(この夏の旅行記の続き)グルック/オルフェオとエウリディーチェの公演の後、この日ザルツブルク音楽祭で3つ目の公演、ヴェルディ/ファルスタッフを観に行きました。
Salzburger Festrpiele 2023
Giuseppe Verdi/Falstaff
(Großes Festspielhaus)
Conductor: Ingo Metzmacher
Director: Christoph Marthaler
Sets and Costumes: Anna Viebrock
Assistant Director: Joachim Rathke
Assistant Costume Designer: Lasha Iashvili
Lighting: Sebastian Alphons
Dramaturgy: Malte Ubenauf
Sir John Falstaff: Gerald Finley
Ford: Simon Keenlyside
Fenton: Bogdan Volkov
Dr. Cajus: Thomas Ebenstein
Bardolfo: Michael Colvin
Pistola: Jens Larsen
Mrs. Alice Ford: Elena Stikhina
Nannetta: Giulia Semenzato
Mrs. Quickly: Tanja Ariane Baumgartner
Mrs. Meg Page: Cecilia Molinari
Orson W.: Marc Bodnar
Robinia: Liliana Benini
First Assistant Director: Joaquin Abella
Angelika Prokopp Summer Academy of the Vienna Philharmonic
Concert Association of the Vienna State Opera Chorus
Vienna Philharmonic
(写真)本公演のポスター。ご覧の通り、ファルスタッフと映画監督(右・黙り役で登場)が同じ格好。この公演のポイントです。
(写真)会場はザルツブルク祝祭大劇場。公演前は大賑わい。
ということで、とても楽しみにしていたザルツブルク音楽祭のファルスタッフでしたが、それなりに楽しめたものの、う~ん、必ずしも「さすがザルツブルク音楽祭!」と唸った公演ではありませんでした。
音楽は素晴らしかったです!オケはウィーン・フィル。ウィーン・フィルの柔らかい音色のヴェルディを長時間聴けて非常に心地良く、インゴ・メッツマッハーさんの指揮も堅実。歌手のみなさんはジェラール・フィンリーさんのファルスタッフ、サイモン・キーンリサイドさんのフォード、エレナ・スティヒナさんのアリーチェと、みなとても良かったです。
問題は演出です。この公演では、黙り役として登場する映画監督(後で配役やパンフレットを見たらオーソン・ウェルズのもよう)が肝で、映画の撮影シーンに沿って物語が展開します。どこまでが撮影で、どこまでが演技で、どこまでが現実なのか、かなりファジーな演出で、正直あまり練られていない(どうしてその場面でその演技なのか、説得力を十分には感じられない)、という印象を持ちました。
映画監督は写真から分るように、ファルスタッフとそっくり。そして、ファルスタッフはお腹が出ていなくて、逆に映画監督がお腹が出ています。つまり、映画監督はきっと、映画を通じて理想の自分を造り上げたい、残したいということなのかな?と思いました。(第2幕のファルスタッフのモノローグ「行け、老いたジョン」を歌うシーンで気付きました。)
フォードはファルスタッフのライバル、売れない役者という立ち位置。第2幕の「夢かうつつか?」のアリアでは、カッコいいファルスタッフに対して、自分が売れない役者であることを映画監督に八つ当たりして、映画監督が固まっていた演技が付いていました。
ユニークだったのは、舞台中央右に設置されていた小型のプール。ここに第2幕のラストでファルスタッフが落とされるテムズ河よろしく、映画のアシスタントの女性が何度も落ちる(わざとでなく不意に誰かとぶつかって落ちる)演技が付きました。
また、スタントマンでしょうか?面白い挙動の男性の役者さんが一人いて、でんぐり返しのような面白い動きのパフォーマンスをしていました。しかし、これらは面白いものの、何度も繰り返されると、あまり必然性やセンスを感じられません?間が持たないので、舞台に何か動きを付けておこう、みたいな?
第2幕第2場のファルスタッフ捜索の大混乱は、映画撮影所の現場が大混乱となり、最後に役者のアリーチェが映画監督をそのプールに突き落として終わりました。そして、第3幕では、こんな監督ではやっていられない!ということか、何とアリーチェが映画監督に成り代わって、映画撮影を仕切っていました!確かに、第3幕第2場の妖精のシーンはアリーチェたちが演出するので、これはありそうな展開で、なかなか面白かったです。
そして、撮影現場をアリーチェたちに乗っ取られて、お払い箱になった映画監督は、第3幕の間、舞台後方の倉庫を開けて中を覗きます。倉庫の中には、古き良き時代の映画のセットがありました。つまり、昔の映画は良かった、昔の映画の撮影現場はやりやすかった、という懐古主義なのかな?と感じました。
ラストはおなじみ、「この世は全て冗談」のフーガのシーン。途中、フーガが一度止まって、再度歌い出すシーンは、新国立劇場のファルスタッフだと、ファルスタッフがプロンプターさんから楽譜を見せてもらって「みな騙される!」と歌い始める小粋な演出がセンス満点ですが、今回のファルスタッフでは、何とその黙り役の映画監督が本上演で初めて声を出して「みな騙される!」と歌い出し、大団円を迎えました!
つまり、一見みんなが自分を追い出して映画の撮影現場を乗っ取ったようで、全ては自分の手のひらの上で転がされているんだよ!という老映画監督の深慮遠謀、と言うよりは強がりのように見受けました。
ザルツブルク音楽祭のファルスタッフ、音楽面は素晴らしく、演出も伝えたいメッセージは概ね分り、共感できる部分もありましたが、そのことを演技に十分落とし込めていないような、かなりとっ散らかった舞台という印象でした!
本公演はこの8月12日が初日でした。途中、客席の反応で薄々感じていましたが、終演後はブーイングがあちこちから飛び、特に演出のクリストフ・マルターラーさんたち制作のメンバーが出てきたら、耳をつんざくような大ブーイングとなりました!
私がザルツブルク音楽祭でオペラを観る時は毎回「そう来たか!」「さすがザルツブルク音楽祭!」という、ほとんどが絶讃&盛大な拍手となるので、このような光景に遭遇するのは本当に久しぶりです。記憶しているところでは、2006年のモーツァルト/ルーチョ・シッラ(ユルゲン・フリム演出)以来。
興味深かったのは、そのような大ブーイングを受けながらも、マルターラーさんたちが何度も何度も舞台に登場して大ブーイングを浴びていたこと。まるで、「私たちがこのような演出のファルスタッフを作るに至ったのは、あなたたちのせいでしょ?(第3幕の舞台裏にあったような、古き良きセットによるオーソドックスな演出ではもはや受けないんでしょ?)とでも言いたいかのような、いささか挑発的な雰囲気でした。
あるいは、第3幕の最後の方のファルスタッフのセリフ「この俺がみんなに機知を与えているんだ」と同じ心境なのかも知れません?それを受け取れない人たちが何やら騒いでいるな?と涼しく見ているのかも?もしマルターラーさんが今回の舞台に張り巡らせた機知を十分受け取れていないなら、これはお恥ずかしいしだい、大いに反省しますが…。
ということで、今年のザルツブルク音楽祭のファルスタッフは、映画の撮影、古き良き映画や撮影現場への郷愁など、コンセプト自体は面白かったものの、かなりとっ散らかった演出の舞台で、観客の反応も含めて正直微妙な感じでした。
そこで強く感じたのは、新国立劇場のジョナサン・ミラー演出のファルスタッフがどれだけ良く考えられた演出、素晴らしい舞台かということ!2004年の初演以来ずっと観てきて、今年2月にもニコラ・アライモさんのファルスタッフ、ロベルタ・マンテーニャさんのアリーチェ、脇園彩さんのメグ、マリアンナ・ピッツォラートさんのクイックリー夫人ほかで観に行きましたが、正に音楽と演出と歌手が融合して、センスやユーモアに溢れた「ワールドクラス」の素晴らしい公演だと改めて思いました。
(参考)2018.12.15 ヴェルディ/ファルスタッフ(新国立劇場)
https://ameblo.jp/franz2013/entry-12426270877.html
(参考)2023.2.18 ヴェルディ/ファルスタッフ(新国立劇場)
https://ameblo.jp/franz2013/entry-12790586391.html
そうなんです!
私たちには素晴らしいファルスタッフがあるんです!(←ここ強調)
新国立劇場のファルスタッフの再演が今後あるのかどうかは分りませんが、特にまだこの舞台を観たことがない方は、再演があったらぜひご覧になられることを強くお勧めします!繰り返しですが、ワールドクラスの素晴らしいファルスタッフを存分に堪能できると思います!
(写真)終演後のホーエンザルツブルク城の風景
(写真)この日の3公演のパンフレット。左から、モーツァルト・マチネ、オルフェオとエウリディーチェ、ファルスタッフ。前日は寒さが堪えてピンチでしたが、よく持ち直しました!前日の観劇を諦めたのは痛恨でしたが、的確な判断だったと思います。(続く)