(夏の旅行記の続き)旅行9日目。午前中のマイゼルス・ヴァイスの見学の後、夕方からバイロイト音楽祭のタンホイザーを観に行きました。
BAYREUTHER FESTSPIELE
RICHART WAGNER
TANNHÄUSER
Conductor: Nathalie Stutzmann
Director: Tobias Kratzer
Stage design: Rainer Sellmaier
Costumes: Rainer Sellmaier
Video: Manuel Braun
Lighting: Reinhard Traub
Dramaturgy: Konrad Kuhn
Landgraf Hermann: Günther Groissböck
Tannhäuser: Klaus Florian Vogt
Wolfram von Eschenbach: Markus Eiche
Walther von der Vogelweide: Siyabonga Maqungo
Biterolf: Olafur Sigurdarson
Heinrich der Schreiber: Jorge Rodríguez-Norton
Reinmar von Zweter: Jens-Erik Aasbø
Elisabeth, Nichte des Landgrafen: Elisabeth Teige
Venus: Ekaterina Gubanova
Ein junger Hirt: Julia Grüter
Le Gateau Chocolat: Le Gateau Chocolat
Oskar: Manni Laudenbach
(写真)本公演のパンフレット
(写真)バイロイト祝祭劇場近くの池。開演前の静かな光景ですが、これが第1幕の後に一変します!
バイロイト音楽祭のタンホイザーは昨年も観ました。演出は大胆な読み替えにより、めちゃめちゃ楽しく、かつ切ない舞台を造ったトビアス・クラッツァーさん。こんな展開となるタンホイザーがあるのか!と、大いに驚かされました。観客に大受けの舞台でしたね。
(参考)2022.8.21 ワーグナー/タンホイザー(バイロイト音楽祭)
https://ameblo.jp/franz2013/entry-12776953342.html
あくまで私の見立てですが、この公演の特徴・ポイントを簡単にまとめると、以下の通りです。
◯1849年のドレスデン革命時のワーグナーの言葉である、「意志の自由、行動の自由、悦楽の自由」から発想を得て展開される舞台。
◯オスカルとガトー・ショコラという2人の黙り役の大道芸人として登場させ、ヴェーヌスとタンホイザー(ピエロ役)とその2人が、キャンピングカーで各地を周わる大道芸一行として描かれている。
◯ヴェーヌス一行は俗世、ワルトブルクは聖なる世界で、その対比を描いている。ヴェーヌス一行は自由気ままな生活で、遂には犯罪まで犯してしまう。一方、ワルトブルクは堅苦しい世界で、エリーザベトは最後死に追い込まれる。
◯第1幕でヴェーヌス一行を抜け出したタンホイザーは、バイロイト音楽祭の仲間たちのところに戻り、タンホイザー第2幕の舞台に出演する。そこにヴェーヌス一行がやって来て、ヴェーヌスは歌合戦のプレゼンテーターの4人の少女の1人に変装して舞台に紛れ込む。
◯ミンネゼンガーたちによる「愛の本質」の歌の堅苦しさに辟易して、タンホイザーは「ヴェーヌスベルクへ行け!」と叫び、ヴェーヌス一行が乱入して、「意志の自由、行動の自由、悦楽の自由」が書かれたチラシをばら撒く。そのチラシを見て物思うエリーザベト。
◯公演舞台が大混乱となったため、バイロイト音楽祭のカタリーナ・ワーグナー芸術監督が警察に通報し、タンホイザーは警察に連行される(ローマ巡礼)。
◯楽しい第2幕までとは一転して、第3幕はリアリティを観客に突きつける舞台となる。エリーザベトは自ら死を選び、最後、タンホイザーと2人でキャンピングカーで自由に旅をするエリーザベトの夢を描いた映像で終わる。
◯つまり、ワーグナーの言葉「意志の自由、行動の自由、悦楽の自由」を見事に体現した、バイロイト音楽祭ならではの究極のタンホイザー!
どうですか!この驚きの展開!よくも、まあ、考え付いたものだと本当に驚きます!(さまよえるオランダ人の時と全く同じ表現、笑)
そして、2回目を観た感想ですが、1回目と変わりません。この舞台は今年が5年目なので、成熟していて、舞台として洗練されている、という印象を持ちました。以下、具体の感想です。
第1幕。ここは序曲の間に、ヴェーヌス一行の楽しい映像が見ものですが、何と昨年と異なり、今年はヴェーヌスとタンホイザーがARゴーグルで車をかっ飛ばして楽しむシーンが加わっていました!これって、前日に観たARゴーグルを使ったパルジファルに掛けてのユーモアですよね?何と粋な演出!笑
逆に、昨年観客が大受けした、ヴェーヌス一行が道を間違えてザルツブルク音楽祭に行ってしまい、オスカルが地図を見て頭を抱える映像がなくなっていました?
これはタンホイザー役がもともとステファン・グールドさんの予定だったのが、ご病気により降板となり、クラウス・フロリアン・フォークトさんに替わったからだと思います。おそらく、ザルツブルク祝祭大劇場でのロケの時間がなかったからでしょう。
(なお、ステファン・グールドさんはその後、残念ながらご病状が回復せず、先日惜しくもお亡くなりになってしまいました…。本記事の最後に追悼記事を書きました。)
そのフォークトさんのタンホイザーは、真面目なタンホイザーが破天荒なヴェーヌス一座に入ってしまって、大きく困惑する演技がとても印象に残りました。ヴェーヌスがガソリンスタンドの警備員をひき殺して逃亡するシーンでは、どうしてこんなヒドいことをするんだ!と、(ピエロのメイクで)訴えるように大きく目を見開いた演技が印象的。昨年のグールドさんは悲しみとたそがれの表情が素敵でしたが、キャストが違うと印象も異なりますね。
第1幕のタンホイザーとヴェーヌスのやりとりのシーンでは、ヴェーヌスがタンホイザーを引き留める歌に合わせて、ドラッグクイーンのガトー・ショコラが夜の蝶のような出で立ちで、さらに蝶の羽根に電飾を飾って踊るシーンに観客がもう大受け!爆笑が起こっていました!笑
ヴェーヌス一行に嫌気の差したタンホイザーは、キャンピングカーから飛び降り、場面転換に。通りがかった牧童の献身的な演技には、昨年に続いて引き込まれました。この舞台は第3幕ラスト、キリスト教における救済はありませんが、市井の人びとの親切心や優しさの中にこそ救済がある。そう思わせる舞台です。
(写真)第1幕の後、バイロイト祝祭劇場近くの池で繰り広げられたパフォーマンス。参考までに、遠景の写真を一枚。ここでガトー・ショコラが第2幕の殿堂のアリアを低音で歌ったりして(笑)、盛り上げます。手前に鴨たちが逃げずに水面に佇んでいますが、毎回のパフォーマンスに既に慣れたのかも?笑
素晴らしかった第1幕の後、幕間の時間もお楽しみが。何と、ヴェーヌス一行による生のパフォーマンスが繰り広げられるからです!ガトー・ショコラが軽妙なトークと歌を披露して、オスカルは池でボートを漕ぎ、ヴェーヌスは「もっと盛り上がれ~!」と集まった観客を煽ります。
しばらくすると、観客の方が数名、池のほとりにシートを広げて、まるでグラインドボーン音楽祭のようにシャンパンとお弁当を楽しみ始めました!さらには水着に着替えて、ボートで池遊びまで!正に「意志の自由、行動の自由、悦楽の自由」!もちろん仕込みのお客さんだと思いますが、めっちゃ楽しい!
第2幕。先ほど劇場近くの池でパフォーマンスを繰り広げていたヴェーヌス一行。ワルトブルクの殿堂の行進曲が始まると、そのリズムに合わせて、ズンズンと丘を登って、バイロイト祝祭劇場を目指します。昨年に続いて観客のみなさまに大受けでした!笑
劇場に迷い込んだオスカルとガトー・ショコラが様々な場所を徘徊する楽しい映像。昨年は楽屋に飾ってあった、オクサナ・リーニフさん(さまよえるオランダ人を指揮)の写真に、リーニフさんの祖国ウクライナ支援の趣旨も込めて、オスカルが青と黄色のハートマークのシールを貼り付ける絶妙なシーンに大いに唸りましたが、今年はありませんでした?
その代わりに、タンホイザーのスタッフがスーツケースを引っ張って帰って行く映像が流れますが、何とスーツケースには「Welcome Back 2024」のステッカーが!そうなんです!このトビアス・クラッツァー演出のタンホイザーは非常に評判が良いので、バイロイト音楽祭では5年までの上演のところ、来年2024年に6年目の上演が決まったのです!スタッフを敬礼で見送るオスカルのシーンが流されました。
今年の第2幕で印象的だったのが、エリーザベトの命乞いの歌の出だしの後、エリーザベトとヴェーヌスがはっきりと対決姿勢だったことでした。
舞台の一番前オケピット手前に白い大きな枠ができて、その前にヴェーヌス一行とタンホイザー、その後ろにワルトブルク城のみなさんが位置して、まるで俗と聖の境界のようですが、エリーザベトが逡巡した上で、ただ一人、その境界の白い枠を乗り越えました。ヴェーヌスが「ほう!なかなか、やるわね!」という表情をしていたのがとても印象的。
そして、この素晴らしい演出の舞台で、最も感銘を受けるのが、警察官がバイロイト祝祭劇場に突入する時のシーン。カタリーナ・ワーグナー芸術監督の通報を受けて、警察官が劇場に駆け付けますが、劇場のバルコニーに掲げられていた「意志の自由、行動の自由、悦楽の自由」のスローガンを見て、警察官たちがスローモーション気味に物思いにふけるシーンは真に感動的!
(写真)そのヴェーヌスたちがバイロイト祝祭劇場のバルコニーに掲げた垂れ幕
※購入した公演パンフレットより
これってきっと、警察官だけでなく、世の中で仕事をしている全ての人に当てはまることなんだと思います。自分の意志や希望に反して、本当はやりたくない仕事も立場上せざるを得ない。もっと自由に生きたい。誰もが少なからず思って、日々葛藤を抱きながら仕事をしたり、生きているんだと思います。その切ない心境を、警察官役の役者さんたちが見事に表情で物語っていました!大いなる感動!
(写真)第2幕の後はお約束のスイーツで栄養補給
第3幕。この幕は楽しかった第2幕までと打って変わって、リアリティの世界になります。注意深く観ましたが感想は昨年と基本変わらず。刑務所から戻ってきたタンホイザーはヴェーヌスを求めますが、そこに現れるのは自ら死を選んだエリーザベトの遺骸…。
最後、タンホイザーがエリーザベトを抱く中、エリーザベトの夢(タンホイザーとキャンピングカーで旅して周わる自由な生活)の映像が流れて切なく終わりました。
終演後は、観客からはブラボーの嵐、熱狂的な拍手がもの凄かったです!今回のバイロイト音楽祭はぶっ飛んだ演出のさまよえるオランダ人で少々ブーイングが出たものの、トリスタンとイゾルデ、さまよえるオランダ人、パルジファルと、大多数の観客の熱気に溢れた盛大な拍手が印象的でしたが、このタンホイザーの爆発的な拍手と歓声は、バイロイト音楽祭ならではの革新的な舞台への圧倒的な支持を感じました!
(写真)終演後はもちろんマイゼルス・ヴァイスでクールダウンしましたが、写真を撮り忘れたので、昨年の一杯です。
さて、今回、バイロイト音楽祭のタンホイザーの記事を書くに当って、私は特別な感情を抱きました。それは、先ほども少し触れましたが、もともとこのタンホイザー役を歌う予定だったのがステファン・グールドさんだったからです。しかし、この9月に惜しくもお亡くなりになられてしまいました…。何度も聴かせていただいた素晴らしいワーグナーをもう聴くことができない。本当に残念でなりません…。
私がステファン・グールドさんのワーグナーを初めて聴いたのは2007年。東京のオペラの森(今の東京・春・音楽祭)でのタンホイザーでした。本記事のバイロイト音楽祭の舞台と双璧で、読み替えの演出(ロバート・カーセン演出)が最高だった公演でしたが、革新的な画家役で登場したタンホイザーを歌ったのがグールドさんでした。
当時、ワーグナーのヘルデン・テノールと言えば、新国立劇場の初代のニーベルングの指輪でジークフリートを歌ったクリスティアン・フランツさん、というイメージがありましたが、ステファン・グールドさんは迫力もありつつ、青春の息吹を感じる伸びやかで綺麗な歌声。新しいタイプのヘルデン・テノール出現!と、大いに感銘を受けました。
翌2008年にウィーンで観たワーグナー/ジークフリートも、理想的なジークフリートがまったくもって見事。流麗なフランツ・ウェルザー・メストさんの指揮、スヴェン=エリック・ベヒトルフさんのスタイリッシュでセンスのある演出も相まって、忘れることのできないジークフリートでした。
新国立劇場にも何度も出演していただき(全9公演、全て観ました)、とても親しみを持っていたステファン・グールドさん。心より哀悼の意を表したいと思います。素晴らしいワーグナーを本当にありがとうございました!合掌。
(以下、私が観ることのできたステファン・グールドさん出演のオペラ公演、括弧内は歌った役です。)
2006年
新国立劇場
ベートーベン/フィデリオ(フィデリオ)
2007年
東京のオペラの森
ワーグナー/タンホイザー(タンホイザー)
パリ・オペラ座(バスティーユ)@パリ
ワーグナー/タンホイザー(タンホイザー)
2008年
ウィーン国立歌劇場@ウィーン
ワーグナー/ジークフリート(ジークフリート)
2009年
新国立劇場
ヴェルディ/オテロ(オテロ)
2010年
新国立劇場
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ(トリスタン)
2011年
ザルツブルク音楽祭
R.シュトラウス/影のない女(皇帝)
2015年
新国立劇場
ワーグナー/ラインの黄金(ローゲ)
2016年
新国立劇場
ワーグナー/ワルキューレ(ジークムント)
ウィーン国立歌劇場@東京
R.シュトラウス/ナクソス島のアリアドネ(バッカス)
2017年
新国立劇場
ワーグナー/ジークフリート(ジークフリート)
バイロイト音楽祭
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ(トリスタン)
新国立劇場
ワーグナー/神々の黄昏(ジークフリート)
2018年
新国立劇場
ベートーベン/フィデリオ(フィデリオ)
2022年
バイロイト音楽祭
ワーグナー/タンホイザー(タンホイザー)
2023年
新国立劇場
ワーグナー/タンホイザー(タンホイザー)