、今回は初老のややさえない身なりのお金持ち。不動産の大家さんの日常、という風情です。

 

 

最初に浮浪者の方がイェーダーマンにたかるシーン、続いて家賃を払えなくなった家族の立ち退きのシーンがとても見応えあり。立ち退きとなった男性が浮浪者に見ぐるみはがされて、しかし、それが故にその妻と子供は救われるという切ない展開…。

 

そんな弱者たちにはお構いなく、イェーダーマンは自分のためにパーティを開きますが、集う仲間たちは奇抜な格好の面々。空虚なパーティのシーンが続きます。特に2人組の男性がコミカルな演技で盛り上げていました。きっとオーストリアで人気のコメディアンの方なのでしょう。

 

 

途中の「イェーダーマン」が連呼される印象的な場面は、2006年の時とは異なり、あちこちの建物から聞こえてくる訳ではありませんでした。公演パンフレットには1920年からの全公演の情報が載っていて壮観でしたが、近年はおおよそ2~3年おきに演出が変わるので、いろいろなアプローチがあるんだなと感じました。

 

(写真)公演パンフレットから、ザルツブルク音楽祭が始まった1920年の時のイェーダーマンの舞台の様子。ご覧の通り、ザルツブルクの大聖堂が背景の、非常に雰囲気のある舞台です!私が前回観た2006年の公演もこの1920年の時に似た舞台でした。写真の左下には”REGIE MAX REINHARDT”と書かれていて、歴史を感じますね~。

 

 

イェーダーマンの自分の人生についての葛藤のシーンがあった後、最後は死にゆくイェーダーマンの身柄を狙って悪魔が登場。悪魔は最初、赤い法衣の大司教のような格好で出てきて、イェーダーマンの身柄をかすめ取ろうとする狡賢さ。しかも、卑猥さを感じさせる様相で、かなりぶっ飛んだ悪魔でした!

 

しかし、そんな悪魔に対して、「善行」と「信仰」がイェーダーマンを守ります。悪魔と「善行」と「信仰」との応酬には見応えがありました!そして、イェーダーマンは最後安息を得て、静かに息を引き取るのでした。

 

 

 

 

 

いや~、久しぶりに観たイェーダーマン、字幕のないオール・ドイツ語の上演で、かつ登場人物が象徴的、かなり奇抜な演出だったので、ストーリーを追うのが大変で十分に理解できた訳ではありませんが、ず~んと重い、何か大切なメッセージを受け取った、とても有意義な公演でした!それはすなわち、

 

 

 

必要以上にお金が溜まったら困った人や弱い人を助けることに使う。

 

形式的だったり、実利的だったりしない、真の友人を作る。

 

日頃の行いを常にお天道さまが見ていることを忘れない。

 

 

 

ザルツブルク音楽祭は世界中のお金持ちが集う音楽祭と言われていて、事実、オペラやコンサートではきらびやかなドレスや宝石で着飾った方々も沢山いらっしゃいます。(なお、私は決してお金持ちとかではなく、何とか頑張って末席を汚させていただいているレベルです…汗)

 

そのような聴衆を相手にして、このような道徳劇が毎年上演される意義はとても大きいと改めて感じたところです。

 

 

 

それにしても、夕方17:00からの公演ですが、ザルツブルクはまだ日が高く、屋根のない客席なので暑いこと暑いこと!私は学生時代にサッカー部だったので、暑さ自体にはめっぽう強いですが、それでも、強い直射日光で焼けたくないので、日差しをパンフレットで遮りながらの観劇でした。帽子を被った方がいいかも知れません。

 

暑さのため、給水コーナーも設けられていました。それでも1時間くらい経ったところで急病人が出て、5分くらい中断になりました。イェーダーマンの役者さんが劇を自発的に止めて、看護スタッフが急病人を運ぶ時間を作っていたのはとてもいい判断だと思いました。

 

 

 

 

 

(写真)終演後はカフェ・バツァールにて、アプフェルシュトゥルーデル・アイス添えとメランジェ。暑さから「アイスクリームも付けますか?」と言ってくれたボーイさんの気遣いが嬉しい!暑かったのでミネラルヴァサーも頼みましたが、出て来た途端に一気飲みしました!笑

 

 

(写真)カフェ・バツァールからのザルツブルク旧市街とザルツァッハ川の景色。こういう素敵な景色を眺めながら、素晴らしかった観劇を反芻する時間が好きなんです!

 

 

 

 

 

さて、この日はダブルヘッダーなので、カフェで一休みした後、再び観劇に行きました。2つ目の観劇はコンサートでしたが、これがまた見事なまでに最高だったコンサート!

 

しかも、2023年が記念年だった、とある作曲家がいかに素晴らしいかを伝える、非常に意義のあるコンサートでした!間違いなく、2023年のザルツブルク音楽祭のコンサートのハイライトです。

 

こういう最高の公演に当るので、ザルツブルク音楽祭詣では止められません!さて、そのコンサートとは果たして何でしょう?次の記事で!(続く)

 

 

 

 

 

 

 

(追伸)2月6日に小澤征爾さんがお亡くなりになりました。以前から体調不良が伝えられていたので、いよいよこの日が来たか、と思いましたが、まずは哀悼の意を捧げたいと思います。

 

私は小澤さんの公演を聴いたことがほとんどありません。コンサートは一度もなく、オペラも4回。その4回のうち3回はワーグナー/タンホイザーで、2007年3月の東京オペラの森の公演(2回)と、2007年12月のパリ・オペラ座(バスティーユ)の公演。これらは私のタンホイザー体験の中で最高の思い出となっています。

 

しかし、それは小澤さんが理由ではなく、タンホイザーを世間から認められない画家に見事に読み替えたロバート・カーセンさんの演出が最高だったことと、その画家のタンホイザー役を青春の息吹を感じさせる見事な歌で演じたステファン・グールドさんが抜群に素晴らしかったからです。

 

さらに、パリの公演では、プティ・パレ美術館で「ギュスターヴ・クールベ展」が同時開催されていて、この演出のタンホイザーとクールベを関連付けていて、こんな絶妙な企画を打ち出して、さすがは芸術の都パリ!と大いに唸りました!一方、演奏はもちろん良かったですが、小澤さんの指揮については、ほとんど覚えていません。(本当にごめんなさい…。)

 

しかし、オペラの終演後の光景はよ~く覚えています。海外のオペラ座の公演では演奏が終わると、オーケストラのみなさんはささっと帰ってしまうことがよくありますが(ふう~、長時間お疲れさま!さあ、メシだメシ!みたいな笑)、パリ・オペラ座のオケのみなさんはカーテンコールで小澤さんが現れると、熱烈に拍手をしていました!最後に小澤さんが舞台から去るまで、オケのみなさんはずっと残っていて、小澤さんを大いに讃えていたんです!

 

私はこの光景を見て、小澤さんはオケのみなさんから愛されているんだな、小澤さんと一緒に音楽をしたいと思う人たちが世界には沢山いるんだな、これが「世界の小澤」なんだな、と大いに感銘を受けた瞬間でした。

 


日本人で最初に海外で活躍して、後進を育てることにも情熱を注がれた小澤征爾さん。長い間、新しい世界を切り拓かれてのご活躍、本当にお疲れさまでした。ご冥福を心よりお祈りします。天国で師匠のレニー(レナード・バーンスタイン)と存分にお酒を楽しまれてください!